本多弥八郎
保長より、護衛兼近似として数名の者を紹介された。一人は保長の子で半蔵正成。そして、侍女三人だった。名前は牡丹、紅葉、桜だった。何このジビエ三姉妹。
まだ幼いにもかかわらず、大人顔負けの武勇を誇る、らしい。
牡丹は素早い踏み込みで敵を圧倒する。紅葉は隠形に優れ、桜は素晴らしい足の速さだった。
正成は、かの有名な服部半蔵の事である。徳川家に代々使えた服部半蔵の初代に当たる。半蔵門の名で江戸城に名前を残したのは、家康の、そして徳川家の最大の賛辞であったのだ。
家康に友と言わしめた本多弥八郎と共に、最も信頼していた人物の一人である。
それで思い出した。弥八郎はどこにいるんだろうか? と思って探したら居ました。藤原正信。いくつかの質問をして献策が見事ということで、独断で取り立てました。そして、本多姓を名乗らせることにしました。弟の正重も有能な武人だった。とりあえず突撃バカじゃないところが良い。
策を弄するなど武士の為すことに非ず。うん、それで勝てるなら良いよ? けど現実を見ようぜ。伏兵に逢って負けただろ? しかも新参の正重にだ。
後はこの前の戦でなぜ数に劣る我らが勝ったのか。伏兵を効率的に用いたからだ。武略を否定するなら武士なんぞ辞めてしまえ。
さて、更に人材がまた加わった。新参を重用するなどとか言うが、なら貴様らも俺の前に才を示せ。俺をうならせてみろ。それができないならば負け犬の遠吠えだ。聞くにも値しない。
そして弥八郎に尋ねた話はほかでもない。件の横領の件だ。保長には引き続き事情を調べさせている。話を聞いたときには怒りで頭がいっぱいだったが、短慮は良くない。堪忍自重こそ家康に天下を取らせたのである。ただしこれは自助努力でに身に着けた性質だ。
どちらかというと家康はというか、松平の家系は、さらにいうなれば三河武士の性質が激情家ということだ。舐められたことに腹を立て、半ば破れかぶれで突貫したのが三方ヶ原の戦と言われている説もある。実際そうだったらしい。頭の中の家康が「認めたくないものじゃ、若さゆえの過ちはな……」っぽいことを言っている気がする。
しかみ図を生涯の教訓としたように、怒りに身を任せれば敵の術中に嵌る。そう言うことだ。
保長から報告が上がってきた。伊勢の商人が背後にいるらしい。大湊の会合衆が最近景気の良い尾張の弱体化を図ろうとし、まずは手始めに松平に波風を立てようとしたらしい。
同時に今川に接触し、向こうにも恩を売ろうという企みのようだな。であれば、今川の最前線を任された鵜殿あたりから調略の手が伸びているだろう。
俺に不満を持つ土豪などを糾合して、今川との戦の最中に寝返るというあたりか。
俺の強みは諜報力だ。尾張で得た人脈で、流民や地下人とのつながりを得た。彼らはどこにでもいる。河原に、街に、そして下人として様々な武家の下働きとしてだ。
そして彼らは横のつながりが強い。噂はすぐに広がるし、どこ行けば仕事にありつける。どこの領土は豊かだ。どこそこは景気が良い。あちらは最近税が上がったなどと様々な情報が行きかっているのだ。
その横のつながりを利用し、敵から、一応味方の土豪まで諜報の手を伸ばしている。
弥八郎も元は河原者であったが、岡崎城の下働きとして召し抱えられた。鷹匠だったという説もある。
そして彼らの情報の取りまとめを命じたのだ。諸人救済の理想を語り、いくさのない世を作るのだとぶち上げたところ、本多兄弟は即座に忠誠を誓ってくれた。
どうせ彼のような知恵者は薄っぺらい言葉は見破るだろう。故に赤心を打ち明けたのだ。
情報は続々と上がってくる。誰々は話を聞いて即座に断った。別の誰かは興味を示した。賛同したなどの話が出てくる。
「ひどいもんだな、真っ二つじゃないか」
「まあ、両てんびんにかけているのもあるでしょうな。勝ちそうな方に最後に突けばよいと安直に考えているのでしょう」
「ふむ、弥八郎。策を」
「はは、今は泳がせます。情報を取りまとめ、弱みがありそうなものはそこに付け込んで、裏切ったふりをさせましょう」
「反間計か」
「ふむ、殿はいささか早熟に過ぎますな。拙者に殿を大きく育てる楽しみを持たせてくだされ」
「弥八郎の智は俺より優れている。だから、俺は決断し、責を負う。お主は我がもとでその智を存分に振るえばよい」
「ふふふ、ありがたいことですが汚れ役、嫌われ役も必要にござろう。とくに家が大きくなればなるほど、ですな」
「しかしそれではお主が……」
「殿の理想がかなうなら、わが身は粉骨の決意にござる」
「なればこそじゃ。こんな内輪もめで足踏みしている時はない。さっさと三河を統一して今川をつぶすぞ」
「されば、急いては事を仕損じ申す。急ぐと焦るは別物にございますぞ」
「うむ、やはり神仏の加護じゃな。弥八郎は古の諸葛孔明にも勝ろう」
「おっと、これは大きく出られましたな。されば、殿の目が間違っておらぬこと、なんとしてでも示しましょうぞ」
こうして保長の集める情報をもとに、策謀が蜘蛛の糸のように張り巡らされて行く。それは時に緻密に、ところでは大胆に、敵味方を戦場へと操っていったのだ。
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