第7話 やはり深刻な好感度的危機が潜んでいた
「ふっ、ちゅ……んっ、じゅるりゅ……くちゅ!」
唇の表面を生温かく柔らかい感触が這いずっていた。それは強引に口内へと割って入り、無理やりに舌同士を絡め合わせる。
くちゅくちゅと唾液が混ざり合う音が脳裏で反響する。お互いが溶けあう様な熱と多幸感が背筋を貫き脳を震わせた。
「んっ……はぁ…………っ! えへ、えへへぇ……りーくーぅん」
「お、まえっ! なにやって――んっ!」
ようやく口を離し、艶然とした吐息を零す優奈。最初こそ呆気にとられていたものの、それに俺が声をあげようとすれば、再び頭を両手で掴まれ唇を塞がれる。
粘膜が擦れ合う度、電流が走るかのような快楽に身体が跳ねる。彼女を引き剥がそうという意思が挫けていく。思考が麻痺して状況に流されかける。
「やめっ、ろ!」
「やぅっ! ……どうして拒絶するのぉ?」
それでも何とか優奈を押しのけると、彼女は不満そうな声色で今度は首元に顔を埋めてきた。チロチロと舌先で肌を擽られると、どうしようもなくもどかしい思いが膨張して制御がつかなくなっていく。
「ちゅぶ、ちゅちゅっ……私ね、身体が熱いんだ……胸が切なくて、ン……はむっ、締め付けられてるみたいで…………ぴちゅ、止められないの。おかしいよね?」
「そこまでわかってるなら――」
「でもぉ、おかしくても良いかなぁって」
つぅぅっ――と、水音を伴う感触が耳元に滑ってくる。彼女の蕩けたような言葉には鼓膜を揺さぶり、脳をドロドロに溶かしつくす蠱惑的な響きが含まれていた。
「私――りーくんが欲しいなぁ」
暗くて目が見えなくてよかった。心底そう思った。
きっと今の彼女の顔を見つめてしまえば、俺の方まで引きずられかねないと直感したから。熱病を患ったかの如き熱狂的な狂気と狂乱と狂騒に心を乗っ取られる。
俺に抱き着き、自身の敏感な部分を押し付け、擦り付けては刺激を得ようと優奈が身体を揺する。意図してではない無意識の本能的な行動。加熱した体温につられ、むわりと汗と彼女本来の体臭が混ざった匂いが鼻孔を直撃した。
「ねぇ、良いでしょ? 良いよね? りーくんだってこんなに心臓ドキドキしてるし……こっちも大きくなってるんだもん」
「っ!?」
顔から火が吹き出そうだった。幾ら我慢しようと生理的な身体の反応までは誤魔化せない。小さく跳ねるような腰の動きで優奈がそこに与えてくる刺激に、喉の奥から呻き声が漏れ出しかける。
肉付きこそあまりよくないが、制服越しにも感じる柔らかくハリのある彼女のお尻の感触に飛びかけた理性を必死の思いで繋ぎ止めた。
ムカムカする。
意識を逸らす。この状況に陥った原因を脳内に刻み込まれた情報群から拾い上げる。
こんなのはおかしい。あり得ない。不自然だ。ならば何かしらの理由がちゃんと用意されているはずで、地球では起こらなかった現象なら答えにはこの世界の
イライラした。
だから探す。こんな
震える肺を膨らませて息を吸い、吐き出す。停止しかけた脳に酸素を回して白霧がかかった思考を明瞭にする。
「りーくんも我慢なんかしなければいいのに。少し物足りないかもしれないけど……私の身体、性欲処理の道具みたいに乱暴に使い捨ててもいいんだよ?」
「うっ……さい! 俺はっ、そういうこっちの都合もお構いなしに、上から目線に命令されるのが死ぬほど嫌いなんだよっ!」
あと、お前の発育不良は少しどころじゃないだろうと、言葉には出さずとも内心で付け加える。
「ふふっ……うん、知ってる。我が儘なりーくんならそう言うと思った」
クスリ、と。熱に浮かされたわけではない、少しだけいつもの馬鹿でアホで能天気な彼女本来の笑い声が漏れる。
「けど、私の方は別にこの状況だってそこまで嫌じゃないから……ね」
シュルリと衣擦れの音がやけに大きく響いた。プチプチとボタンが外れていく音が続き、パサリと乾いた音を立てて制服が投げ捨てられる。
「好き、好き、好き……私は、りーくんのことが好き。大好きなの。だから愛して? 受け入れて? ずっと傍に居させて? 都合の良い女でいいよ? 私にできることなら何でもするから。奴隷みたいに扱っても良いから」
先程までよりもハッキリと感じられるようになった人肌の感触と温もり。そして、ついに優奈は俺の制服にも手を伸ばし――
「――だとしても、お前の悪ふざけには付き合いきれねぇよ」
彼女の手を掴む。お前の都合なんてどうでもいいと、誤解も解釈の余地もない拒絶の言葉を突き付ける。
魔力を回す、絞り出す。全身を網目のように駆け巡らせ、熱に浮かされた身体を強引に動かす。うん、ようやく頭が回り始めてきた。
「………………ここまで女の子に言わせて、それはないんじゃないかな? 私だって流石に恥ずかしいのに」
「はぁ? 寝言は寝て言えよ。お前がそんな高尚な存在か? ただの馬鹿でアホで脳筋だろうが。そもそも恥ずかしいも何も、お前は普段から生き恥晒してるようなもんだから。第一、お前とそういう関係になったらロリコンのレッテル張られちまうんだよ! マジで名誉棄損で訴えるぞゴラァ!」
「…………そうだった、りーくんは空気読めないんだった」
絶句。
先程まで漂っていた艶めかしい雰囲気など微塵も残さずに打ち砕くその怒涛の物言いに、さしもの優奈もその動きを止めざるを得ないようだった。
