第4話 どうやらステータスに喧嘩を売られたようだ
てくてくと霧が漂う閑静な森の中を歩く。
こう表現すると北欧の薄霧がかかった爽やかな森林を想像する人もいるかもしれないが、実際は十メートル先も見えない濃霧に満ちた暗く薄気味悪い樹海だ。
どこもかしこも変にねじくれて成長している樹々に、奇天烈で個性的な色合いの苔やら茸やら植物やらが盛大に繁殖している。おかげで全く安らぎも得られない、おどろおどろしさ満点の森である。魔女とか住んでそう。癒しは何処だろう。巨乳の美人さんだったら是非とも弟子入りしたいなぁ。
そもそも森というのは人の手が入った人工林でもない限り、人が行動するのに適した土地ではないのだ。どうして猿から進化した人間が平地に進出していると思ってる。
どこまでも視界を遮る植物群に、障害物が多く起伏が激しい移動するだけで体力を削る地形。不用意に動けば枝葉に肌を引っ掻かれ、危険な原生生物に四六時中警戒しなければならないのだから。
しかしまあ、それを抜きにすればいかにもな雰囲気の森だ。実に趣きがあってこれ以上ないってくらいに、万人が思い浮かべる『異世界』的な風景だ。
置いて来たって言うか、逃げ出してきたクラスメイト達の中には頑なに認めようとしなかった連中もいたが、少し周囲を見渡せばこんな植物群が地球には存在しないことくらいわかるだろう。うん、奇抜で独特すぎるんだよ。
「ただでさえ馬鹿一匹が押し売りされてクーリングオフ先を探してるっていうのに、これ以上の足手纏いは御免被るんだよ。むしろこれまでの関係をクリーニングしたいよ」
こちらは俺と優奈の二人、けれどあちらはまとまりの欠片もないギスギス集団。どちらに属した方が生存確率が高いかは現状では判断つかないが、それでもまだ二人ボッチの方が心情的には楽だ。
いや、よく考えたら馬鹿は方針俺に丸投げで人数にカウントできないから、実質的に俺一人ボッチだった……異世界でもボッチは卒業できないのか、ってほっとけよ。
ついでに「こんな連中と一緒にいられるか、俺は出ていかせてもらう!」とかフラグ感満載なんだけど、きっと優奈が傍にいるから大丈夫だろう。馬鹿だからフラグが建っても気づかずに殴って粉砕するまである。勤勉なフラグさんも天然のフラグクラッシャーに大層お困りのはずだ。
まあ、それでも未知の植物だけなら証拠としてはまだ弱い……と、彼らは必死に自己弁護していたのかもしれない。
偶然まだ発見されていない未開の土地にどうやってか前後の記憶が定かでないまま集団で迷い込んで、奇跡的な確率で全員が同じような夢を見て目を覚ましたのだと。
俺からすればそれこそ現実が見えてない、滑稽で哀れな姿ではあったが、必死さだけは伝わって来た。
うん、本当に節穴としか思えない。だって実際に目で見えるんだよ?
――――――――――
HP:11/11
MP:3/3
Str:8
Vit:7
Int:16
Min:16
Dex:14
Agi:9
Luk:5
【錬金術Ⅰ】【暗黒魔法Ⅰ】
【料理Ⅱ】【速読Ⅳ】【記憶術Ⅲ】
【素材鑑定Ⅰ】【言語翻訳Ⅹ】
【憑依Ⅰ】【感応Ⅰ】
《異世界転移者》《*#%?&=》《%&&!?@》
――――――――――
歩きながら眼前に表示されたそれを眺める。宙に浮く厚みのない半透明の画面は、もはや異世界モノの小説ではお約束とでも言うべきもの、ステータスだ。
正直、個人的にはファンタジーよりもゲーム方面寄りな設定だと思わないでもないが、実際にあると便利なので文句は言うまい。
どうにもこの世界に連れてこられる前に通過した暗黒空間で、頭の中を色々と弄られた? まあ埋め込まれたというか書き込まれたようで、地球にはなかったこの世界独自のシステム関連の知識が片隅に存在している。
さながら辞書を捲るような感覚で、見た覚えも聞いた覚えもない、知っているはずがない情報を脳内から探し出すことができる。
ゆえに真っ先に確認した。あの『声なき意思』に俺が求めた力が、本当に自身に備わっているのかどうかを。
結論としては、現状では判断がイマイチつかない。と言うか微妙。
すべてが要求通りという訳ではないが、まったく反映されていないわけでもないような……つまりは中途半端。騙された気分だ。
最初からレベルⅡ以上のスキルが幾つか混じっているのは、【言語翻訳】を除いて地球での経験が反映されているのだろう……が。
「いやまあそれは良いんだけどさー。むしろ一からあれこれ勉強しなおすのも面倒臭いし、どうせなら次の定期テスト範囲もインプットしておけよとか高校生的に思わなくもないけど……まず種族の『人族?』ってなんだよ!? どうして疑問形なのさ!」
見た瞬間に思わず一人で突っ込んだ。まさかの人格否定どころか人種否定されちゃったよ! むしろ俺が人間以外の見えるというのだ。失礼過ぎる。
そしてスキル欄に表示される【憑依】の文字。どう考えても真っ当なスキルじゃないだろこれ!? 職業『錬金術師』と一切関係ないよね!? どっちかっていうと持ってそうなの職業『幽霊』とかだよね!?
