第6話 夜に寝るのは人として当然のこと

 



 日が沈む。一日の終わりがやって来る。


 ただでさえ霧がかかり薄暗かった樹海は、太陽が消えるとともに真の暗闇へと包まれる。肌寒い風が容赦なく吹きつけ、耳が痛いほどの静寂の中で葉擦れの音だけが囁きかけてきた。


 一寸先も見通せない夜の闇の中では、人間なんて狩られるだけの獲物でしかない。

 何しろ視界が効かないのだ。挙句に聴覚も嗅覚も劣った側が戦いでどれほど不利かなんて、今更論ずるまでもないだろう。


 だから引きこもってみた? まあ穴倉だ。


 日暮れごろに見つけた周囲よりも一回り大きな大樹の根元に錬金術で穴を掘り、入り口を空気穴だけ残して埋め直す。最低限の広さしかない犬小屋にも劣る出来だが、外気に晒されながら警戒して一夜を明かすよりは遥かにマシだろう。


「むっふっふー! りーくん温かーい!」

「えぇい、動くな抱き着くな引っ付くなっ!」


 もはや手元さえ満足に判別できない暗闇の中、抱えた膝の間でもぞもぞと優奈が身体を動かし擦り寄ってくる。吐息が耳にかかって鬱陶しい!

 呪うべきは自身の魔力量のなさ、そしてこいつの成長不良で発育不良なミニマムボディだろう。こいつが無駄にちっこいのが悪いんだ。あとちょっと大きければ外に放りだせたものを。


 うん、MPが尽きたんだよ。錬金術が大活躍しすぎたんだ。


 この異世界に召喚されてから半日間、俺は疲れを知らない馬鹿に引きずられるようゴブリン殺戮行脚に付き合っていた。

 地面をコネコネし、お手製の石製武器を振り回し、魔石を得るために仕留めた獲物を解体する……いったいどこの原始生活だと叫びたい。どこぞの馬鹿は似合い過ぎてた上に妙にイキイキしてたが。


 おかげでレベル上げもかなり捗ったが、俺の戦闘の要である魔力の回復は時間経過のみ。ゲームのようにレベルが上がったからと言っていきなり全快などしないし、むしろそっちの方が怖い。


 さらにその後はねぐらの建設に飲み水の確保など、八面六臂の活躍を見せてもはやレンキン=サンとでも尊称すべき錬金術だが、何とか自分の分の寝床を確保した段階で力尽きやがった。そのせいで俺はこいつと引っ付いて一夜を明かさなければならない。


 もしもこの事実が世にバレれば、俺は一生ロリコンのレッテルを張られて生きてゆかなければならないだろう。神は俺に試練を与えすぎている。もっと優しく甘やかしてもいいんだよ?


「はぁ……ステータス」



――――――――――

名前:空閑 律樹

種族:人族?

職業:錬金術師Lv7(6up)/$%??%


HP:9/79(68up)

MP:1/19(16up)


Str:52(44up)

Vit:48(41up)

Int:89(73up)

Min:97(81up)

Dex:84(70up)

Agi:75(66up)

Luk:41(36up)


技能:

【錬金術Ⅲ(2up)】【暗黒魔法Ⅰ】

【魔力操作Ⅱ(new)】【魔力回復Ⅰ(new)】

【気配察知Ⅱ(new)】【隠蔽Ⅱ(new)】【奇襲Ⅱ(new)】

【料理Ⅱ】【速読Ⅳ】【記憶術Ⅲ】

【素材鑑定Ⅳ(3up)】【言語翻訳Ⅹ】

【憑依Ⅱ(up)】【感応Ⅰ】


称号:

《異世界転移者》《*#%?&=》《%&&!?@》

――――――――――



 ため息をつきながら自身の能力を呼び出し、半日分の成果を確認する。暗く狭い地下には明かりになるようなものはなかったが、視界にはハッキリと半透明の画面が映し出された。


 レベルが上がったおかげで、ステータスはかなり伸びていた。どれもが元々の五倍以上の値になっている。

 まあ、狩りも後半あたりでは感覚が変わり過ぎていて、自分の身体の癖に上手く扱えなかったくらいだからな。予測は出来ていた。


 全体的な上昇率から言って、おそらくよく使う能力値の方が上がりやすいのだろう。そこに職業による補正がかかっているように感じる。


 しかし、元々が低過ぎたとはいえ、魔力の伸びが悪すぎる……あれだけ錬金術で使い込んだのに!? こいつは俺に魔法的な才能がないと申すのか!?


