カッパの子供を救いにちょっと

オジョンボンX/八潮久道

カッパの子供を救いにちょっと

 かっぱ寿司の地下では、監禁されたカッパの子供たちが泣きながらおすしを握っているという。そんな話をインターネットで見たときにもう、いてもたってもいられなくなった。

 小柄なおばあさんの店員は包丁を突きつけられて震えていた。

「殺さないで、お願い、助けて」

と小声でずっと言っていた。自分のおばあちゃんと同じくらいの歳だと思って、かわいそうで泣きそうになった。自分で包丁を突きつけながら、自分で泣くのもおかしいと思って我慢してた。

「絶対刺したりしないから」

 他の人に聞こえないようにおばあさんの店員にだけ言った。客のでかいおっさんが急に出てきて

「お前、何やってるんだ!」

と怒鳴ってきてびびった。

「うるせえ! 今すぐ席に戻れ! ぶっ殺すぞ」

 おれが一瞬びびって固まった間に、すぐ龍平がおっさん以上の大声で叫びながらおばあさんの店員の首に自分の包丁を当てた。おばあさんは「うっ」と叫んで壊れたみたいにガタガタ震え始めた。周りの客や店員も緊張したみたいだった。おっさんはちょっとびびったみたいだけど、

「ガキが馬鹿なことするな」

と言って、まだ自分の方が偉そうにした。

「お前そんな自信満々だけどどうすんの。俺らがそれでこいつ刺し殺したら、お前がそんな態度とったせいじゃん。耐えられるの? リスクもっとちゃんと見積もった方が良くない? 何もせずに座っててくれればいいって言ってるだけなんだけどこっちは」

 龍平は頭がいいからすらすらそういうことを喋って、大人に負けてない。やっぱすげえと思った。客のでかいおっさんは子供に馬鹿にされたと思って顔が真っ赤になって、何か言おうとしたけど上手く言えないみたいだった。

 席の中から妻っぽい人が出てきておっさんをものすごく引っ張って「とにかく座ってよ!」と小声の言い方なのに大きな声で言った。

「全員おとなしく座ってろ。でなきゃこの店員を殺す」

 BGMだけ鳴って変に静かな店内で龍平がはっきり言った。直後に龍平はおばあさんに

「絶対刺さないんでおとなしくしてて下さい」

とささやいた。よくわかってない客の子供がわちゃわちゃ動こうとするのをお母さんやお父さんが必死で抱き締めたり引っ張ったり、口を塞いだりしてた。

「店長! 店長出てこい!」

と龍平が言って、でも誰も出てこない。

「店長って今日出勤してないんですか」

 龍平が聞くとおばあさんの店員は首をかすかに横にふった。

「厨房ですか」

 今度はおばあさんがちょっとうなずいた。龍平が包丁を構えたまま、おれとおばあさんの店員を残して店の奥に一人で向かっていった。奥の方でなにかやり取りがあった後、龍平が背中に包丁を突きつけながら太ったおじさん……お兄さん? の店員を連れて戻ってきた。厨房の奥で取り換えたのか、龍平はさっきまでの普通の包丁じゃなくてもっと長い、すし屋っぽい包丁を持っていた。刀みたいでちょっとかっこいいと思った。

「私は店長ではありません」

「名札に店長って書いてあるだろうが」

「いえ……あのぅ、嘘なんです」

「何が」

「たまたま今日は代理で名札をつけてるだけなんです、店長が勝手に休んでるんで、ただのバイトなんでほんと、勘弁して下さい」

 龍平がちらっとおばあさんの店員を見たら、首をかすかに横に振った。太ったお兄さんがものすごくおばあさんをにらんだ。

「お前最悪だな。大人のくせに。責任者のくせに」

 龍平がくるっと包丁をまわして柄で背中をどんって突いたら、店長は「わああああ!」と叫んで座り込んだ。

「刺してないから」

と包丁をまた持ち換えて刃を向けながら龍平が言った。

「自動ドアの電源を切って、鍵もしめて。裏口のドアも鍵しめろ」

 そう店長に指図しながら、龍平はおれにも指示を出した。

「一番奥のそこのボックス席に店員と入ってて。そこなら窓から死角になってるから」

 なんか龍平がほとんど全部やってて、情けないし恥ずかしいし、嫌だったけど、正直おれはなんか、どうしていいかわかんなかったし龍平が全部正しいような気がして、どうしようもなかった。窓から死角になってるってどういうことかよくわからなかったけど、龍平が堂々としてるからなんかそうなんだろうと思う。

