御用商人

 保長が横領の片棒を担いだ商人を突き止めてきた。ばれていないと思っているのか、こちらを子供となめているのか、商談があると使者を出したら、即座にすっ飛んできた。


「おう、先日は我が家臣が世話になったの」

「はは、よき取引をさせていただきました」

「ほう、ではどこの誰とどのような取引をしたのかをちと聞きたいものじゃ。なに、家臣たちには証文を残すよう伝えておるゆえな。その内容と相違ないか念のため確認しておるのじゃ」

 そう声をかけると、商人の顔色が紙のように真っ白になっていた。ばれたと察したわけだ。そこそこ頭は回るようだな。

「うん、いかがした? 具合でも悪いのか? なれば気付け薬を煎じて進ぜよう。俺の趣味は漢方薬でな」

「い、いえ、さすがにもったいのうございます」

「遠慮はいらぬ。我が家臣が世話になったのであれば相応のもてなしをせねばならん。客人が具合が悪いというに放置するは当家の恥じゃ」

 うん、すごい勢いで冷や汗が流れているな。もはや目を合わせることもできんか。こやつの心は折れたとみてよかろう。


「何か言いたいことがあれば素直に申すがよい。偽りを申さねば、俺も鬼ではない。ただし、偽りを申せば……」

「申せば?」

「根切りじゃな」

 商人の口から悲鳴が漏れた。子供と侮っていたのが丸わかりだな。震えというか、すでにありゃ振動だな。こっちまでカタカタと伝わってくるわ。

「して、何か申すことはないか?」

「は、はは。恐れ入りました」

「なれば、お主のしでかしたことを認めるのじゃな?」

「はっ!」

 かかった。ここで、俺は何も具体的なことを言っていない。嘘を言えば根切りとは言ったが何が本当で何が嘘かは明言していないのだ。

 まあ、あとはこっちの望むままの言質を取ればよい。ふふふ。


 一刻後。商人は解放してやった。解放の条件として、だまし取った予算分は分割にて返済を命じた。こやつ自身は会合衆に騙され、片棒を担ぐ羽目になっただけのいわば駒に過ぎない。適当に懲らしめるだけにとどめた。

 このような舐めた真似をしでかす連中には相応の報いをくれてやらんとなあ。以前吉殿が信秀殿に大目玉を食らった出来事を思い出した。これを使うとしようか。


 かの商人を再び呼び寄せた。またもや罰されるかと思い震えあがっている。とりあえず安心させるために笑顔を作った。


「よう来てくれたな。ちとそなたに仕事を頼もうと思っての」

「ははははははい。なんなりとお申し付けくださいませえええええ!」

「なに、簡単なことじゃ。借銭をしてもらいたい。理由はそのままじゃ。先日のことで銭が足りなくなって困窮しておると。よってそなたが俺に代わって銭を借りるのじゃ。松平を借金漬けにするとでも言えばよい」

「……してその後どうするおつもりで?」

「そうじゃな。その後の今川との戦に勝つか負けるか……どうなるかのう?」

「なんということを考えなさるやら……。であれば、その税で今川の証文を買い集めればよいので?」

「ほう、話が早いな。あとは松平が裏切り者が出て大敗したと流せばよい。先日の負けで今川の証文も値崩れ気味であろうが」

「お殿様は今川に勝つ当てがおありで?」

「なければこのような手は打たぬよ。内容は話せぬがの」

「……うまくいった暁には私めの借金棒引きでいかがでしょうか?」

「いいだろう。そして俺の御用商を任す」

「……はい?」

「なに、簡単な話でな。この策がうまくいけば、そなたは間違いなく大湊の会合衆を敵に回す。俺もだがな」

「それは今更ではないでしょうか?」

「それゆえにそなたを保護する必要がある」

「……なぜに私を?」

「使えるからじゃな。ありていに言えば、だが」

「畏まりました。これよりお殿様にお仕え奉る」

「よろしく頼む。そうよな……名を与えよう」

「は、はは!」

「茶屋四郎次郎を名乗れ」

「はは! ありがたき幸せにて」


 さて、これで手はずを整えた。あとは四郎次郎が如何に立ち回るか、だな。というか、どっかで見た顔だと思ったんだよな。家康の記憶もこのころの四郎次郎の顔はわからんかったようだし、何となく面影があるって程度か。

 本来仕官したのは永禄の頃らしいしな。まあ、史実を見るにこいつは大商人になる。であれば、うちの発展のためも早めに取り込むべきだろう。


 あとは保長の報告を待って今川をおびき出す手はずだな。鵜殿辺りはこちらの勢力が伸びていることを忌々しく思っているはず。であれば、内通の知らせは喉から手が出るほど欲しい知らせだ。

 ダボハゼのように食いついてくるだろう。くっくっく……。

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