――だが。
「はぁ、強情だなぁ……でも、今じゃ力は私の方が高いんだよね?」
それでも、優奈が口にするのは愉悦の篭った囁き。似合わない嗜虐心が僅かに顔を覗かせ、グググと無理やりに掴んだ腕ごと押し込まれる。
そりゃそうだ。俺は錬金術師で、優奈は武王。例え同じレベルだったとしても、元々のステータスにかかる補正倍率が違う。
特にStrやVitなんかは、すでに現段階でも二倍近い差が出来ていたとしてもおかしくない。彼女の余裕は強者ゆえのものだ。
しかし、だからどうした。
ようやくアタリを見つけた。頭の中の情報をひたすら手あたり次第に走査してようやっと見つけられた。これはレベルアップによる弊害だ。
そもそも生き物を殺せば強くなるなんて、常識的に考えておかしいだろう。薬物漬けで訓練したわけでもなしに、しかも半日足らずで別物のように身体能力が上がるなんて異常だ。
けれど、この世界ではその法則が当たり前として存在している。それは生き物を殺した際、その相手の魂の一部を奪っているからだ。
生前にその個体が蓄えた経験や技術、何より存在を保つための精神エネルギー。それら諸々を喰らって自らに取り込んで成長する。だから強くなる。手軽に生物としての位階が上がる。
けれど、魂の方が急速に成長しても、それに身体の方がついて行けない。レベルアップによって獲得した
魂と肉体は二つで一つ。片方が乱れればもう片方もつられて崩れる。
半日の内にいくつもレベルを上げた今の俺たちは、いわば魂から肉体に回される出力だけが急激に上がった状態だ。だから身体の方が有り余るエネルギーを持て余している。そして噴出したそれを性欲という形で発散させようとしている。
本来ならば、レベルはもっとゆっくり上げていくものなのだろう。失敗した。ゲームと同じように考えていた。デメリットなどないと決めつけていたのは俺のミスだ。
けれど仕方ない。この状況でのレベルアップは急務だったのだから。
「ホントはね、私だってこんな無理やりなやり方は不本意なんだよ? でも、りーくんはこうでもしないと逃げちゃうんだもん」
「当然だろ。お前みたいな野蛮人に狙われて恐怖を感じない方が人間として終わってるから」
チョットだけ拗ねるような口ぶりの優奈ではあるが、俺は知っている。こいつはそんな可愛いタマじゃない。誠に不本意ながら付き合いだけは長いのだから。
そして――付き合いが長いからこそ、こいつが言葉だけでは止まらないなんて、当たり前のように予想できていたんだよ。
うん、だって馬鹿なんだから。こっちが言葉を尽くし、心を尽くしても理解なんてできるはずがないんだ。だから手を尽くす? 実力行使だ。
「チビでちっちゃくてちっこいマセガキのお前に、ありがたい言葉を送ってやる――『子供はもう寝る時間だ』」
「え? 何を――」
スキルを使うのは簡単だ。頭の中で引き金を引くようなイメージ、ただそれだけでスキルは勝手に発動する。
もう今日だけで何十回も何百回も繰り返したことだ。だから失敗なんてありえないし、必要十分なだけの魔力さえあれば必ず成功する。
ましてやこんな至近距離。外すはずもない。
身体から魔力が強制的に搾り取られる。細い糸を編み込むようにして小さな魔法が形作られ、優奈に弾けて降り注いだ。
パタリと軽い音と共に優奈の身体が倒れ込んでくる。その呼吸は緩く穏やかで、先程までの興奮は欠片も見られなかった。
「あー、クソっ! こればっかりは使いたくなかったのに! それもこれも全部この馬鹿のせいだ!」
俺が唯一スキルとして保有している魔法――【暗黒魔法】。名前の響きからして邪悪な匂いがプンプンするこの魔法は、その名に違わず状態異常のオンパレードだった!?
毒、麻痺、盲目、呪い、石化、睡眠、催眠、魅了、洗脳、etc.etc.――うん、念のため昼間にゴブリン相手に一度だけ試したのだが、あまりのヤバさに即封印を決意したくらいだ。
他にも謎の黒い
何より、この魔法が魔物だけでなく人にも有効だと、今この瞬間に証明されてしまったのだ。
これは持っているだけでも危ない。絶対に余人には知られたくない。敵を作り過ぎる。レベルも上げたくないから存在そのものを忘れようとしてたのに……ちっ。
呑気に寝息をたてる優奈に文句の一つも吐きたくなるが、それ以上に今は俺にも抗いがたいほどの睡魔が襲い掛かってきていた。魔力の使い過ぎだ。
ただでさえ枯渇気味だったのに、【状態異常耐性】を貫通するために余計に魔力を持ってかれた。もう掛け値なしのすっからかんだ、素寒貧だ、一文無しだ。
あー、もうダメ。視界が瞬く。目蓋が重くて持ち上げられない。クラクラと意識が酩酊して何も考えられなくなっていく。
それでも、ようやく寝れるのだという安心感が、ずっしりと重石のように身体にのしかかる。この長い一日を、波乱に満ちた今日を終えられるのだと訴える。たとえ一時の休息だとしても、今の俺に必要なのはまさにそれなのだから。
面倒事は明日の俺に丸投げしよう。とにかく眠い。思考が散逸していく。
まあ、何はともあれおやすみなさい? 俺は意識を閉じた。
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