第8話 それは互いの足を引っ張り合う関係
朝です。
裁判です。
問答無用で有罪です。
「判決、被告人は生き埋めの刑に処す」
「わー!? 待って待って! 何で開幕した瞬間に閉廷しちゃってるの!? 第一声が判決なんて絶対おかしいよ! せめて弁護人を呼ばせてー!」
「却下で」
まったく、早朝からうるさい奴だ。これだから馬鹿の相手は疲れるんだよ。人に迷惑を掛けないというルール以前のマナーも守れないのだから。もはや有害だ、公害だ、人権侵害だ。つまり有罪は揺るぎないのだ。
俺は足元で首から上だけを地上に出して騒いでいる優奈を見下す。何も知らぬ人が見れば、生首が転がっているようにも見えることだろう。
うん、目が覚めて早々地中に埋めてやったのだ。当然犯人は錬金術さんだ。おかげで目障りな馬鹿が消えてすっきりである。俺の心情的にもすっきりだ。二重の意味で清々しい素晴らしい朝だろう。視界一面の霧模様は昨日と変わらずだったが。
「大体お前、曲がりなりにも宿を貸してる家主に夜襲を仕掛けるとかどうなってるの? その貧相な脳みそじゃ一宿一飯の恩義も理解できなかったの? なんて蛮族だ」
「夜襲って……確かに襲ったけど、そういう意味の襲うじゃないのにぃっ」
「うっせぇ、命の危険を感じたって意味じゃ同じだ」
あれはマジで社会的に抹殺される危機だった。間一髪だ。もしも称号欄に《ロリコン》とか付いたら、一生人目を避けて隠者生活を送らなければならないところだったのだ。間違いなく貞操の危機だよ。普通逆じゃね?
「もうお前、
「だが断る。そして私は謝らない。身の潔白と無罪を主張する」
「いや謝れ、せめて謝れ、誠心誠意謝罪しろ」
ため息とともに告げれば、途端に先程までは喧しく喚いていた馬鹿が真顔で答える。無駄にキリリッと引き締まった表情だが、どうせ大したことは考えていないはずだ。
そもそも、この馬鹿が『潔白』やら『無罪』なんて単語の意味を把握しているとは思えない。とりあえず難しい言葉を使っておけば賢そうに見えるとか、多分その程度の理由だ。なんて浅はか過ぎる奴なのだろう。
なんかもう、色々と面倒臭くなったので、渋々ではあるが馬鹿を開放する。これ以上は時間と魔力の浪費だ。いつだって俺が心を砕いて忠告してやっても、それを理解できる最低限の知性がなければ無駄になるのである。うん、悲しいな?
まあ、どうせ昨日の『アレ』は酒に溺れた酔っぱらいの戯言のようなものだ。きっと口にした本人だってもう忘れてしまっているだろう。間違いない。
もしかしたら、なんで自分が埋められ責められていたのかすらわかっていなかったのかもしれない。なるほど納得だ、だから反省の色が欠片も見当たらないのだろう。
「ふぅ……いつだって損をするのは、真面目で清廉潔白で品行方正な心優しい人間なんだな」
「…………えぇー」
おや、何か言いたいことでもあるのかな? 話はまた埋め立ててから聞くよ?
◇
さて、今日も今日とてレベル上げだ。ゴブリン狩りである。
いつだって人は、危険を承知で先に進まなければならない時が来る。ようは後の馬鹿より目先の魔物である。
例え昨夜の再演になろうとも、まずはこの瞬間の身の安全を確保出来なければ話にもならないのだ。だって俺はまだ弱っちいんだから、一歩一歩着実に積み上げていくしかないんだよ?
