第2話

毎年のことながら、人が多いわねぇ」

 言いながら、手を繋いでくる。恋人繋ぎでがっちりとわたしの指を絡めとる。彼ともしたこと無いのに。

「はぐれたら大変だもの」

 はぐれて困るような広さでもないのだけれど、なんとなくお姉さんが楽しそうなので断りづらい。

「まずは金魚すくいね」

 小学生男子並に、女の子のことを考えてないんじゃないかと思うような勢いで駆け出した。履き慣れていない下駄でそんなに速く走れません。

「私も高校生のとき、金魚を飼っていたわぁ」

 一回三百円の金魚すくいは正直なところボッタクリなんじゃないかと思うのだけれども、真剣な眼差しでポイを構えるお姉さんにそんなことは言えません。

「その金魚もすくったやつですか?」

「えぇ、正確には、一緒にまわっていた人にもらったらのよぉ」

「もしかして彼氏とか?」

「さぁ、どうだったかしら。でも庭の池に放したら一瞬にして先住民の錦鯉に食べられてしまったけれど。えさやりをサボっていたから怒ったのかしらぁ」

 同じ池で飼おうと思ったことが問題だったのではないだろうかと思わないでもないが(鯉は雑食だと聞くし)、実際のところ、怒ったとかではなく、金魚をエサと認識しただけなのではないだろうか。

 はたして、それは飼っていたと言っていいのだろうか。

「もっとこっちに来なさいな」

 明らかに捕獲不能な黒いデメキンを狙っている。

「あっ、袖!」

「静かにねっ、と」

 幾多のポイを破ってきた自負なのか、何の警戒も無く近付いてきた獲物をお姉さんは見逃さなかった。

 ポイの縁を利用した強引かつ情け容赦の無いすくい上げ。

 器に収めた戦利品を見せびらかしながら笑うお姉さんはさっきまでのニヤニヤした顔ではなく、無気な笑みだった。

 水槽に浸かって、多分に水気を含んだ袖も相まって、子供じみた印象が可愛らしい。

 大人っぽい人の幼い仕草ってたまらないよね。「あら、袖が濡れてる」

「だから言ったじゃないですか」

「何故かしら……」

 心底不思議そうな表情で呟く。無防備に手を伸ばすからでしょうに。

「まぁいいわ。次、行ってみましょ~」

 高そうな浴衣なのに。もう少し気を使った方がいいのでは?

「そうそう。この金魚はユカちゃんにあげるわぁ。私は飼えないし。三十センチにはなるわね、きっと。うまく成長したら見せて欲しいわ」

 そんな大きい金魚は可愛いか?

 というよりも、わたしとて飼えないのは同じ。

 せいぜい幼少期に飼っていたザリガニが入っていた水槽くらいしかない。

 それとも、庭の鯉と同居させようか。でもお姉さんのは喰われたって言うし。

「……あ、りがとうございます」

 悪意など無く、明らかにこちらの事情に気付いていないお姉さんに向かってノーと言えるはずもない。

つくづくわたしも日本人なんだなと思う。

「綿飴とりんご飴、どちらにしようかしらぁ」

 隣り合う二つの店の間で悩み中。

 顎に手を当てて思考する姿は探偵っぽくて様になっている。

 考えていることは幼稚なのだけれど。

「両方買えばいいじゃないですか」

「いえね、確かにその通りなのだけれどぉ」

 いえね、じゃなくて。

 お姉さんが立ってる場所は往来の真ん中なわけで。

 お姉さんのせいで、お手手ニギニギのカップルが愛別離苦を味わっているのですよ。

 今だけはそれを見てほくそ笑むわたしもいるのだけれど。

「私、りんご飴って苦手なのよねぇ」

「だったら最初から綿飴一択に絞れてるじゃないですか」

「まぁまぁ落ち着きなさいな。淑女たるもの、そんなに興奮してはダメよ。はしたないわ」

 別段、興奮の色など見せていないのに。

「私がりんご飴を苦手とする最たる理由はね、ユカちゃん。食べにくさにあるのよ」

「一口目は飴が固いですからね。ヒビが入るまで大変なのは分かります」

「その通りなのよ、ユカちゃん」

 ユカちゃん連呼しなくても聞いてますから。

「会ったときより冷たくないかしらぁ」

「お姉さんのことがだんだん解ってきましたからね」

「それは別にいいのだけれど。そして、りんご飴の話ね」

「固いから苦手なんですよね」

「えぇ、そしてね、それの解決策があるのよ」

 それは興味深い。上手くいけば、わたしもりんご飴を楽に食べれるかも。

「ユカちゃんの協力が不可欠なのだけれど、いいかしら」

「協力しましょう」

 結局、その解決策とやらは、わたしが一口目をかじるというものだった。

楽に食べれるのはお姉さんだけで、腹いせに少し大きめに食らい付いたら顎が痛くなった。

 お姉さんはといえば、好きな綿飴も買って、りんご飴さえも楽に食べられてご機嫌だった。

「りんご飴を食べると口の周りまで紅くならないかしら」

「キレイに食べましょうよ。淑女なんだから」

「わざと紅くしてゾンビごっことかしなかった?」

「しませんでした」

 口紅~とかはやってたけど。

 人の話を聞かないお姉さんの、ルージュを雑に塗ったように紅くなった口元をハンカチで拭う。

 少し背伸びをしないと届かない距離は、彼のことを思い起こさせた。同じくらいの背丈なんだなぁ。

「お姉さん、背が高いですね」

「18になってからグンと伸びたわぁ。それまでユカちゃんと同じくらいだったのよ」

 信じられない。わたしとお姉さんは20センチ位違うと思う。

 話ながら、お姉さんは腰を屈めてくれた。おかげで拭き取りやすくなる。

 彼ならしないであろう気遣いだ。

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