なに、なんなの? これは暗に俺の影が薄いってディスってんの? 喧嘩売ってんの?
大体、別に俺は影薄くないし。普通だし。ただ学校とかでも話しかけてくる相手が馬鹿以外にいないだけだし。偶に「あ、空閑君……だっけ? 居たんだ……」とか気まずそうな顔で目を逸らされたりするくらいだし。
そして【暗黒魔法】ってなんだ! 良いイメージ皆無だよ!? まさか俺が根暗だとでも言いたいのか!
普通そこは火とか水とか、正統派の属性を覚えてるところだよね! 清廉潔白で純粋無垢な善良高校生になんて物言いだ!
百歩譲って【黒魔法】ならまだ認めよう! 【闇魔法】でもギリギリ許容する! けど暗黒って邪な印象しかないから! どう取り繕っても邪悪認定待ったなしだから!
そもそも俺って人畜無害極まりないんだよ? うん、馬鹿は人じゃないから除くけど。
休憩時間だって無意味に騒いだりせず、一人静かに席で読書を始めるほどの模範優等生っぷりだ。部活にも入ってないから、放課後は家に帰ってからもエンドレス読書してたりするんだよ?
……………………何故だ、胸が痛い。
「くっ! きっとこれは異世界に召喚されたことで、望郷の念が刺激されているに違いない。特に向こうに思い入れとかもなかったけど、そうに違いないんだ!」
あるいはこのステータスは何かの間違いなのだろう。だって一部表示がバグってるし。
なにより【錬金術師】とかバリバリの後衛か生産専門の職業の癖に、
「あの野郎、まさか俺への当てつけか……っ」
恐らくあの『声なき意思』が、僅かなやり取りだけでも察せられるほどの俺の冴え渡る頭脳と才能に嫉妬したのだろう。だから仕返しにあまり人様に見せられないステータスにして足を引っ張っているのだ。
なんて性格の悪い。性根がねじ曲がってひねくれてやがる。絶対にあいつの方が影が薄くて根暗な上に陰気だろうに。だって呼び出された先が真っ暗だったんだよ?
「ふう……まあ仕方ない。本当は全然仕方なくないけど、俺は大人だから寛大な心で慈悲をもって寛容に許してやろうじゃないか……
確かにこれは酷い。正直、右も左もわからない現在の状況下では絶望的なまでに酷い。
あいつがわざわざ地球から俺たちを召喚した以上、そこには何かしらの思惑があるはずだ。きっとどうしようもなく下らなくてつまらない理由だけど。
しかもその際、与えられたのは各々が望む力、生き抜き戦うための手段だ。ならばその力が必要となる時が必ず来る、じゃなきゃフラグ的にも納得できない。
うん、そのはずなのだ。
なのになんで俺のステータスは本人をディスりにきてるのかなー? 躊躇なく心の古傷を抉りにきてやがりますよ。泣いている高校生だっているんだからな!
