軍備と戦術

 鈍い音を立てて足軽用の甲冑を着けた案山子が吹っ飛んだ。草鞋を流用して作ったスリングの効果だ。子供の拳大の石を投げればそれなりの威力は出るだろう。しかしそれは大人がそれなりの力で投げた場合だ。そして、この石を投げたのは俺である。


「ほう……」

 平静を装っているが、吉殿の目が見開かれている。これを大人の力でやればと考えたのだろう。それに場合によっては子供すら戦力化できる。これはさすがに最後の手段となるだろうが。

 それでも今川の大軍と戦う場合、総力戦となる。そうなれば文字通り手段を選んではいられなくなるだろう。


「開墾によって石は大量に出ておりますからな。手ごろな大きさのものを集めておきましょう。あとは、流民たちに石投げの訓練を義務付けましょうか」

「その中で腕の立つものを召し抱えればよいな」

「武田の麾下に小山田衆という者が居ります。彼らは印地打ちの名手を集めておりましてな」

「ふむ。場合によっては今川を混乱させられるかもしれんな。当家の石打衆に小山田の旗印を掲げさせれば良い」

「雪斎辺りは即座に見破りそうですがね」

「彼の黒衣の宰相か。全く忌々しい坊主じゃ」

「三河を押さえに来るときは彼の坊主が大将となりましょう。その時が最大の危機であり……」

「最大の好機となるか。彼の坊主を討ち取れば今川の勢力は揺らぐ」

「治部自身も並の人物でもありませぬぞ?」

「ふん、いずれ我がその上を行ってみせるわ!」

「なれば今は及ばぬとの自覚がおありですな。では……」

 吉殿の後ろには平手殿がイイ笑顔を浮かべて立っていた。

「行儀作法の稽古のお時間です」

 吉殿は逃げようとするが、俺の突き出した足に引っかかって見事に転んだ。

 そこを平手殿が引き連れてきた屈強の小姓衆が取り押さえる。

「うぬ、礼儀作法と今川に勝つのと何の関係があるのじゃ!?」

「国人としての威儀を見せることで、配下を心服させられますな。誰もうつけに従って命をかけようとは思いますまい」

「くっ! 謀ったな竹千代!」

「殿の日ごろの行いが悪いのです」

 そうやって高みの見物をしようとしていると、なぜか左近殿が俺を小脇に抱えた。

「左近殿?」

「竹千代殿も殿と一緒に礼法の稽古にござる」

「なっ!?」

「ククク、竹千代、そなたも道連れじゃ」

「くっ、振りほどけない……なぜじゃ!?」

「坊やだからじゃ?」


 そうしてみっちり行儀作法について叩き込まれた。姿勢が悪いと叩かれ、手順が違うと叩かれ、言葉遣いに詰まると叩かれた。吉殿のニヤニヤ顔が妙にイラついた。そして、なんだかんだできっちりこなせるんだから、日ごろからやればいいのにと思いました。

「ふん、作法をこなして何が楽しいのじゃ」

「いや、楽しいとかの問題じゃないのでは?」

「ふふん、まあ、今はうつけと呼ばせておく。そして皆をあっと驚かせるのじゃ」

 ところでいつの間にか紛れ込んでいた勘十郎君は目をキラキラさせながら、かっこいい兄上を見ていた。憧れのまなざしってやつかねえ。日ごろからそうやってたら、後日の信勝謀反も起きなかったんじゃないの?


「吉殿、周囲をあっと驚かせる機会、なるべくならお早めに」

「ふむ。うつけはやはりまずいか?」

「なによりも、信秀様は吉殿の真意を知っておられますし、平手殿も問題ないでしょう。しかし……」

「ふん、弾正忠家を牛耳りたいと考える戯けどもか」

「いまは信秀さまがしっかりと睨みを利かせておりますし、なんだかんだで家中はまとまっております。そしてそのタガが外れたときどうなりますや?」

「我に確実に味方してくれるは平手あたりか。ほか、最近召し抱えた者どもも背くまい」

「兵はいかほどに?」

「いいところ二千か……」

「まずは一門衆を味方に付けましょう。一門の重鎮たる信光様ですかな」

「信康叔父が討ち死にしてから、勝幡を押さえて美濃への最前線を押さえてくれておるしな」

「犬山の信清殿はいかがですか?」

「独立しようと考えておる節があるな。伊賀守家に今は従っておるようじゃが」

「あとは吉殿が家督を相続するにあたり、対立候補となるはどなたですか?」

「同腹の弟、勘十郎であろうな」

「なれば真っ先に勘十郎殿を味方に付けなされ」

「……母が、のう」

「吉殿のうつけぶりに嫌気がさしたともっぱらの評判ですな」

「勘十郎は生まれたとき、体が弱かった。今では元気にしておるがな。母上はあやつに付きっきりでな」

「それが悪いとは言いませぬ。親子の情もありましょう」

「だが、弾正忠家を真っ二つにするわけにはいかんか」

「尾張で内輪もめをして喜ぶのは敵のみでしょう」

「となればやはり今川との戦でそれなりの働きをして見せるのが近道か」

「ですね」


 そうして、具体的な作戦案について話しあった。というか第二次小豆坂の戦いでは吉殿は本来参戦していない。この時点で戦力を所有していなかったこともある。

 しかし今は流民を中心に一千は集められる。平手衆と合わせ、その戦力は弾正忠家でもかなりの規模だ。数だけならば。

 実際に白兵戦となれば、三河衆を先陣に攻め込まれればあっという間に瓦解するだろう。お世辞にも精鋭とは呼べない。寄せ集めである。

 そしてそんな寄せ集めでも戦えるように武器を配備した。常識外れの長槍と、弩、さらに投石部隊のスリング。徹底したアウトレンジで敵だけを削るのだ。

 むろん最後には正面決戦で敵を打ち破らないといけない、だからそれには従軍経験のある者を中心に編成した斬り込み部隊を用意する。それでも厳しいとは思うが。

 あとは地形を利用する。野戦築城で迎え撃つ。ほか、小細工を弄して少しでも勝利を近づける努力をするしかない。

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