まあ、アレはもう犬に手を噛まれた程度に思っておこう。手酷い裏切りではあったが、不意打ちとは不意を突くからこそ有効なのだ。俺が油断しなければどうという事はない。うむ、つまり最初から手も足も出ないよう馬鹿を埋めておけばいいという事だな。
動物の躾と同じだ。口で言ってわからないなら身体に言い聞かせる、これぞ非の打ちどころがない完璧な理論展開なり。ふっ……自分の才能が恐ろしい。
「びくっ!? なんだか悪寒が……っ」
「気のせいだろ?」
何やら馬鹿が怯えるように肩を震わせたが、心配することなんてないんだよ? 優先すべきは自身の身の安全で、そのために危険の要因を排除する。ほら、何も間違っちゃいない。いつだって俺は正しいのだ。
「さあゴブリンどもよ、我の経験値となるがいいー」
やることは昨日と変わらない。コソコソと樹海を探索し、採集ついでにゴブリンを奇襲で血祭りにあげるのだ。
既に何百と身体には覚え込ませた。ならば出来るはずだ。やれるはずだ。失敗する道理がない。無理なはずがない。そう自分を誤魔化しきる。
ギシリと頭蓋が軋む音が聞こえた。幻聴だ。幻覚だ。この程度で俺を止めようだなんて片腹痛い。
ツンと鼻の奥に鉄の匂いが満ちる。危機感を覚えた身体がブレーキをかけようとするのを無理やりにアクセル踏んで加速させる。
「ギャゲゲッ!?」
「っ……ちぇー。半分以上逃したかー」
本来よりも細くて脆くて数も少ない土杭が、魔物の群れの中心で無様に咲き乱れる。皮膚を突き破って肉を裂き骨を砕いて獲物を磔にする。
けれど殺しきれていない。掠っただけの個体や、そもそも当たっていなかったゴブリンたちが多すぎる。要練習だな。
そして生き残ったゴブリンたちが、知能の欠片も見当たらない声で騒ぎ出す。うるさいなー、頭に響くんだよ。やはり馬鹿は害悪だ、よし葬ろう。
こちらに気づいて駆けてきたゴブリンを、準備していた石剣のフルスイングで迎え討つ。うん、全力で首に叩きつけてやった。こっちくんな?
ゲギョリと確かな手応えと共に、首がヤバい方向に折れ曲がる。残りのゴブリンはと視線を向ければ、既にそちらの集団には優奈が飛び込んで血の花を咲かせていた。ちょ、おまっ! 俺の経験値が!?
どうやらこいつは俺に経験値を渡さず独り占めする魂胆らしい。なんて奴だ。強欲だよ貪欲だよ傲慢だよ。他人の都合を考えられない自己中だよ。精一杯健気に頑張っている人の邪魔をするなんて最低だ。
しかし早い。そして強い。飛びかかって来たゴブリンの喉元にあいさつ代わりの石槍を突きこみ、その陰からやって来たゴブリンの棍棒の一撃を槍から手を放しつつ円を描くようなステップで躱す。その回転の勢いを乗せてもう片方の手に握っていた石槌を返礼で叩きこみ、さらにそれを手放しては腰に下げていた石剣を抜いて別のゴブリンに斬りかかる。
まるで一人だけ早送りになったような滑らかな連撃。複数の武器を瞬時瞬時に使い分け、一撃ごとにゴブリン一体以上を確殺する。うん、全部『制作者:俺』である。作った端から強奪されたのだ。
けれど割り込めない。よくできた
俺のように武器を使っているのではなく、使いこなしているがゆえの柔軟で縦横無尽な動き。ほら、そんな不格好な振り方じゃ掠りもしないよ。
どれほど頭の中では自由に動けても、現実で人間はその通りに身体を動かせる訳じゃない。それが出来る人はあらゆるスポーツで頂点を取れるだろう。あり得ないのだ。
だからこそ人は反復練習を繰り返す。競技に最適な動作を身体に打ち込み、意識せずとも自然と繰り出せるまでに刷り込むのだ。
その点で言えば、優奈は限りなく自身の身体を上手く扱える天才だ。何の訓練もせずに最適解を導きだして行動にとらせることができる。
馬鹿の癖に天才とはこれ如何に? と思わなくはないが、それでも天才なのだ。もしも体格にさえ恵まれていれば、どんな運動部に入っても優秀な成績を修めていただろう。
そしてこの世界での彼女は、短い
血に飢えた野獣のような勘と身のこなしで軽々と飄々と易々と獲物を殺してまわる天性の才能を持った生まれついての生粋の狩人――うん、それが染園優奈という
そして、そんな奴がレベルアップして昨日以上のステータスで襲ってくる……? ヤバい!? 危険が危険だ! 具体的には俺の社会的生命が抹殺されかねない!
よし、妨害しよう! 足元に落とし穴でも掘っておけばいいか。馬鹿だからあっさり引っかかるだろう。その隙に残りのゴブリンを仕留める!
なんで俺は異世界に来てまで、馬鹿の扱いに四苦八苦せざるを得ないのだろう? もしもこれが運命だとでもほざく神がいるのなら、やはりロクでもない存在に決まっている。もし見つけたら埋め立ててやろう。
「のわぁぁあああ!?」
おっと、早速馬鹿が罠に引っかかった。やはり所詮は獣如きが人間様に勝てるはずがないと証明されたようである。必然だな?
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