第12話 厄介な馬鹿に憑りつかれたようだ?

 



 体感的には四日目だが、実際は異世界転移六日目の朝。

 結局、昨日は一日寝て過ごしてしまったので、今日は張り切ってゴブリン狩りを再開しよう……と、したら優奈からストップが入った。


「いや、だってゴブリンだよ? こっちが手を出さなくても勝手にワラワラ湧いてくるんだから、むしろ駆逐するのは良い文明? ついでに装備も剥げれば経験値も稼げて一石二鳥で一挙両得?」

「ダメーっ! りーくんはもう無茶しちゃダメなのぉ!」


 怒られた。朝から背中に張り付かれて大変に鬱陶しい。ピッタリと密着して抱き着いているくせに男子的に喜ばしい感触はないようだ? 悲しみの大平原である。

 しかし、はたしてこいつは何の権利があって俺の行動を制限しているのだろうか? たった二日ほどひもじい思いをしたことがそんなに堪えたの? もしくは同じ馬鹿同士でゴブリンに親近感でも覚えた?


 はっ……!? ま、まさか一人でゴブリンの経験値を独占する気なのかー!? 何てあくどい奴だ、俺が寝ている間もレベル上げに勤しんでいたくせに、今度は俺からその機会すら奪おうというのか。


 だって三日だ、三日も無駄にしてしまったのだ。

 この遅れを取り戻すには、チョットくらい身を削ったり骨を折ったり脳を焼いたりしなきゃ追い付けないだろう。【回復】だって持っているのだから、放っておいても勝手に治る。なのに何故か邪魔をされていた?


 少しでも俺がその気を見せれば、絞め落とさんばかりに首に回された腕に力が籠められる。隠しても誤魔化しても野生の勘で嗅ぎつけられる。これほど厄介な監視役がかつていただろうか?

 レベルだってもう24になっている。同レベルでも圧倒的なステータス差があったのに、これだけ離されてしまえば力づくの抵抗は無意味だろう。


「あー、わかったわかった。大人しくしてればいいんだろ? だから耳元に息を吹きかけるなくすぐったい!」


 しょうがないので寝床を掘った大樹の根元に腰を下ろしながら、フーッフーッとどこぞの野生動物のように唸っている馬鹿の頭を軽く叩く。

 まあ、色々と増えたり上がったりしたスキル検証もしなければならないと思っていたので、いい機会だったと言えばそうなのだが。


 やはり気になっているのは【錬金術】。俺の生命線たるこのスキルだが、その効果にはイマイチ疑問を抱かずにはいられない。


 俺はこれまで、このスキルを地球の歴史における錬金術の概念や思想を元に扱ってきたし、それでも問題なく使えていた。

 けれど、それだけでは説明できない現象も同時に起こしている。うん、武器への魔石融合事件だ!


 考察するにこの【錬金術】というスキルは、史実の錬金術だけではなく、ゲームなどでよく見る創作物ファンタジーとしての錬金術の性質がごちゃ混ぜになっているのではないだろうか?

 だって最近のフィクションに出てくる錬金術って、ほとんど名前だけで中身は全くと言っていい程別物なんだよ?


 だから検証だ。幸いなことに材料には事欠かない。


 取り出したるはエリートゴブリンからもらった剣が一振り。刃渡りは五十センチほど、根元が太く切っ先にいくにつれて細くなる両刃の直剣で、刃と鍔は鉄、柄が木で作られている。

 小さな体躯のゴブリンが扱うためのものだからか、大人の人間が振るうにはやや短く軽い。武器の分類としてはショートソードになるだろう。



――――――――――

名称:錆びた鉄のショートソード

等級:一般品

品質:粗悪(12)

効果:なし


備考:

ゴブリンソードマンが使っていた鉄の剣。

手入れがされていないので切れ味が鈍り、刃には錆が浮かんでいる。

――――――――――



 鑑定してみると、以前よりも詳細な情報が見えるようになっていた。【素材鑑定】のレベルが上がったからだろう。

 そしてあのエリートゴブリンは、正式名称をゴブリンソードマンというそうだ? まあどうでもいいか、見分けつかないし。


 まずはこのショートソードにそのまま魔石を合成してみる。使うのは普通のゴブリンから採れた小指の先程の大きさの物だ。



――――――――――

名称:錆びた魔鉄のショートソード

等級:希少級

品質:粗悪(12)

