第3話 私のために死んで

 物心ついた時から、俺は奴隷だった。幼いころの記憶はない。親が誰かとか、誰が育ててくれたとかそういった。記憶はない。普通の幸せなど知らないから、この生き方が間違っているとも、不幸だとも思わなかった。だから俺は命令されるまま、指定された人間を殺しまくった。それに罪なかろうと家族がいようと命を乞おうとその心臓をいただいてきた。その時の欲望に任せて。そして殺しが終わると催眠弾でどこからか打たれて捕獲され、また地下の薄暗い牢屋につながれる。なんてことない。食事をしている時は確かに幸せであるという実感がある。その幸せのためなら、このつらく寂しい時間なんて.........




 なければいいのに。





 気がついたら、枷を外して檻を壊し、主人の心臓を食べた後だった。


 ああ、おいしい。


 それから、たくさんの心臓を無差別に食べた。幸せだった。この時間がずっと続けばいいと思った。

 しかし、そんな幸福な時間はすぐ過ぎた。それは人間の手でなく、僕と同じ生物に。


「そうやって、欲望のまま生きていては早いうちにあんた死ぬわよ。悪いけど、あんたには私についてきてもらう。あの人が私に教えてくれたように、あんたにも生きる幸せを教えてあげるから...だからあんた...」


 そう金髪を結んだ女は弓を取り出し、その弓でその怪物を穿った。



「私のために死にな」






「って俺はここに連れてこられたと。ほんとなのかそれ?」

「嘘ではないと先程から申しておりますが、もしや、レイン様、記憶だけでなく言葉を理解する機能まで失われてしまったのですか...?」

「うるさいわ、でもそんな凶悪なやつだったんだな俺」


 俺はここに連れてこられたあと、すぐに正気を取り戻したらしい。しかし、自分が奴隷だったとかは、一切覚えていない。


「レイン様は、相変わらず凶悪なものを股に携えておいでですけど」

「お前、いつ見たんだよ!まあ、適当な下ネタはスルーするとして、つらい記憶とかない方がいいし、良かったのかもな」

「あんたそのせいで、初めて心臓食べるとき大泣きしてたくせに。『俺、こんなもの食えないよー』って」

 と恥ずかしい過去をいじってくる金髪娘と

「スルーするってわたくし、いくらレイン様の所有物であってもそのクソつまらないオヤジギャグには対処いたしかねます」

 と相変わらず馬鹿なことしか言わないこの駄メイドは無視するとして、

「っ…。でなんだよ、アルンのおっさん次の仕事って」

「ははは、仮にもこの家の主なんだけどね~...ま、威厳ないのは自分でもわかってるし、別に、いいんだけどさ...もう少しさ...」

「レイン様、やめてください。たとえ、女々しくて打たれ弱いへぼ主だとしても、仮にも主なのです。もう少し敬意を払ってください。この雑魚にも」

「もういいから!やめて!これ以上傷つきたくないの!」


 とへぼ主がツッコミ終わったところでせき払いして、


「今日は麻薬組織の壊滅をしてもらう。詳しい資料はこれだ。間違っても、一般市民に見られないように気をつけてくれ。あと一番重要なことは!」

「罪のない人間は殺さないだろ?」

「わかってるならよし!じゃあ、今夜、たのんだよ?」


「了解した」


 とレインは、人間である主の依頼を受けた。



 これは俺が奴隷の時やっていたこととは違う。そう信じている。罪あるものを裁くのだ。

 そう考えなければ、人を殺して生きていかなければならない俺たちの存在が自分自身でもわからなくなってしまうから。


 こうして、20個の心臓は俺たちの生きる糧となった。

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