一応弁護しておけば、それでもこれは現時点での能力である。きっと何とかなる。だって人は成長する生き物なのだから。前向きに考えていこう。
なによりそう捉えておけば、俺のポジティブさに当てられて【光魔法】とか覚えられるかもしれないし? うん、暗黒なんて中二属性は高校生には時代遅れなんだよ。
「りーくんりーくん! 見て見て、何かいた!」
とまれ、そんな風に俺が結論付けていると、いつの間にやら周囲をフラフラと徘徊していた優奈が興奮した様子で戻ってくる。お前、散歩中の犬じゃないんだから……フリスビーとか投げたら喜び勇んで取ってきそうだ。サイドテールも尻尾っぽいし。
そして、そんな彼女の後ろには……うん、確かに何かいた。
俺の胸元よりも低い優奈と同程度の背丈に、枯れ枝のように細い手足。なのに腹はポッコリと突き出ており、その姿は地獄に住む餓鬼のようだ。
肌は気色悪い薄緑色で、身に着けているのは腰に巻いた粗末な布切れ一枚。禿上がった頭には、小さな角が一つ突き出ている。
何より、生理的な嫌悪感を抱かずにはいられない瘤と疣に覆われた顔は……うん、ボコボコに腫れあがっていた。骨格からして原形を留めないレベルで無残に膨れ上がっている。
ついでに首があらぬ方向を向いていたり、口から血の泡を吹いていたりする子鬼さんは、優奈に足首を掴まれて樹々の根が張った地面を乱雑に引き摺られていた。
――――――――――
ゴブリンの死骸:息絶えたゴブリンの死骸。新鮮。
――――――――――
どうやら哀れな撲殺被害者はゴブリンさんだったようだ。きっと通りすがりの凶暴な馬鹿に襲われたのだろう、可哀想に。
多分【素材鑑定】のスキルが働いたのだろう。優奈の持っている死体に注意を向けると、ステータスと同じように半透明の画面が視界に重なるように表示される。地味に新鮮って生々しいなー。
「なんかね、なんかね! あっちにモヤモヤーって感じたから見てきたの!」
「……ああ、そう。一つ聞きたいんだけど、お前って本当に現代人だよな?」
どさりと死体を放り捨て、青いゴブリンの血の滴る手を振り回しながら語る優奈を疑惑の目で眺める。
マジ野蛮人の蛮行だよこれ。しかも勘で獲物を見つけ出して素手で仕留めるとか、こいつの職業絶対にアマゾネスとかバーバリアンとかだって!
と思って聞いてみたら、何か『武王』とかいうカッコいい奴だった。
は、何この差? どうして善良な一般男子高校生が【憑依】やら【暗黒魔法】とか人聞きの悪いスキル渡されてるのに、こいつは御大層な職業を貰ってる訳? 差別じゃん! まさかアイツロリコンか!?
「いや落ち着け、おそらくこの馬鹿騒ぎしてる馬鹿の馬鹿さ加減が馬鹿馬鹿しいくらいに天元突破して理の壁が馬鹿馬鹿と破壊されて馬鹿を見ちゃったんだろう。恐ろしい奴め」
「何で馬鹿馬鹿言うの!? あと馬鹿が多いよ!」
はっはっは、何を言っているのやら。俺の目の前には馬鹿は一匹しかいないぞ?
「それはさておき、やっぱり魔物はいるよなー」
戦うための力を押し付けられている時点で、物騒な予感しかしなかった。そしてその予測は今確定した。
「やっぱあいつらから離れて正解だって。だってあれは個人の寄り集まりなんだから、集団ですらないんだよ」
まだ力の弱い序盤は協力しながら数の力で生き残る。か細い力を集結させて結束させる。それこそが異世界サバイバルの鉄板で鉄則でテンプレだったはずだ。
けれど纏まり切れなかった。理解の及ばない現実に誰もが平静さを失い、本来なら自分たちを統率するはずの教師さえ欠いた生徒たちはすでに自ら相反し自滅し始めている。見え見えの地雷だ。
必死に落ち着かせようとしていた人たちには残酷だけど、人間関係だろうと物だろうと一度バラバラに壊れてしまったものは二度と直らない。元通りに見えたとしても、確実にどこかが以前とは変わってしまっている。
仮に強引にまとめなおしても、その捻じれに捻じれた歪さは水面下で不平不満となり縦横無尽に飛び交っているだろう。なによりそこまで統率しなおすのも面倒臭い!
異常事態だからこそ、誰もが平時には心の奥にしまっていた本性が露わになる。昨日は良い人だったからといって明日もそうとは限らない。
だって人は欺く生き物だから。その気になればいくらでも体面は取り繕える。
だからこそ危険だ。だからこそ離れた。
むしろ元より集団に従う気のない社会不適合者が一人、手に負えないレベルの馬鹿を一匹引き取っているのだ。文句どころか感謝されてしかるべきだろう。
「まあ、魔物っていう明確な敵がいることもわかったし、あっちはあっちで何とかするでしょ」
爪先で地面に投げ出されたゴブリンの死体をつつく。誰しも目の前に命の危険が迫れば、それなりに協力しようとする風潮が生まれるものだ。おそらく、多分、きっと、メイビー。
何より、こっちもこっちで多大な苦労を背負い込んでいるからお相子のはず……馬鹿とかチビとかあと脳筋とか。全部とある一人のことなのは内緒だ。
「さて、じゃあやることも決まったし、早いところ行動を起こしますか」
「え、なになに? なにするの?」
ピョコピョコと優奈が飛び跳ねながら尋ねてくる。だからあざとい……じゃなくて、そんなの決まり切っているだろう。
こんな物騒な異世界には、手っ取り早く身の安全を確保するための都合の良いシステムが存在するじゃないか。
そう、レベル上げだ。
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