第9話 過ぎ去ったはずの過去が追ってくるようだ?
昼食代わりの茸を齧りながら、ふと疑問に思う。相変わらずマズイ。絶妙なエグみと苦みが複雑なハーモニーを織りなしながら味蕾を蹂躙して口の中の水分を吸い取っていく。つまり超絶ゲロマズイ。吐きそう。
……いや、そうではない。別に茸はどうでもいいのだ。かなり致命的なマズさだが我慢出来る範疇である。
魔法だ、魔法の話だ。
思えばこれほど不思議なものもないだろう。地球にも魔法と言う概念こそあれど、それはあくまで空想の中の産物でしかなかった。もしかすれば歴史の裏側でひっそりと似たようなものを伝える一族とかも存在していたかもしれないが、少なくとも世間一般には浸透していなかった。
この世界の魔法はかなり単純だ。
スキルを持っていて、それを使う意思を固め、十分なだけの魔力を有していれば、ほとんど自動で発動する。小難しいことなど本来考える必要すらない。少なくとも俺が扱う魔法とはそういうものだ。そして錬金術はもう文句なしに魔法に含めちゃっていいと思う。
その点、地球の魔法はかなり複雑怪奇だと言えるだろう。
例えば、扱うのに特殊な処理を施した触媒を消費したり。
例えば、事前に儀式と言う形で特定の手順を消化しなければならなかったり。
例えば、限られた時間、限られた場所、限られた条件下でしか効果を発揮しなかったり。
例えば、魔法に対応した呪文を詠唱したり。
そう、詠唱である。こちらの世界の魔法は詠唱の必要が全くない。口に出すどころか頭の中に思い浮かべることすらない。想像すべきは魔法がもたらす結果のみだ。
それでは、逆に考えよう。
本来必要ではない呪文を詠唱しつつ、魔法を発動すればどうなるのだろうか。
つまるところの好奇心だ。学術的な興味からの実験だ。少しばかり中二的言動をとるかもしれないが、これもすべては学問の発展のためなのである。
決して、俺が詠唱しながら魔法を使う姿に憧れていたりするわけではないのである。いいね?
「我が魔力を喰らいて目覚めよ! 怒りの具現たる姿を現せ!
「撃ち抜き駆けるは蒼の弾丸!
「えー……まあ潰れろ、
「萌え萌えファイヤー? とりあえず燃えとけやー」(ゴブゥー!?)
「あとは……おっとそうだ、ひんやりアイスになるがい――」
「ちょ、ちょーっと待ったりーくん!」
人が気持ちよく魔法の練習をしていると、驚いた様子の馬鹿に止められた? せっかくゴブリンたちを凍らせてたのに。特にこの苦悶の表情をしたゴブリンの氷像なんか力作なのだが……まあ砕いちゃうんだけど。
「りーくんって火とか使えなかったはずじゃないの!? いつの間に覚えたの!? びっくりだよ!?」
いや、素手でゴブリンを縊り殺している野蛮人にびっくりとか言われたくない。むしろ俺の方が驚愕だよ。首に手を掛けられてるゴブリンさんの目が泣きそうだよ。震えながら目線で助けを求められてるよ。
まあ、ブサイクな顔で見つめられても吐き気を催すだけなんだけどね? グッバイ。
「別に火魔法とか覚えてないよ? だってこれも全部錬金術だし」
首をへし折られ、口の端から血の泡を吹いてグリンと眼球が裏返ったゴブリンを投げ捨てる優奈の質問に答える。
四大元素説という思想がある。要はこの世界は、『
さらにこの四元素すらも、『熱・冷』『乾・湿』の四つの性質から成るという四性質なんて概念があったり、エーテルなる第五元素が後から出てきたりするのだが、流石に詳しく説明するには時間が足りなさすぎる。すでにこの時点でも馬鹿は理解を放棄している節があるし。
とにかくこの四大元素説の思想は、地球において哲学、神学、医学、科学など様々な分野に影響を与えたのだが、そのうちの一つにやはり錬金術が入ってくるのである。
つまり、大昔の地球の錬金術師たちは物質を構成する四大元素、さらにその四大元素を形作る四性質の配合を弄ってやれば、万物を狙った物質や現象に変換できると考えたわけだ。
だから俺もそれに習ってみた? 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言う。ならば俺は賢いのでやはり過去から学ぶのが正解だろう。
ただしこれ、滅茶苦茶ツラい。もう冗談を口にする余裕すらないくらいにキツい。
例えるならば、スキルを使うというのは電車に乗るようなものだ。もしかしたら船かもしれないし、飛行機かもしれない。
一方、手動でスキルを動かすというのは、自力で走ってそれらの乗り物に追いつくようなものだ。
可能性の上では不可能ではないだろう。だがそれは、スキルが代わりに処理していてくれた諸々の工程を、自らの手で行わなければならないという事でもある。
特に錬金術の元素置換なんて、脳みそが焼け落ちかねないくらいに入ってくる情報量が多い。ちょろっと小さな火種を作ろうとするだけでも何万という構成要素の把握が求められるのだ。リアル『頭がフットーしそうだよおっっ』待ったなしである。男のそれに需要なんてあんの?
そして、それゆえの詠唱だ。
試してみてわかったが、起こそうとする結果と関連する
それでもキツいものはキツいのだが、後はもう数をこなして慣れるしかないだろう。
もしもこれが息を吐くように自然と出来るようになれば、それは大きな力になる。切っ掛けさえ掴めない果ての見えない道のりだが、試すだけの価値はある。生き急ぐに足る理由になる。
――うん、だって時間があまりないんだから。
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