 さっきのでかいおっさんの客がまた来た。「ちょっとタンマ」みたいなポーズでゆっくり近づいてきた。右手でスマホをつまんでた。

「警察からだ。うちの妻のスマホに、突然かかってきた。君らと話がしたいそうだ」

「スピーカーモードにして、テーブルの端に置いて、あんたはまた席に戻って」

 おっさんは龍平の指示どおりにした。警察の人はおだやかな話し方で優しそうだった。最初からおれらの名前を知ってるみたいだった。要求があるなら言ってほしいと言った。

「もうちょっとしたらYouTubeでライブ配信するから。警察が突入とか変な事しなければ、客も店員も傷つけないって約束するから、ちょっと待ってて」

 龍平が「警察が突入」って言って急にものすごく怖くなった。もしかしたら自分は警察とか特殊部隊とかに銃で撃たれるのかもしれないと思って、まだ中学生なのに死ぬのは嫌だと思った。

「おれ、ちょっと、無理かもしんない……」

 たぶん泣きそうな顔になってたかもしれない。そう言ったら、龍平が怒った顔をして小声で

「俺だってめちゃくちゃ怖いよ。でもこうするって決めた時からこうなるのはわかってたことだろ」

と叱られてびっくりした。龍平は涙目になっていて、あんなに堂々と大人と話をしていたのに龍平も怖かったなんて嘘みたいでびっくりした。あとこうなるのはわかってたって言われたのも「えっわかってたの?」と思ってびっくりしたけど、これ以上龍平に馬鹿だと思われるのも軽蔑されるのも嫌だから黙ってた。

 警察の人は「全国で生中継されていて名前も出ている」とか「親が心配している」とか言って、不安になった。龍平は自分のスマホを小さいスタンドにセットして、黙ったまま(んっ)てあごでおれに指示した。ライブ配信がもう始まってるみたいだった。

「あのー、僕、私ーは今、かっぱ寿司のお店に来ています」

 声がかすれてうまく喋れない。どれくらいの声量でいいのかもわからない。だいたい、動画をアップしたこととかないし。学校の発表みたいに緊張する。どう喋っていいかもわからないから、昔よく見てたユーチューバーのことを思い出して真似しながら喋った。視聴数がどんどん上がっていくのもびっくりした。

「えー。かっぱ寿司は、悪の企業です。カッパを、カッパの子供たちを誘拐して、地下で……地下で、あのー……」

 なんか急に何もかもわからなくなった。頭が真っ白になって、頭の中を探しても探しても言葉が出てこなくなった。今みんなが見てて「あれ、こいつ大丈夫?」って思ってると思うとますます焦って言葉が出てこなくなった。前に学校の発表でも同じことがあったと急に思い出した。緊張しすぎて何を言ってるのかわからなくなってしまう。スマホの画面に映った自分の顔から、その奥の龍平に視線を移したらゆっくりうなずいていて、龍平に包丁を突き付けられたままのおばあさんの店員もうなずいていて、なんか急にほっとしたらすらすら言葉が出てきた。

「かっぱ寿司はカッパの子供たちを誘拐して、地下に監禁して、無理やりおすしを作らせています。奴隷労働です。報酬は一日一本のキュウリだけだそうです。絶対に許せません。こうやって、包丁を持って店に立てこもるのは悪いことですが、これはもっと大きな悪を暴くためです。お客さんや、店員さんを、傷つけるためにやってるわけじゃないです」

 そういえばそうだった。その発表の時も、言葉が出なくてどうしようもなくなって、クラスのみんなが不安そうな顔でおれを見てるのを見て絶望して逃げたくなってたら、一人だけうんうんってうなずいてたのが龍平だった。あの時と同じだ。