効果:【斬撃強化(微小)】


備考:

ゴブリンソードマンが使っていた鉄の剣に、錬金術による効果が付与されている。魔剣。

手入れがされていないので切れ味が鈍り、刃には錆が浮かんでいる。

――――――――――



 結果、名称が変わり等級も上がった。と言うか魔剣になっているらしい。格好いい名前に反して安っぽくてありがたみもない魔剣である。

 一方、品質の方は変わらずだ。まあ、あくまで効果をつけただけで、剣そのものを弄ったわけじゃないし?


 ひとまず手にしていたゴブ魔剣を端に追いやり、似たような状態の新しい剣を手に取る。そして今度は魔石による効果を付与する前に、錬金術による修復を施すことにした。


 錆とはつまるところの酸化鉄だ。鉄と酸素の化合物、化学式ではFe2O3やFe3O4と表される。中学レベルの化学を理解していれば常識であろう。

 通常、自然界の鉄はすべてこの酸化鉄の状態で産出される。地球ではこれを高温にし、コークス(炭素)や石灰石と一緒に燃やすことで鉄へと還元するのだ……が、当然異世界にはそんな施設もなければ材料もない。


 だが、重要なのはその仕組みと知識。あとは【錬金術】が頑張ってくれる。むしろ俺の知っている本来の錬金術としての用途はこちらが正しいだろう。


 集中、呼吸を整える。手にしているゴブ剣に魔力を浸透させ、その構成要素を把握していく。

 ビキリと脳内で何かが引き千切れる感覚があった。情報量に押し潰される。だけど集中、まだ軽い。ここで急ぐ必要はない、ゆっくりでもいいから最上を目指す。


 ゴブ剣から余計な酸素を取り除く。じんわりと剣の根元から外に押し出すように、鉄とそれ以外を分離する。本来ならば炭素を混ぜて鋼にした方が硬くしなやかで丈夫になるのだが、今はまだそこまでの質を求めない。と言うか無理。


「――――ぷはーっ! これメチャクチャ疲れるよ!」


 肺の中にため込んでいた息を吐き出す。気付けば全身じっとりと汗をかいていた。ズキンズキンと酷い頭痛も再発して、もう慢性化しちゃってないかと心配になるくらいだが……うん、なんとか完成した。

 きっと完璧になんて程遠い。杜撰でズタボロで拙い出来ではあるが、今はこれが限界の精一杯だ。


 鑑定した結果は『鉄のショートソード』。等級は『一般品』だが、品質は『上等』にまで上がっている。やはり欠けた刃を修復し、砥石で砥ぐようなイメージで鋭く成形しなおしたのが良かったのだろうか?


 そして、この剣に先程と同じくらいの大きさの魔石を合成する。



――――――――――

名称:魔鉄のショートソード

等級:希少級

品質:上等(54)

効果:【斬撃強化(小)】


備考:

錬金術によって鍛練された鉄の剣に、錬金術による効果が付与されている。魔剣。

切れ味は鋭いが脆い。手入れを怠ればすぐに錆びて鈍らになる。

――――――――――



 はぁ、やっぱり失敗だ。だって『脆く』て『錆びる』んだよ?。


 超高純度鉄と呼ばれるものがある。純度が99,9999%以上の限りなく単体に近い鉄で、特徴としては普通の鉄と比べて圧倒的に錆びづらく、塩酸に浸しても反応しない。

 一方で純鉄と呼ばれる純度99、9995%程度の鉄は、錆びやすく低温下で極端に脆くなる。うん、普通名称逆じゃねと思った俺は悪くない。紛らわしいんだよ。


「それでも最初と比べれば随分と性能上がったかな? って言うか、効果が微小から小になってる? 魔石の品質は変えてないし、やっぱり付与する方の品質も関係してるみたいだ?」


