第4話

 負けた。まさか花火であんなことをしようなんて誰が思い付こうか。

「線香花火は、一つずつ、やりましょうか」

 しゃべるのもつらそうなほど息を切らしたお姉さんの意見に反論が出るはずもない。

 わたしも運動不足を実感した。

 さっきまでの騒ぎとは打って変わって、線香花火の儚い鳴き声だけが響き渡る。

「風流ねぇ」

 どこか遠くを眺めているような、寂しげな瞳でつぶやく。

 お祭りの終わりが近付いていることを、いやでも感じられる。心なしか、参道からの声が少し、小さくなった気がする。

「今日、彼と行く予定だったんです」

「らしいわねぇ。ドタキャンされたのだったかしら」

 本当なら、お姉さんのことをたくさん訊きたいのに、口を切って出たのはくだらない悩み。

「最近多いんです、そういうの。飽きられちゃったのかなぁ、とか思うわけでして」

「例えば、どういうことがあったのかしら」

 お姉さんの声が間延びしなくなった。真剣に聞いてくれるんだ。

「髪を切ったのに、気付いてくれなかったり」

「どれくらい切ったのかしら」

「すいただけですけど」

「フフッ、なら仕方無いわね。男の子って鈍いもの」

「そうですけど」

 納得はいかない。逐一気付いて欲しいと思うわたしがうっとうしいのだろうか。「でも、いいところだってあったでしょう?」

「……ありました。悩みとかあると、会った瞬間にばれちゃいます。友達だって気付いてくれなかったのに」

 こんなときでも彼氏自慢をしたくなってしまうもので、口にした言葉にいちいち頬が緩む。

「それだけあなたを見てくれているということよ」

「そっかぁ」

 悪いところばかりに目がいって、良いところを見落としがちだった。

 良くしてくれて当たり前になってたから。

 言われなければ思い出せなかったわたしも酷い子だった。

 最後の線香花火が命を燃やす。

 まだ続け、まだ頑張れと、この時間が終わるのを拒むかのように、花火を持つ手が慎重になり、お互い無言になってしまう。

 まだ話もしたいはずなのに。

「えいっ」

 お姉さんが、自らの線香花火を、わたしのものと衝突させる。

「あっ……」

 落ちてしまった。もう残りはない。

 何をするんですかと、抗議の一つでもしようと思い、お姉さんを見やる。

「打ち上げ花火、しましょうか」

 線香花火のように儚げな笑みだった。

 お姉さんも寂しいのだと思うと、黙って頷くしかなかった。

 声を出すと泣いてしまいそうだったから。

「きっといい子よ。あなたの彼は」

 つぶやくように、諭すような口調だった。

 お姉さんが打ち上げ花火の入った袋を持ち上げた時、わたしたちにあった静寂が破られた。「お~い」

 男の子の声。

「ほら、ね?」

 見透かしたような声で言いながら、わたしの後ろを見つめている。

 わたしにもそちらを見てみろと言わんように。

 振り返った先の階段から、駆け上がってくる彼が日の出のように、少しずつ見えてくる。

「こんなところに居たのか」

 息も切々に、そんなことを言う。

「なんで?」

 ここに居るのとか、ここが分かったのかとか、全部をまとめての言葉だった。

「バイト、店長が早くあがっていいって言うから。家まで行ったんだぜ? そしたらまだ帰ってきてないって言うから」

「そっか。そうなんだ」

 遅れても、約束を守ろうとしてくれる彼の誠実さとか、走ってきてくれた一生懸命さとか、嬉しかった。

「そうだ、紹介したい人がいるの」

 お姉さんが居てくれたから、あなたのことも許せたの。そう言おうと、振り返る。

 けど、そこには何もなくて。バケツも、花火の残骸も、打ち上げ花火さえも。

 ただ、花火で焼けて白くなった石だけが、夢じゃなかったことだけを教えてくれた。

「誰も居ないじゃん」

 目を凝らして周りを見渡す。

 さっきまでぼやけていた風景が今はハッキリと見える。お姉さんという現実を探すために。

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