第5話
思いの外、簡単に見つかってしまった。
神社の建物の裏、紫色の浴衣がチラチラ見えている。
「ちょっと待ってて」
「えっ、おい」
彼の制止を振り切り、お姉さんのもとまで駆けていく。
「何やってるんですか」
声をかけると、見つかったことが意外だと言わんばかりに肩を跳ね上げ、気まずそうにこちらを見る。
「お邪魔かと思ってぇ」
「そんなこと無いです。彼に紹介するんだから」
お姉さんの気遣いなど一蹴して、手をつかみ、今度こそ逃がさないように引っ張る。
「何してるんだよ」
しびれを切らしたのか、彼からやってきた。ちょうどいい。
「紹介するね。さっきまでお祭りを一緒に回ってた……って、お姉さん、名前なんて言うんだっけ?」
言いながら振り返ると、また誰もいない。
ちゃんと手を握っていたはずなのに。 不意に空が明るくなり、遅れて地を揺らすような爆音が鼓膜を震わす。
「あれ、花火なんて毎年あげてないのに」
例年通りじゃない出来事に、大口を開けて驚く彼がおかしくて、噴き出してしまう。
「ううん、今年はあるのよ。数発だけどね」
「知らなかったな。サプライズって感じ。とにかく、少しだけどお祭りの思い出が出来て良かった」
たった五発の打ち上げ花火だったけど、お姉さんの目論みは成功を収めた。
本当に、良い腕してるなぁ。
わたしじゃこうはいかないよ。
二人で歩く帰り道。
行きはお姉さんの手を握って通った参道を、今は彼と歩いている。
同じような手の繋ぎ方で。
「あれ? 香水変えた?」
なんでそんなところには気付くのかな。
「今日は何もつけてないけど?」
「そうなんだ。いや、なんか今日は随分と大人っぽい香りだなと思ってさ。ちょっとドキッとした」
照れたように笑い、頭を掻く。
お姉さんの香りが、わたしにもうつったのかな。
香る浴衣と夏祭り 音水薫 @k-otomiju
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