イカサマ錬金術師の異世界譚 ~異世界でもチートがあろうと空気は読めない~

無糖メグル

第1話 とある男子高校生の日常の終わり

 



 休憩時間中の教室内はとにかく騒がしい。賑やか、ではなく騒がしいなのがミソだ。


 黒板付近では運動部所属の男子たちが昨夜のバラエティ番組の話で盛り上がり、窓際に集まっている派手好きな女子たちは化粧品と来週公開の映画についてキャーキャーと専門家気どりの酷評を交わしている。

 反対に隅の方ではオタクグループたちが目立たないよう縮こまり、ボソボソと小声でアニメや漫画について議論していた。何に興奮しているのやら、時折小さく上がる歓声が地味に耳障りだ。


 不良たちの一団が廊下から帰って来た。本人たちは格好いいと思っているのだろう、全員がだらしなく制服を着崩し髪を染めている。彼らが発している制汗剤やら香水やら煙草やらがごっちゃに混ざった匂いが酷く不快だ。

 途端、それに気づいた真面目系委員長の一人が眉を潜めて注意するが、ゲラゲラと品性の欠片も感じられない下劣な顔で茶化し笑い飛ばすばかり。うん、そいつらに説教するくらいなら馬に念仏を聴かせた方がまだ有意義だろう。どうせ今回も徒労だよ?


 ついでに自席に座っている俺の隣では、先程から小学校以来の付き合いである幼馴染が何やら騒々しく語り掛けて来ている。いい加減、適当に聞き流していることに気づいてくれないかな? 読書の邪魔なんだけど。


 これが日常。この喧騒こそがありふれた日々だ。


 取るに足らない毎日だ。誰も彼もがこの時間がいつまでも続くと根拠もなしに確信しているくらいにはつまらない日常だ。

 そしてそんな繰り返す日々を、皆が自分以外の誰かに発信したがっている。他人と共有したがる。本当は腹のうちで何を感じているかを誤魔化しながら、曖昧模糊に自分を装い続ける。和気あいあいと素知らぬ顔で『貴方と一緒で私は楽しいです』なんて群れて団結する。


 それを悪いとは言わない。羨ましいとも思わないが。

 むしろ、こんなことを考えている俺の方がひねくれているのだろう。自覚はあるよ、直そうと考えたこともないけど。


 周囲に言わせれば、俺は大層『自分勝手』らしい。


 協調性がない、人の話を聞かない、マイペースにすぎる……生まれてからこれまで、散々に告げられ続けてきた言葉だ。俺の小学校の通信簿には毎年『もっと落ち着きをもって人の話を聞きましょう』と書き連ねられているくらいには言われ慣れている言葉だ。


 他人と話を合わせるのが辛い。空気が読めない。人の和を乱す故に人の輪に加われない。すなわち天性のボッチ体質……って、余計なお世話だよほっとけ!


 そんな態度を誰に構わずとってきたからだろう、今となってはクラスで進んで俺に関わろうとするのは、隣で真夏の蝉の如く煩く喚いている幼馴染くらい。ありがたみなんてこれぽっちもないけど。

 うん、本当に煩いんだよ。蝉だって鳴く時期は決まっているというのに、こいつは常に煩いのだ。年中発情期?


 きっとオウムだってこいつよりも知的に喋ることだろう。つまりこいつは鳥頭とりあたま未満……? なるほど、しっくりきたよ。どうりで昔から人が話したことを忘れるわけだ。ちゃんと人の話を聞かないなんて人として最低だぞ?


 何が不満なのやら、人として当たり前のことを懇切丁寧に忠告してやると余計にうるさくなった。なんと言う事だ、せっかく注意してやったというのに。

 イチイチ反応するのも面倒臭くなったので、目の前の頭にアイアンクローをかます。うん、わざわざ掴みやすい場所にあるのが悪い。


 読みかけの小説にしおりを挟んで机の中に仕舞う。話を聞く気はないが、時計に目を向ければそろそろ次の授業の時間だ。

 シッシと手を振ってさえずるアホを追い払う。馬鹿に懐かれるいわれも義理もない。何よりこいつと一緒にいて俺まで馬鹿だと思われたら困る! 超困る! 人権侵害だ!


 まったく一体全体、どうしてこいつは昔からこうまで俺に構ってくるのやら。まさかボッチだから? ほっとけよ! 一人でいるのが気楽な奴だっているんだよ!


 きっと次の休憩時間にも、こいつは懲りずに擦り寄ってくるのだろう。餌付けした覚えもないのにだ。返品は何処で受け付けているのやら。




 はぁ……と、思わずため息が一つ漏れた――瞬間。




 突然、光が視界を埋め尽くした。


 教室の床を光線が走る。曲線と直線が複雑に絡み合って幾何学的紋様を作り、更にそれらがパズルのように噛み合わさって巨大な円を描く。閃光が迸った。


 驚愕、狂乱、叫声。途端に平和だった教室に混乱と悲鳴が満ちる。誰かが驚いて席から立ち上がった際、けたたましく椅子が倒れる音が幾つも響いた。

 床の紋様から発せられる光が脈打ちながら強まっていく。まるで太陽を直視しているかの如き輝きに思わず目を細めた。肌で感じるのは膨大なエネルギーの奔流だ。


 唐突な異常事態に驚いている内に、気づけば爪先から這いあがってくるよう、身体の感覚が消失していく。くるぶしから太もも、更には腰へと徐々に徐々にと体感覚が消えていた。まさか飲み込まれてる?

 もはや視界は何処を見ても白一色に埋め尽くされ、鼓膜を揺らすのはクラスメイト達の泣きわめくような叫び声ばかり。


 そして、それすらも暴力的な静寂に飲み込まれ――俺の意識は、いとも容易く光の中へと掻き消えた。



 

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