第5話 異世界に魔物愛護法などという法律はない

 



 ――錬金術。


 それは地球において、紀元前から研究されてきた正当な学問の体系。現代においてこそその思想の多くは否定されているが、近代科学への礎を築いたとされるもの。


 もっとも有名なのは、卑金属を貴金属へ……つまり鉄や銅を金銀へと精錬するという試みだろう。

 現代人はその荒唐無稽さから無条件に胡散臭さを感じてしまいがちだが、歴史上、錬金術の深奥を追い求める過程で数多くの偉大な発見があったことは否定できない。まさに自然科学の生みの親とも言える学問なのだ。


 決して、魔法やら超能力やらオカルトの類ではない……はずだ。


「うん、地球ではそのはずなんだけどねー。異世界ではどうにも違うみたいだ?」


 大地が波打つ。まるで土そのものが意思を持つように蠢き形を変え、無数の杭となってゴブリンの群れを突き上げる。

 串刺しになり事切れた魔物たちの虚ろになった眼球が、恨めしそうにこちらを睨んでくる……いや、文句は俺じゃなく【錬金術】に言うべきだよ。俺だって驚いてるんだから。


 錬金術。その根幹は物質を分解して合成し、より上位の物へと錬成しようとする試み。

 ありふれた鉄を貴重な金に、無生物から人造生命ホムンクルスを生み出し、そしてやがては人を不老不死の神へと至らしめる。


 うん、足元から杭でも生やしたら楽そうだなーとか考えたら、出来ちゃった?


「ふわぁぁあああっ! 凄い凄い! りーくん魔法使いだった!」

「いや、魔法じゃなくて錬金術…………じゃないな。普通に魔法だよこれ」


 興奮した優奈が目を輝かせ、ゴブリンが磔になっている光景を見つめる。普通、か弱い現代女子だったら目を背けるか顔を青くするか、少なくとも気分を悪くするものなんじゃないだろうか? やはり野蛮人説が濃厚になったな。


 この集団を見つけたのも、優奈が「こっちからモヤモヤするー!」って突っ走ったからだし。野生の勘は侮れない。


 ともあれ、結局のところ色々と言いたいこともあるが、土と石の違いなんてそれを構成する粒子の大きさの差でしかないのだ。人間側が勝手に区別しているだけだ。

 ならばそれらの粒を一緒くたに捏ね繰り回して混ぜ返して圧縮して、形を整えてやる程度は【錬金術】さんにとっては造作もないことだったようだ。


「つか、これやっぱり発動にMP使ってるよ。ただでさえ低い魔力がごっそり持ってかれて、なんか俺の方が気分悪くなってきたんだけど」


 ステータスを確認する。全身を襲う脱力感と倦怠感、頭の奥がキリキリと締め付けられる痛みに顔を顰めつつ、何度か大きく深呼吸する。

 とりあえず地球では存在しなかった魔力の使用確認はできた。と言うより、スキルの方が勝手に判断して自動で消費しているのだろう。だから加減が効かないし、自力では動かせない。


 先程の錬金術を切っ掛けに、何となくそれらしき感覚が身体の中に留まっているのは把握できている。これを能動的に操作できるようになれば、もう少しスキルの発動も融通が利く気もするんだけどなー……方法がわからん。


「ラノベとかだとベタに瞑想? 内なる小宇宙を感じちゃうの? でもそんなのまどろっこしいし、一足飛びに会得する手段とかないのかな」


 ブツブツと文句を言いながら仕留めたゴブリンに近づく。本能的に忌避感を覚えかねないレベルで不細工な顔に吐き気を催すが、何とかこらえながら全身をくまなく観察する。


 最初に優奈が引き摺って来たゴブリンの死体には【素材鑑定】が発動した。ならばゴブリンは錬金術の素材になるはずだ。しかしどれほど詳しく眺めようと、我慢して頑張って触ってみてもスキルはピクリとも反応しない。バッチイな。


 となると……外じゃなくて中身かな?


 地面に手をつき、もう一度だけ錬金術を発動させる。

 材料はそこら辺の土、イメージするのは片手で持てる片刃のナイフだ。


 容赦なく残り少ない魔力が削られていき、土塊が石製の短剣へと精錬される。緩くそり返った刃の長さは約十五センチ、柄まで入れても三十センチちょっとしかないが武器は武器だ。

 それを用いてゴブリンの身体をバラバラに切り開いていく……ヤバいな、なまじ人型をしているだけに、誰かに目撃されればあらぬ誤解をされかねない。急いで解体しよう。


 とは言え、一般的な高校生に生き物を直に捌いた経験などあるはずもない。手探りで試行錯誤してはみるが、血が飛び散り骨が刃に当たり筋に引っかかる。加えて生温かい感触が殊更に気色悪かった!


