内政と意識改革

 尾張の平野を吹き抜ける風が金色に実った穂波を揺らす。幸いにして今年の作柄は良い。そして、俺が持ち込んだ農具による作業効率の改善はそれぞれはわずかな影響であったけども、一連の作業から見れば、かなりの改善を見せたと思う。

 そして浮いた人手を開墾に回す。流民もここぞとばかりに投入した。他の国では、こき使われた挙句追放されると言ったような詐欺のようなこともまかり通っているそうだ。

 しかし、武田の太郎君も言っている。「人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 仇は敵なり」と。のわりには妹婿暗殺したり、占領した土地で略奪とか弾圧したりしてるけどな。まあ、あれは甲斐の民が特別で、占領地はそのために富を吸い上げることが目的だったとか。そして、付き従っている回の土豪をまとめ上げ、武田家の発言力を上げるために措置だったりしたらしい。

 という話をしたら、自分では歴史上の話だけども、よく考えたら、今現在進行形で起きている話だったわけで……吉殿からかなりマジな目つきで、「その話、絶対に人前でするな」と五寸釘をぶっ刺された。

 五寸釘はさすがに比喩的表現だが、極太の長い釘を念入りに刺されたというわけで、口を滑らせないように注意が必要だ。というか、滝川左近殿の配下が俺の身辺にくっついているけども、護衛というよりも監視役な気がしてならない。

 と思っていたら説明された。俺が何かやらかした時にフォローするためらしい。ごめんなさい。


「して、今後の方策だが」

「吉殿は何かお考えがありますので?」

「ふむ。まずはそなたの意見を聞こう」

 うっわ、丸投げする気満々だ。なんというブラック上司。

「なれば、それこそ吉殿の方針を聞いてからでなければ。俺は主君の意に背くことはできませぬので」

 そう、正式に小姓に任命されたので、形上ではあるが俺は吉殿の家臣である。単純に身分があった方が働きやすいし、吉殿のそばにいる理由もできる。

 またうつけ殿が遊び惚けておるとの悪評は駆逐されつつあった。少なくとも那古野の城下はきっちりと治まっている。

 これまでの努力、農村や町に出向き、気軽に話をしていたことで陳情などが上がって気安くなったこともあると思う。

 よく言われるビジネスの報連相は、報告、連絡、相談を部下がしやすい環境を作るという意味だ。部下の義務ではなく上司の心得である。

 そのことを伝えると、「なぜ主君が家来の機嫌を取らねばならん」とか殿様なことを言い始めたので……あ、殿様だった。とりあえず正座させて平手殿と二人がかりで説教した。


「吉殿、あなたは農民や町人に話を聞いていた理由は?」

「家臣づてだとどうしても余計な言葉が入る。それに、危機に入った者が都合の割ることを隠すかも知れん」

 おい平手殿、なぜそこで目をそらす。あんたなんかやらかしてんじゃないだろうな?

「それはなぜそうなりますか?」

「そうか、武士と名乗っておる連中は農民や町人を見下しておる。そういうことか」

「で、同じことを自分がやってるって自覚ありますかね?」

「ぐぬ……であるか」

「部下が働きやすいようにすれば効率が上がります。困ったことがあったときにすぐに相談できるようにしておけば、問題が深刻になる前に解決できます。これによる不利益はありますか?」

「……ないな」

「もう一つ、戦時や、収穫などの繁忙期を除いて、家臣には休暇を与えましょう」

「なぜそうせねばならん?」

「効率を上げるためですよ」

「わからぬ。どういうことじゃ?」

「では、一つ例を示しましょう。明日、ここの開墾現場にて視察を」

「わかった」


 翌日、二つの組を作って開墾作業をやらせた。広さは同じ、農具も人数も同じ。そして片方の組は俺が、もう片方の組は吉殿が指揮を執ることにした。

「ふん、人使いで我に挑むとは笑止な」

「段取りは同じでお願いしますね」

「わかっておる」


 そして作業が始まった。一定のペースで作業を進める。そして一定時間ごとに休息を与え、水分と塩を与えた。昼にはこちらは弁当を与える。無論食事中は作業の手が止まる。

 その姿を吉殿が率いる組は笑いながら見ていた。彼らは吉殿の激に従い、てきぱきと作業をこなしてゆく。一切の休息をとることなく動き続けていたのだ。

 異変は昼過ぎに現れた。疲労が頂点に達した彼らは動きが鈍くなる。吉殿自身も鋤を振るい、岩を取り除く。それでも体がついて行かなくなるものが出始め、座り込んだまま動けなくなる者も出る。

 半面俺は指図をするだけだ。そもそも六歳児にそういう作業ができるわけもない。定期的に休息をしているこちらの組はペースが落ちない。

 吉殿が慌てて水を与えたりしているが、そうすぐに回復するものでもなく、脱落者は日没まで復帰できなかった。

 むろん一日で終わるような作業量ではなく、こちらは予定されている農地の半分ほどの進捗であった。そして吉殿の方は……いいところ、こちらの7割ほどだ。


「お判りいただけましたか?」

「うむ、働きづめは良くないということか」

「そうです。休みを与える意義をお判りいただけた様子」

「ふん。軟弱者どもが」

「そうですね。吉殿のような意志が強く肉体的にも頑健な者はそうはいません」

「うぬ?」

「凡人というのはありふれているから凡人なのです。そして、世間の人間のほとんどは凡人です」

「ふむ」

「吉殿の役目は、その凡人どもを使いこなして成果を上げることです。こういった作業にしてもそうですし、戦においても同じです」

「もっとも弱き兵を当てても勝てる手立てを考えよということか。そういえば、そなたのしていることはそういうことであったな」

「おわかりいただけましたか」

「うむ、これからも頼りにしておるぞ」

「というか、一番手っ取り早い飛び道具があるんですけどね」

「ほう?」

「印地打ちですよ」

「だがあれはそれなりに練度がいるぞ?」

「練習するのに元手かからないですし、いいんじゃないですか?」

「あとは、狙いが正確な者、遠くに投げられる者を召し抱えるか」

「求賢館ですな」

「故事に従えばそうなるか。鶏の鳴きまねがうまい者を探してみるも一興であるが」

「一芸に優れるものとして面接すればよろしいかと」

「そうだな。なにが役に立つかわからんものだしの」

「魏武を見習いましょう。我が求めるは唯才のみと」

「出自も身分も来歴も問わぬと申すか」

「基本的に人は自分を必要と思ってくれる者の下で働きたいと思うものです。その才を認め相応しく遇すればよろしい」

「難しいことを言うのう」

「俺は漁師に山菜を注文しませんよ」

「当り前じゃろうが」

「ええい、できない人にできないことを要求しませんといいたいのです」

「逆を言えば、できると思うからそれを要求しておると言いたいわけか」

「さすが、ご理解が早い」

「ふん、そなたの方が人を扱うに長けておるようじゃがの」

「俺が人の将なれば、吉殿は将の将です」

「ふん、高祖かよ」

「劉玄徳を目指すのでしょ?」

「あれは言葉のあやじゃ」

「ですなあ。劉玄徳は負けに負けておりましたからな」

「ふん、我は我じゃ」

「ごもっとも」

 そうして二人で大笑いした。

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