第3話
「今度は射的でもしましょうか」
思い出し落ち込みをしたわたしに気が付いたのか、出会い頭の様な、大人っぽい微笑みを浮かべていた。
「風は南南東ね」
風の影響を受けるほど距離は開いてないだろうと、店のオジサンと考えがシンクロした瞬間だった。
そもそも風が吹いていなかったけど。
銃口が明らかにオジサンへと向けられていることが些か心配ではあるが、見守ることにしよう。
どうせ弾を込めていないのだし。
「どれがいいかしらねぇ」
予行演習は終わったのか、やたらとコルクの弾を強く押し込んでいる。大丈夫なのか?
「ゲーム機の類は落とせないように固定されてるわね」
「声に出さないでください」
オジサン見てるから。
長い腕を最大限に利用するために、身を乗り出して構える。
狙いは……花火? 花火と書かれた板があり、オジサンの側には、打ち上げ、吹き出し、手持ちと、家族で遊べるような容量が多い、割合豪華めの花火セットが控えている。
「銃を固定するとき筋肉は信用できない。皮膚が風にさらされる時、筋肉はストレスを感じ、微妙な伸縮を繰り返す」
片目を瞑って狙いを定めるお姉さんがブツブツと呟いている。喋るから腕が震えて狙いが安定していない。
「銃は骨で支える。骨は地面の確かさを感じ、銃は地面と一体化する。それは信用できる固定なのよ」
言葉とは裏腹に、お姉さんは台に腕を着ける素振りを見せない。百パーセント筋肉に頼っている。
「しかし、人間の喜びとは、不可能を成し遂げられたときにこそあるものなのよ」
たかが射的でそんな喜び求められても。
お姉さんがとってる態勢は射的を行う際の最もスタンダードなものですからね? 引き金を引くと、ペフッという、気合いとはまるで噛み合わない音を立てて、コルクは的に向かって飛んでいく。
「「あ」」
あれだけの口上を垂れたおかげなのか、弾は板の下部に当たり、足払いをされたように台から転げ落ちる。
「理屈に勝ったわ」
自分でも意外そうに、落ちた的を眺めながら呟く。
「ともあれ凄いですね。まさか一発で落とすとは」
「フフッ、私の武勇伝がまた一つ増えてしまったわ」
小さいなぁ、武勇伝。 オジサンは不満なのか、少々乱雑に手渡してきた。
お姉さんは花火セットを抱き抱え、悪戯っぽく笑う。
「さっそく戦利品で遊びましょうか」
「ここでですか?」
いきなりの提案に驚いたものの、お姉さんなら言うだろうなとも思った。
待ちきれないといった様子で、ソワソワと辺りを見渡す。
「境内なら誰もいないんじゃないかしら。行きましょう」
「えっ、あっ」
グイグイと手を引いて駆け出す。大型犬にさえ勝てそうな馬力に圧倒されつつも、ついて行ってしまう。
こんなにも楽しそうにはしゃぐお姉さんを誰が止められようか。
四発残ったコルクを放置したせいで、オジサンが呼び止める。
けれども、お姉さんには聞こえてないらしく、足を止めることはなかった。
じきに、わたしにも声は届かなくなり、それに合わせてお姉さんに負けないくらい足を動かした。
花火セットと共に、石段に座ってお姉さん待ち。
「ここで待っていてね」
それだけ言い残して、花火をわたしに抱かせ、人混みに消えていった。
闇の中に輝いている屋台の灯り、親子の笑顔、カップルの楽しそうな顔。
ぼかしを入れたように、ハッキリとは見えなくなってしまい、ざわめきが遠く聞こえる。
今のわたしには花火しか居ない。「お姉さん、まだかなぁ」
思わず口をつく言葉。わたしだけが幸せに溶け込めていない気がする。
覚める直前の夢の様に曖昧に見える世界の中で、ただ一つ確かなものが浮かび上がってくる。
「お待たせぇ」
息を切らしたお姉さんは、額に玉のような汗を浮かべ、笑っている。
わたしを待たすまいと、急いでくれたということが容易に察せられた。
「何してたんですか」
別段待ってはいなかったけれど、というように見栄を張りつつ、お姉さんの汗を拭き取ってあげる。
「フフッ、これよ」
得意気に、捕まえたカブトムシでも自慢するかのように、笑みとともに差し出す。
「ライター、ですか」
「そう。これが無いと花火が始まらないでしょう?」
「そうですけど……」
わざわざ何処まで。
そう言いかけて、やめた。
何故ジッポなのかも突っ込まない。
「じゃあ、始めましょう」
今度はわたしがお姉さんの手を引いて、石段を駆け上がる。
「少し休ませてぇ」
お姉さんの訴えも無視。
さんざん振り回してくれたのだから、わたしもワガママをしてもいいでしょう?
楽しみのお預けはさっきの時間で十分です。
「忘れるところだったわぁ。はい」
そう言ってお姉さんが差し出したのは、小さな猫のキーホルダー。
「私のとお揃いよ」
反対の手でかざす携帯(見たこともない機種だけれど最新のだろうか)には同じ、だけど、ところどころ色の剥げた猫がいた。
「いきなり落としたんですか?」
傷の正体を尋ねる。
「まさか。私も昔にもらったのよ。高校生の時だから10年も前になるのかしら。携帯を換えてもこの子はずっと一緒なの」
そう言って、いとおしそうに眺める。
「でも、どこで取ってきたんですか?」
射的よ。コルクがまだ残ってるって、呼び止められたからついでにやってきたの」
だから遅かったのか。わたしも猫を携帯につける。それから花火セットをバラして、中身の確認。
打ち上げ花火が五つ、噴き出し花火が三つ、手持ち花火が二セット、線香花火が一ダース。
「けっこう遊べそうですね」
境内にあったバケツを拝借して、水の用意は万全。
「打ち上げ花火はお祭りが終わる頃に上げましょう? きっと、みんな驚くわぁ。花火なんて予定に無かったのに、ってね」
「いいですね、それ」
わたし自信、童心に帰ってしまっているのか、多少の迷惑も考えずにお姉さんの案に乗っかってしまう。 簡単な予定を立てて、まずは噴き出し花火に火をつける。
三つ一気に着けたものだから、勢いが凄い。
緑や赤、黄色の柳が夜を彩る。
「きれいですね」
「いい仕事してるわねぇ、あのオジサン」
「いや、射的屋さんが作った花火じゃないですから」
「……いい仕事したわね、私」
「それは、そうですね。一発で落とすとはって感じです」
「いえ、着火の話よ。私でなければ、こうも綺麗な華は咲かなかったでしょうね」
「花火の着火くらいわたしでも出来ますって」
呆れた声のわたしを、まるで意に介せず、満面の笑みをこちらに向ける。
口が半円を描くような笑い方。
「じゃあ、手持ち花火で勝負でもしましょうか」
「えぇ、いいですとも」
勝敗の基準なんて分からないけれども、お互いに自分の勝ちを主張しながら、引き分けになっていくんだろうなと、行き着く結果が分かっているにも関わらず、勝ちに行こうと、五本同時に火を着けたりしちゃうわけで。
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