竹千代君のブートキャンプ

 あの小豆坂の決戦から三か月がたった。俺は降った松平党の取りまとめ兼旗頭として岡崎に居を移した。対今川の総責任者ともなっている。与力として水野信元殿、織田信広殿がつけられた。ありていに言えば監視役でもあるのだろう。信秀様は俺のことを信じてくれている。要するに織田家中向けのポーズということだろう。


 さて、なんとか岡崎城主となったが、問題は山積していた。というか家督継承時の吉殿よりも状況悪いんじゃないかこれ?

 そして一番やばい問題はこれ。家臣たちが脳筋すぎること。というか刃傷沙汰多すぎ! おめーら肩がぶつかっただけでチャンバラ始めるんじゃねえ! どんだけ戦闘民族なんだ!?

 ひとまず法度として私闘の禁止を出してみた。決闘沙汰は減った。なくなってないのが悲しいところだ。

 そして、政治力? 何それおいしいの? 武士は戦うことが本分! 間違っちゃいない。けどな、戦うための準備が必要であることを理解しろ。おめーらが振り回す槍とか刀とか、ガンガンぶっ放す矢とかどっから出てきてると思ってんだ? 先立つものがいるんだよ! 銭がなければ税をかければいいじゃないのじゃねえ!

 ノブレス・オブルージュなんだよ! 貴様ら曲がりなりにも領主だろうが! であれば領民を守れや! 搾取するんじゃねえ!

 などと怒号をかっ飛ばしても誰も理解しやがらねえ。うちの一番のインテリ、石川数正あたりは何となく理解してくれた。そして尾張の急速な発展の理由にも思い至ってくれたようだ。

 方針を説明したところ、渋面を作って反対意見を述べてきた。

「しかし殿。なかなかにその考えを皆に実践させるは難しいかと」

「難しいってことは不可能じゃないってことだな?」

「いや、それは言葉の綾でして……」

「いいからやりなさい。否、やれ!」

「いったいどのように……」

「とりあえず脳みそまで筋肉でできてそうな奴を集めてくれ。ショック療法だ」

「しょ……?」

「ああ、気にするな。なに、ちと骨身に染みるかもしれんが死にはせんよ」

 そう言った俺の顔はおそらく晩年の腹黒狸の顔をしていたのだろうか?


「役目ご苦労、三河の誇る精鋭よ」

 踏み台に立って必死に背伸びして声を張り上げる。基本朴訥でいいやつらなんだよな。なんか息子とか孫を見るような顔をして和んでやがる。

 まあ、いい。とりあえずただ戦えばいいと言うものでないことを理解させてやる。

「これより演習を行う。その前に皆に聞いておきたい。戦に勝つとき、必要なものは何だ?」

 キョトンとしている我が愛する三河武士ども。うん、ここでキョトンとしてる時点でお前ら落第だ。とりあえず手近な奴を指さして答えさせる。

 回答は様々だった。ある者は「兵の士気」と答え、別の兵は「武勇」と答えた。ほかには「知略」と答えた者がいた。うん、まあ、間違っちゃいない。ただしその前に前提があるのだ。そこを理解させてやる。

「うむ、我が精鋭たちよ。見事な答えである。なればそなたらの答えが正しいか、試してみようぞ」

 この時点で彼らは武芸大会とか織田家でやっていた試し合戦のようなものを考えたのだろう。間違いではない。やることは試し合戦だ。ただし、籠城戦だがな。


 岡崎の東にある丘に簡単な砦を建設した。攻め口が狭くなかなかに堅固なつくりだ。そして脳筋の最先鋒の連中を300ばかりそこに突っ込んだ。

 そして本多平八郎率いる俺の親衛隊に包囲させた。

「では籠城軍は敵の攻撃に耐えきったら勝利だ。むろん打って出て蹴散らしても良い。平八郎には五百の兵を預ける」

「ふん、多少の兵力差であれば我らが武勇と知略で覆して見せましょうぞ!」

 うん、鼻息荒いね。こいつら平八郎の出世を妬んでやがったからな。ちょうどいいからボコボコにしてしまえ。どうせ腹いせに同じことを奴らも企んでいるはずだ。


 砦は三方向を急な斜面に囲まれ、攻め口は真正面しかない。攻め手側はかなりの不利を強いられるはずだった。

 奴らの要望に従って多めに矢を補給してやる。矢の先はタンポで覆ってあり、そこに墨を付ける。鎧以外の部分に矢が命中した者は戦死判定となる。普通の矢よりは飛ばないが、其処は訓練だしな。


 さて、俺はあらかじめ平八郎に指示を出しておいた。力攻めを避け、徐々に支寄りを仕掛けよと。

 その指示に従い、矢の届かない位置に土塁を築く。そして攻め口への道を完全に遮断した。付け城を築いたわけである。そしてそこを拠点に盾や竹束を前面に出して徐々に攻め寄せる。

 敵が出撃してくれば矢を浴びせて白兵戦を避けて退く。敵は付け城に立て籠もられるとなす術なく撤退する。この時追撃は仕掛けない。

 そうすると、損害が軽微なことに気をよくして再び出撃してくる。それを撃退することを繰り返す。

 奴らは気づいているのだろうか? いつの間にか攻め手と守り手が逆転している事実に。そして、有利な地形でかつ自軍より多数の兵に攻撃を仕掛けることの危険性に。

 それよりも問題は奴らは矢の補給は多く要求してきた。そして水や兵糧は何も言ってこなかった。故に三日分だけ持たせてある。

 そして、俺はこの戦の期間を明確に決めていない。こうして攻防が続き、三日が経過し四日が経過していく。城方は明らかに動きが鈍くなってきた。迎撃も散発的で、矢の数も減ってきている。そりゃあ飲まず食わずで戦えるわけがない。

 それでも俺は容赦しなかった。餓死寸前まで後数日は解放する気はなかった。降参の使者を送ってきたが敢えて平八郎に挑発させたのである。「三河武士たるものが腹が減ったと降参するのか」と。奴らは頭に血が上って出撃してきたが、付け城に阻まれ、多数の戦死判定者を出した。戦力的にもかなり削られており、もはや開城以外に手はない状況なのである。

 とりあえず魚や肉を焼かせ、団扇で扇いで煙を砦に向けて流し込んでみた。すんごい形相で出撃してきたが、これも付け城で撃退した。もちろん戦死判定者も陣幕に隔離しており、仲間と苦楽を共にするが武士とメシは与えていない。


 こうして城方の全面降伏でこの訓練は終了した。俺は彼らに質問した。「戦をするうえで最も必要なものは何だ?」と。

「腹が減っては戦などできませぬ!」

 満点の回答だった。

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