 おれはスマホをつかんで、外側カメラに切り替えて店長の方に向けた。自分の役目が終わったと思って安心してた店長は、急にカメラを向けられてびびってガクガクし始めた。

「この人が店長です。店長、地下室に案内しなさい! カッパを解放しろ!」

 店長はもう足が震えすぎてて立てなくなっていて、口が震えすぎてて喋れないみたいだった。「あふぁふぁああふぁ」みたいなことを言って口の端が泡立っていた。

「店長、地下室に案内しなさい! カッパを解放しろ!」

 おれはどうしたらいいか困って同じことをもう一度言った。

「地下室ッないですッ、そういうのはッないですねッッ」

 店長は少しだけ落ち着いてきたみたいで、でも喘ぎながらそう答えた。おれは一気に、めちゃくちゃ頭にきた。内側カメラに切り替えて早口で

「かっぱ寿司は認めようとしません! 自分たちの不正を認めようとしないです! 絶対に許せません!」

 その時ライブ配信のコメント欄に目がいった。「意味不明」「カッパって何。どういうこと。」「ヤバい。頭がおかしい子なのかもしれない、、、」「えっネタとかじゃないの」とか色々書かれてるのが目に飛び込んできた。立てこもりはもちろん犯罪だけど、でもきちんと理由を知ってもらえれば世の中の人は自分の味方になってくれると思ってたから、わけがわからなかった。コメントから目が離せなくなった。店長がスマホの向こう側から話しかけてきた。

「本当に地下室はないんですよ……」

「う、嘘つくな!」

「嘘じゃないですゥ本当にないですゥ……カッパはそのゥ、カッパってあのゥそもそも実在しないのではないかと……ゥ……」

「でもっ、……でもっ!」

 しばらく黙ってたスピーカー越しの警察の人が話し出した。

「ちょっと、その、私たちも話がよく飲み込めないんだけど、カッパ……カッパの子供? が店の中にいる……君はそう考えている、ということでいいのかな」

 明らかにおれが頭のおかしいやつだと思ってるんだなってことが一瞬ではっきりわかった。心臓がばくばくした。おれだってカッパなんて見たことない。見たことないけど、でも

「インターネットで、かっぱ寿司が地下でって……」

 そう言おうとして最後まで言えなかった。龍平の方を見たら、目をそらした。

「あのさ、もしかして知ってた?」

 龍平はおれが聞いてもうなずきもしない代わりに、黙って困った顔をした。知ってたんだ。最初から。かっぱ寿司の地下にカッパの子供なんていない。いるわけない、そんなの。当たり前じゃんか。おれだけ信じて。おれが馬鹿だからだ。

「なんで教えてくれなかったんだよ、なんで止めてくれなかったんだよ! こんなことする前に!」

「拓斗が言い出したんでしょ。相談されて、拓斗がマジだったから付き合ってあげたんじゃん」

 龍平に早口で吐き捨てるみたいに言われてはっとした。ああ、そうだ。おれが勝手に巻き込んだんだ。おれがめちゃくちゃ怒りながら龍平に言って、「本気?」って聞かれたから「本気だよ、許せない」って答えたら全部捨てて付き合ってくれたんだった。

「あーあ、人生もうめちゃくちゃじゃん」

と龍平が苛立ったみたいに言った。おれが龍平に怒る資格なんてないのに、龍平は被害者なのに、最悪だ。そう思ったら泣きそうになって、というか涙が勝手にもう出てきてどうしようもなかった。

「ごめん、マジでごめん」

 龍平も涙目になってた。

「でもよかったじゃん。誘拐されてタダ働きさせられてたカッパの子供はいなかったわけだし」

 たぶんおれのこと慰めてくれてるんだと思った。

「あと、人生めちゃくちゃでも、別に人生終わったわけじゃないから。『普通』にこだわらなきゃいいだけでしょ。どんなでも生きてけるし」

と龍平は言った。おれは包丁をテーブルの上に置いた。

「あの……すみませんでした……全部、おれが間違ってました……」

 しんどくてしかたなかった。とんでもないことをしてしまって、もうどうしたら取り返しがつくのかわからないし、もう取り返しはつかないのかもしれないけど、とにかく謝らないといけないと思った。しばらくみんな黙ってたけど、スマホ越しの警察官が命令口調になって言った。