 スキルについてもほぼ同様だろう。特定の行動と職業による補正、それから個人の才能が関わってくるようだ。

 それでも大雑把には、使用頻度の高いスキルの方が覚えやすいし上りやすい。もしかしたらお約束的に、異世界人特有の成長補正もあるのかもしれないが。


 新しい魔力関連のスキルは錬金術を使い続けていたから生えたんだろう。おかげで覚えてからは随分と魔力運用も楽ができた。やはりスキルは低レベルでも持っているだけで有用だ。

 なお、最初に作った短剣は優奈に奪われたままである。当然あげた覚えはないのだが、なぜだが彼女の中では俺がプレゼントしたことになっているようだ。相変わらず都合の良すぎる頭をしてやがる。脳内お花畑め。


 残りの【気配察知】【隠蔽】【奇襲】はそのままだな、隠れてコソコソしながらゴブリンを狩り回ってたらいつの間にか取得してた。


 謎なのは【憑依】のレベルが地味に上がっている点だ。なんでだよ!

 ちょっと移動中は馬鹿の案内に従って後ろをついて行き、戦闘では背後から錬金術を使っていることが多かっただけだろ! まさかあれが背後霊扱いされてたの!?


 解せぬ、異世界は大いなる謎に満ちているようだ……影薄くなってないよね?


「どうしたの、りーくん? お腹空いたの?」

「ちっげーよ、お前と一緒にすんな」


 内心で頭を抱えていると、その気配を察知したのか優奈が尋ねてきた。そもそもお前、あれだけ俺が苦労して集めた食料を容赦なく貪ってたくせにまだ足りないの?


 ストレートに表現して、樹海産の木の実や茸はクソ不味かった。謎の辛みがあったり苦みが強かったりエグ過ぎたりで、とてもではないが食えたものじゃないのだ。まあ食べたけど。たまに舌がピリピリ痺れた。

 調理しようにも火を着けるような道具がないし、なにより塩や砂糖と言った調味料の類もない。うん、完全に【料理】スキルが腐ってやがる。


 煙草とか吸ってたし、クラスメイトの不良達ならライターくらい持ってそうなんだが……今から戻って略奪かりてくるか? 多分馬鹿をけしかければ本能に従ってボコってくるだろう。そして悠々と後ろから彼らが落としたライターをひろう俺。うむ、完璧な計画だ! 懸念はそんなことをしてるとまた【憑依】のレベルが上がりそうなことだが。


 しかし、あの不良どもはライターはともかくとして、何処から煙草を仕入れていたのだろうか? 昨今のご時世、未成年が簡単に調達できるものでもあるまいし。

 案外、あんな見た目して商人の才能があったのかも? 異世界で意外な職業適性が芽吹く可能性が!?


「ダメだよ、りーくん。外はもう危ないんだからね」


 今後の行動について悩んでいると制服が引っ張られる。気づけば再び向かい合わせになるよう優奈にしがみつかれていた。

 吐き出される息が随分と近い。どうにも気配からして、至近距離で見つめられているようだった。


 内心で舌打ちする。不良どもからカツアゲするついでに、この厄介な馬鹿を向こうに押し付けてこようと考えていたのを、野生の勘で察したのかもしれない。

 こいつは普段から馬鹿でアホで脳筋でどうしようもないが、その天性の嗅覚だけは侮れない。マジで野生動物並みなのだ。


 布越しに触れ合う身体から優奈の体温が伝わってくる。気温が下がってきたせいで随分と暖かく感じられた。

 女子高生と向き合って密着していると言えば羨ましがられそうなものだが、悲しいほど慎ましやかな感触には流石の俺も同情を禁じ得ない。うん、だってないんだから。虚しいな?


 と言うか眠れない。異世界転移初日という事もあって目が冴えまくっている。どうにも精神が張りつめて落ち着かない。日中にあれほど働いたというのに睡魔がやってこないのだ。


「りーくぅん……っ」


 グリグリと胸元に頭を摺り寄せながら、優奈に悩ましげに名を呼ばれた。こいつも眠れないようで、先程から忙しなく身動ぎしている。




 ――違う。




 何かが引っかかった。おかしい。これはありえないと理性が訴える。


 腕の中の優奈の身体が熱い。最初は外が肌寒いからそう感じるのかと思っていたが、今はそれ以上に彼女から発せられる熱量は異様だ。そしてその変化は俺にも同様に襲い掛かる。


 バクンと、大きく心臓が暴れて跳ねまわる。狂ったように脈打ち全身を駆け巡る衝動は、まるで血管にガソリンでも流し込まれたかのようだ。


「はぁ……はぁ…………」

「なんっ、だ……これっ!?」


 呼吸が荒い。狭い地下室内には熱が篭り始め、汗ばんだ肌に服が張り付く。


 まさか毒かと疑惑がよぎるが、収集したものは片っ端から鑑定していた。毒々しい色彩の奇妙な形をした刺激的な味の食物ばかりだったが、毒そのものはなかったはずなのだ。

 なにより優奈は【状態異常耐性】持ちだ。うん、だから毒見役なんだよ? もしも害になるようなものが含まれていたのならスキルが真っ先に反応する。


 ならば別の可能性。外から取り入れてない以上は、原因は内側にこそある。


 そして俺が妙に回転の鈍い頭でそこまで考え至った直後――唇を、塞がれた。



 

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