 だとすれば、最初の段階でどれほど品質を上げられるのかが、最終的な装備品の性能に直結しそうだ。なによりこの魔剣を観察していると、どうしてだかまだ出来ることがある気がしてくる。


 この感じには覚えがあった。最初に作った石短剣に魔石を融合した時の感覚だ。


 半ば勝手に手が新たな魔石を取り出す。そのまま魔剣に合成しようとしたところで、本能が『そうじゃない』とブレーキをかけた。

 何が違うというのか、疑問に思う間もなく俺は魔石に自らの魔力を流し込んでは注ぎ込み、混ぜ込んでは溶かし込んだ。


 魔石の色が変化する。血のような深い紅色をした結晶が、煌々と燃え盛る炎の如き赤色に。


 鑑定の結果、表示された名称は『火の魔石』。火属性の魔力を帯びた魔石だった。


「あー、そっか。素材って意味なら魔石の方も素材になるのか」


 盲点だった。素材の質をよくしようとは考えても、そこにさらに手を加えようとは思いつかなかった。

 そしてこの魔石を魔剣へと合成する。付与されたのは【火属性(小)】で、初めての二つ効果がついた作品となった……のに、完成して早々馬鹿に取り上げられる。


「なーんで当然のように俺の作った武器は強奪されるんだろうねー? 返せ? って言うか奪うな?」

「……(イヤイヤ)」


 嫌らしい。手を差し出してもブンブンと無言で首を振られる。無理やり取り返そうにも抱きしめたまま離さない。気に入ったのだろうか?

 まあ、有効活用と言う意味では俺よりも優奈が使う方がいいだろう。【剣術】スキルも俺より高レベルで持っているはずだ。べ、別に取られて悔しいから強がってるわけじゃないんだからねっ! ………… 俺の魔剣れぇう゛ぁていんが


「火属性の魔石になったのは【火魔術】持ちだからか? なら他の属性の魔術スキルも覚えれば選択肢も増える? うん、【暗黒魔法】には気づかないふりだ!」


 気を取り直して考察を再開する。スキルの習得条件には心当たりがあった。そう、錬金術による物質の元素変換だ!

 ぶっちゃけてしまえば、アレは魔力を浸透させて対象を把握するという性質上、相手が魔力を有していないか、あるいはごり押しで通せるだけの魔力差がなければ使えないという欠陥技だ。ついでに頭に負荷がかかり過ぎる自爆技にして自滅技だ。


 だけど、通用さえすれば即死技だ。


 魔力量さえ解決できれば有用な技なのだ……その解決がはてしなく難しいという一点を除けば。うん、上がるどころか下がったし? うわ、俺の魔力低すぎ……っ!?


 あのボスゴブはごりっごりの前衛型だった。だから魔力の総量自体はすくなかったから、一度表面の耐性を抜けば元素置換が使えた――が、アレは相性というか運が良かったからだ。

 うん、ホント今更ながらよく勝てたよな……。


 まあ、気を取り直して実験だ。

 その辺りに落ちていた手頃なサイズの枝を拾う。相変わらず奇抜な形をしている葉をちぎり、魔力を通してその存在のすべてを掌握する。


 覚悟していた負担はまだ軽い方だった。きっと新しく得た情報系スキルが働いてくれているのだろう。

 

「……すぅ」


 息を吸う。意識すれば【調息】の効果で精神が静まり思考が澄み渡った。調子リズム平常フラットへと近づく。そして発動――


「フカーっ!」

「ぐえっ……!?」


 ――させようとしたところで妨害が入る。つか、首絞められたよ!?


「りーくん、それダメ。ヤな感じする」

「お、お前な……っ!」


 何と言う事だ。かつてこれほどまでに手酷い横やりを入れられたことがあっただろうか。所詮は俺に養われている馬鹿の癖に邪魔立てとは何様のつもりか小一時間ほど問い詰めてやりたい。うん、寄生されているのだ……されているのだ……。




 ――結局、この日は終始この調子で俺が何かしらしようとする度に、ちょくちょくと馬鹿が干渉してくるという事が繰り返された。おかげで予定の半分も検証が進んでいない。じれったいな?



 

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