邂逅
吉殿に伴われ俺は加藤屋敷の門をくぐった。水野家当主、信元殿と家康の知識が教えてくれた、酒井忠次と石川数正だ。そして、初対面なのだがどこか懐かしい女性……母だった。
「竹千代君、御久しゅうござる」
「数正か。役目大義である」
「おお、しばらく見ない間にご立派になられて……」
「忠次もじゃ。母上の護衛と、ほかに所用があるのじゃろう?」
「御明察にございます。織田と今川と、そして当家の関係について、竹千代様にお話を」
「どういうことじゃ?」
「貴方は竹千代様ではない。しかし竹千代様である。こういうことです」
「なっ?! なにを申すか!」
「ふむ、次郎三郎様の言う通りじゃの」
「数正まで何を!?」
何を言いたいのかがさっぱりわからない。どういうことだ?
「我々が知る竹千代様は癇が強く、今のような扱いを受ければ間違いなく激高しておりました。しかし貴方にはそのそぶりがないどころか、落ち着いておられる。まるで竹千代様の中に別の人間が入ったような」
「戯れにしても度が過ぎるぞ!」
動揺しているのが丸わかりだが仕方ない。実際何が起きているのかがわからない。そもそも、竹千代の中に俺がいることを知っているのは……吉殿くらいか。しかし、以前の竹千代を知るものが見ればやはり俺の立ち振る舞いは違和感があるのだろう。
「そこまでになさいませ。竹千代はわたくしの息子です」
そこに於大の方、母上が割り込んできた。そしてふと見ると手を繋いでいる俺と同年代の少年……鏡なんてものはこの時代、まともにはないが、それでもわかる。こいつは俺に瓜二つだ。
「母上……」
「ええ、母はよくわかっています。あなたもまた、竹千代だと」
また? またってなんだ? そういうえば、俺に瓜二つの子の少年は誰だ?
「母上、いかなる意味にござましょうや?」
「普通ならば再会を喜ぶところなのでしょうが、そうはいかない事情があります。次郎三郎、ご挨拶なさい」
そうすると目の前の少年が快活な笑顔を俺に向けて話しかけてきた。
「兄上、お初にお目にかかります。双子の弟の次郎三郎と申します」
「なん……だと?」
まさかリアルでこんなセリフを言う日が来るとは夢にも思わなかった。双子だと? そんな事があるのか? というかこの時代双子は忌み嫌われていた。もしやそれが於大の方が離縁された理由か?
「概ね察したようですね。本当に聡い子です」
「母上……」
「次郎三郎が言うには、竹千代の中に三人の魂があったそうです。そして、一人の身体では三人の魂は受け入れられない。よって体を二つに分け、最も強い魂を二つに分け、それぞれ取り込んだ、らしいです」
「は、はあ?」
「それまでは仮初の意識を植え付けてあったと」
何かがつながった気がした。あの時の夢は今まで眠っていた葵としての意識を体にすり合わせることと、半分に分かたれた家康の魂との統合の意味があったのだと。そして、どっちが竹千代になるかは賭けだったに違いない。
「竹千代、いえ、葵というのですか。そなたは間違いなくわたくしがお腹を痛めて産んだ子です。間違いありません」
「はい、はい……」
ここで忠次が割り込んできた。
「お話というのは、松平の家の事です。表に出ているのは葵さまの方です。そして今川より圧力は強まる一方です」
「どちらかを今川の人質にすると?」
「はっきりといえば、今川の方がまだ圧倒的に戦力は上です。いま松平を先鋒に尾張になだれ込めば熱田辺りは焦土となりましょう」
「今川がそれだけの戦力を出せるか?」
「ふふ、やはり聡い。おっしゃる通り。背後に武田が控えておりますれば、そう簡単に兵は出せませぬな」
「であろうが。しかし、それは尾張とのことだ。お主らが危惧しておるは松平と三河の話か」
「左様、じわじわと力を削られ、支族も今川に降っており申す。今では岡崎近辺のみで独立も名ばかりとなっております」
「尾張より兵を出すのも間に合わぬか」
「おそらくは」
「その侵攻を止めるために、一時的にでも服従したという体裁がいるわけじゃな?」
「三河が落ち着けば治部様は河東の地を取り戻さんと動くでしょう。また武田とも和睦を進めております」
「三河に平穏をもたらせば、間接的に尾張への圧力が減る。今のままでは安城の地を取り戻さねばとなるな」
「実際に太原雪斎殿が兵を編成しておりますれば、来年にも安城付近になだれ込みましょう」
「小豆坂の雪辱か」
「ということになりましょうな。今川の精兵一万、安城の兵力では到底防ぎきれますまい」
「むむむ」
「ということで、次郎三郎さまと竹千代君にはお願いがあり申す」
「聞けることならば叶えよう」
「名を入れ替えていただきたい。次郎三郎さまには大いなる将器があり申す」
「俺にはないか?」
「無いとは言いませぬが、どちらかと言うと補佐役がよいのでは? 少なくとも尾張における活躍はそのようにしておりましょうや」
「確かに。なれば、俺が次郎三郎で、そちらが竹千代と」
「松平の嫡子は竹千代君にござる」
「織田の色がついている俺はふさわしくないか、ま、いいだろ」
あっさりという俺に吉殿が驚いていた。
「竹千代……って呼ぶと紛らわしいの……葵としようか。そなた嫡子の立場の重みを理解しておるのか?」
「無論、吉殿のそばにいればもう嫌というほどに」
「なればどうして即座にその立場を捨てられる?」
「俺の目的は天下を太平に導くこと。その時の旗頭は吉殿じゃ。そのために松平の家を率いて損序助けとなるつもりだった」
「松平の天下は望まぬと?」
「それこそ成り行きによるけどな。木瓜と葵の旗印が天下を駆け巡る。まずはそこからではないか」
「なれば、貴様は我が家臣として織田の中にあれ。そちらの竹千代とも我は友誼を結びたい。三河とは親父がいろいろと因縁がある。それゆえに、味方になれば心強いことはよくわかっておるじゃろう」
「三郎殿、喜んで」
ここで吉殿と俺と、松平家臣の皆さんで話し合いがもたれた。葵と竹千代の関係は秘されることになる。その上で、密約が結ばれた。この先どうなるかわからないが、俺と竹千代と吉殿と、手を取り合って戦国の世を生き抜くのだと決めた。
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