 それでも四苦八苦で七転八倒しながら艱難辛苦を乗り越えると、出てきたのは小指の先ほどの真っ赤な小石だ。うん、血が真っ青だから目立つんだよ?



――――――――――

魔石(G):ゴブリンの魔石。小さい。

――――――――――



 丁度心臓の辺りからぽろっと零れて来たこの石からは、どうにも僅かながらに魔力を感じられる。まあ魔石だし? あと小さいって言うのやめてやれよ、その言葉は男には即死呪文になるんだぞ。


 ともかく異世界初の魔石だ、ファンタジー物質だ。Gというのは等級だろうか? まさかゴブリンのGではあるまい。

 イジイジと手のひらの上で弄ってみる……と、なんか勝手に【錬金術】スキルが発動する。淡い光となって解体ナイフと融合した?



――――――――――

石の短剣:石で作られた短剣。

効果:【斬撃強化(微小)】

――――――――――



 鑑定できた。どうやら特殊効果がついたらしい。斬撃という事は、多分切れ味が上がったとかそんな感じ?

 試しに細かな肉片になったゴブリンバラバラ死体に突き立ててみると、心なしか刃が通りやすくなったような気もする。プラシーボ効果かもしれないけど。


 しかし気を良くして二匹目のゴブリンから魔石を取り出してみたが、一度目とは違ってナイフと融合する気配はない。

 元からできないのか、扱う素材のランクの問題なのか、あるいはスキルレベルが低いのか。少なくとも現時点で効果付与の重ね掛けは無理みたいだった……っち。


「これができればお手軽に『ぼくのかんがえたさいきょうのけん』が作れると思ったんだが、まあそう甘い話はないよな…… 真・ゴッドスペシャル アルティメット エクスカリバーDX は無理か


 一気に面倒臭くなったので、見ているだけだった優奈にナイフを渡して残りのゴブリンから魔石を取り出させる。単純労働だから馬鹿にもこなせるだろう。何故だか本人も嬉しそうだし。血に飢えていたのかな?


「ふーっ、それにしても最初はどうなるのかとも思ったけど、この調子なら二人でもなんとかやれそうかな? ヤバくなれば肉盾にできる馬鹿もいることだし」


 食料は【素材鑑定】のスキルで探せた。見つかるのは怪しい色合いの茸とか歪な形の木の実ばかりだが、毒の有無だけは判断できる。味は保証しないけど。せっかく試食どくみ係もいるというのに無駄になってしまった。

 飲料水についても、【錬金術】さんが大気中の霧を分離凝縮して作ってくれた。もはや錬金術とはいったい何だったのだろうか……?


 樹に寄りかかりながら深く息を吸い、肺の奥深くまでを満遍なく満たす。一拍溜めた後、身体から溜め込んだ不純物を抜き出すようにゆっくりと吐く。

 ステータスで確認すれば、消耗していた魔力も少しずつだが増えてきている。身体のだるさも取れてきたし、回復は宿屋に泊まらなくても良いらしい。つまり休みなしで働ける? ブラック企業も真っ青だった!


「おーい、りーくん終わったよー! ほらほらー!」

「おいこら、その血塗れな手で触るんじゃない。制服が汚れるだろうが」


 何はともあれ優奈の方も魔石の抜き取りは終わったようだ。無邪気な笑顔で差し出してくるが、その後ろには切り刻まれてスプラッタになったゴブリンたちの光景が広がっている。どうやら魔石の場所がわからなくて全身切り開きまくったらしい。


 いやお前、最初に俺の後ろで見てたよね? 見てなかったとしても一体目で気づけるよね? どうしてそんな笑みを浮かべたまま無残に残酷にゴブリンさんをズタズタにできるのかなー? これが人間のやる事かよぉ!


「こっちこっち、次はこっちからモヤモヤするんだよ!」

「はいはい、お願いだからもうちょっと待とうか」


 きっとゴブリンさんだって、死した後までこんな杜撰な扱いにはお怒りの事だろう。うん、殺したのは俺だってことには気づかないふりだ。


 災厄バカ最悪のうきんが楽しそうに俺の手を引っ張る。

 こんな状況下で、まるで何も怖がる必要などないように、不安の欠片も無いような能天気な顔で笑っているのだ。


 ならばまあ、いつまでも俺だけがビビっている訳にはいかないのだろう。そもそも別に怖くなんてないし、うん。不安シリアスなんて今朝の朝食で食べちゃったんだよ? あ、こっちはシリアルだったか。


 血の滴る魔石を受け取って、錬金術で生成した水で洗い清める。ついでに馬鹿にも水をぶつけてから、俺はため息交じりに次のゴブリンの下へ先導しようとする優奈の後を追いかけるのだった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る