第2話 上から目線には反発したいお年頃

 



 気付けば、どこからともなく語り掛けられていた。


 暗く、昏く、黒く、どこまでも果てのないすべてが不明瞭と化した虚無の空間で、頭の中に自分以外の何かの意思が揺れる。


 声ではない。言葉ではない。

 強いて例えるなら思考、あるいは剥き出しの感情そのもの。ゆえにまとまりがない。言語化する前の混沌とした情報が直接脳内へと流れ込み、ひどく頭を圧迫する。




 ――力、力、救い、世界、神、死滅、救済、崩壊、生贄、再生、力…………




 整理されていない濁流のようなイメージに意識が埋め尽くされる。それらの欠片を苦労して一つずつ拾って纏めて推測して整合して加味して、何とか相手が伝えたい内容を予想する。

 正直嫌がらせかと思った。なんでこんな面倒臭い作業を押し付けられなければならないのかと。コミュ障? コミュ障なの? 人の迷惑を考えられないとは、まったくもって傍迷惑な奴だ……おや、何故だか親近感シンパシーを感じたぞ?




 ――力、何を求むるや。




 ようやく何とか作業にも慣れた頃、先程よりも少しばかり鮮明になった意思が告げてきた。お前は何を欲するのかと。


「……はっ」


 そして、そんな問いかけが馬鹿馬鹿しくって思わず鼻で笑う。


 だってお前、「力が欲しいか……?」とかどう考えても見え見えの地雷だろ? 厄介な呪いとかアレコレ押し付けられる前振りだろ? 知ってるから。

 むしろこれで罠じゃなかったらそっちの方が驚きだよ! しかもさっきチラッと『生贄』とか不穏な単語聞こえたし! 騙されんぞ!


 大体、上手い話には裏があるって相場が決まっているのだ。こんな怪しい……契約? 勧誘? まあ誘惑に乗る馬鹿なんて……あっ、居るかもしんない。

 さっきから人の頭の中で許可なく延々と、人の都合もお構いなしに力、力、力と騒いでるところとか、脳筋っぽくてあの馬鹿と気が合いそうな気配を感じる……鬱陶しさ倍増? 悪夢かな?




 ――求めよ、力、願い、提示、力、再生、破滅、力、死、力、力、力…………




 しかし、先程から頭の中で勝手に騒いでいる『声なき意思バカ二号』に否を突き返し続けているわけだが、それでこの事態が進展することもない。悪化もしていないが、無限と続く暗黒空間に囚われている現状自体が既に最悪に近いわけで。


 なにせ身動きが全く取れない。と言うより、手足どころか身体の感覚自体が未だにない。まるで揺蕩う水に包まれているかのように、自己とそれ以外の境界が曖昧になっていた。その癖に意識ばかりが覚醒している。

 だから何か行動を起こそうにも起こせないわけで、出来ることと言えばこうして頭の中であーだこーだと考えることと、謎の毒電波を聞くことだけ。気を強く保たなければ時間の感覚さえも擦り切れてくる。何だこの拷問は。


 ぶっちゃけると暇だった。ついつい怪しげな勧誘に乗り気になっちゃうくらい暇であった。

 好奇心は猫をも殺すと言うが、あの諺はかつて外国で猫は九つの命を持っているから中々死なないと信じられていたから生まれた言葉であり、何が言いたいかと言うと退屈過ぎて死にそうである。うむ、余は娯楽に飢えているのだ。


 大体人を呼び出しておいて、お茶の一つも出さないとは何事か。おもてなしの心が圧倒的に足りていないのは確定的に明らか、日本人的にね。


「あーもー、わかったわかった。だからいつまでも人の頭の中で喚くのは止めろって、しつこい奴は嫌われるんだぞ」


 いろいろと試してみたが、自力でこの空間から脱出するのは不可能みたいだ。

 しかも悪辣にも時間制限があるようで、ここに留まっていると徐々にだが意識が虚無に溶け落ちていくような感覚がある。卑怯だな。あまり長い事この場にいるのはマズそうだ。


 いずれにせよこの状況下では、いつかはこの誘いに乗らなければならなかったのだろう。だが仕方がないとはいえ、こう一から十まで他人の手のひらの上でコロコロと転がされている感じが大層ムカつくんだよ。


「本当に願うのは何でもいいのか? 後でダメって言われても遅いんだぞ?」


 ゆえに確認する。お前の提示した条件に嘘偽りはないのかと。

 怒ったような感情が伝わって来た。見くびるなと憤慨するように意思が震える。


「じゃあじゃあそれじゃあ、本当にいいんだね? 言っちゃうよ? 言っちゃうんだよ?」


 だからこそ口にした。盛大な無茶振りを。


 お前にそれが叶えられるのかと、何もかもを思い通りに動かしきったと笑っている奴の顔面にストレートで叩きつける。

 確かに今はお前の手のひらの上なのかもしれない。事実、現在の立場で言えば圧倒的に俺が下なのだろう。


 けれど、このままお前の想定内になんか収まってやるかと。都合よく扱われてやるかと俺は傲岸不遜に低みから高みを見下してやった。


 頭の中で困惑する気配が広がる。きっと想像すらしていなかったのだろう。困り切った顔を想像するだけで胸がすくような思いだ。

 さてどうする? 素直に無理だと前言を取り下げるか? それとも不承不承にでもを俺の要求を通すか? こっちはどちらでもいいぞ?


 あれほど煩く騒いでいた意思が不自然なまでにプッツリと途切れていた。だけど未だこいつが俺と繋がっているのは感覚的に理解できている。俺の翻意を促そうとするかのように。

 だけど残念、いくら待っても俺の意志は変わらない。このまま時間が経っても困るのはそっちだろ?


 やがて、俺の頭を不法占拠していた意思は一度弱々しく揺れた。まるで肩を竦めて首を左右に振るように、やれやれと言わんばかりの諦観の感情が伝播してくる。

 ざまあみろ、驕り高ぶってこちらを過小評価するからそうなる。俺を駒扱いして何でもかんでも知った被った気でいるから恥をかく。


 うん、頭脳派の全知全能キャラとかメッキが剥がれればただの痛い人だからね? 想定外が起こって「ば、馬鹿な! 私の完璧な計算がっ!?」と狼狽えてボコられるまでがテンプレだ。


 そして、再び意識は落ちていく。暗く昏く黒い闇よりも更に深い漆黒へと包まれていく。

 しかし、それに恐怖は覚えない。むしろ気分がいい。揺り籠の中で赤子があやされるかのように、安心と安寧の微睡に沈んでいく。




 ――――……………………




 ふと、最後に何かを告げられた気がした。

 まあ、どうせ負け犬の盛大な負け惜しみだろうから、覚える必要もないだろうけど。


「まあ、精々歯がゆい思いでもしながら見てればいいさ」


 ぼそりと呟き、俺はゆっくりと重くなった目蓋を閉じるのだった。



 

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