「とにかく、まずは店員と客を解放しなさい」

 店の入口と、厨房の裏口が開けられて、少しずつお客さんと店員さんが帰っていった。警察官が素早く店の中に入ってきた。逮捕されるんだと思った。当たり前だけど。何のためにこんなことしたんだろうと思った。急に何もかも恥ずかしくなって死にたいと思った。でも逮捕される前にと思って慌てて

「本当にすいませんでした」

とおばあさんの店員に頭を下げた。同じタイミングで龍平も謝って頭を下げていた。罵られるかもと思ったけどしょうがない。

「ねえ……」

 でもおばあさんはうわごとみたいに呟いて、びっくりして顔を上げるとどこかを指さしていた。その先は、店内と厨房を隔てている壁の、下の隅、そこだけ継ぎ目があった。食器か何かを厨房との間で出し入れするための入り口みたいだと思った。

「あたし、知ってるんです。あそこ、あたしいつも朝一で出て店開けるから、一度だけ見たんです、そこ」

 店長が急に立上ってこっちに近付こうとした。龍平はまだ握りしめたままだったすし屋っぽい長い包丁をさっと店長の方に向けると店長は「んひっ」と叫んでぴたっと止まった。警察も龍平が突然また店長に包丁を向けているのを見て動きが止まった。拳銃を構えている警官が何人もいて怖かった。警察が何人か「やめろ!」「動くな!」と叫んでいた。

「気にしてなかったっていうか、忘れてたんだけど、そこから店長が出てきて鍵をしめるのを前に一度見て、さっき店長が『地下室はない』って言うのを聞いて、なんで嘘つくんだろうって思い出して、あたし……」

「鍵は?」

 龍平が店長に厳しく聞いた。

「私嘘なんかついてないんですよぉ、ただの地下設備の入口で、点検で業者が入る時以外は開けないんで忘れてたんですゥ……」

「いいから鍵ッ!」

 龍平が一気に踏み込んでサッと包丁で店長の太ももを切った。本物の刀みたいだった。店長は「うわっ」と言っておれも「うわっ」と言った。警察官に緊張が走って身構えるのを見た。撃たれると思った。

「大丈夫だから!! ちょっと待っててよ!!」

 龍平が苦しそうに叫んで、一瞬おれは意味がわからなかったけど、警察に言ってるんだとわかった。「あああ~」とわめきながら店長は鍵の束をガタガタ震えながら龍平に渡してた。店長の太ももはちょっと血がにじんでいただけで、ほとんどかすっただけみたいだった。店長はこれ、これ、というジェスチャーで束のうちの一本を指でさした。

「この際、地下室を見てから終わりにしよう」

と龍平は鍵をおれに渡した。客がみんないなくなって、警官が周りを囲んでて、ものすごく怖かったけど龍平の、言うとおりだと思っておれは地下設備の入口を開けた。大人が一人通れるくらいの四角い穴だった。奥に顔を突っ込んだけど真っ暗で何も見えない。生物がいるって感じもしない。静かに何かの機械の音がするだけだった。

「誰かいますか?」

 返事はもちろんない。なんとなく奥に手をのばして左右に振ったら、ひやっとしてすべすべした何かに指先が触れた。機械の金属の表面だと思った。でもその表面はこっちを押し返すみたいにちょっと動いた。驚いた次の瞬間、手を強く握られた。息が止まるかと思った。声も出なかった。反射的に振り返ると、スマホのカメラをこっちに向けていた龍平もびっくりしていた。ゆっくり体を起こしながら腕を入口から抜く途中で、向こうから握られていた手が離れた。奥に誰かがいた。ゆっくり入口から出てきた。カッパだと思った。カッパなんて生まれてから一度も見たことなかったけど、だって、それは、カッパの子供だった。龍平はスマホでライブ配信したまま唖然としてた。おばあさんも、周りの警官たちもみんな唖然としてた。おれはびっくりしてたけど何か急に頭の反対側で冷静になって、これを日本中の人が、もしかしたら世界の人も今、見てるんだなと思うと、可笑しかった。相手もびっくりして立ったままおれの顔をじっと不思議そうに見ていた。

「おれら、君たちを助けに来たんです」

 そう言うとカッパの子供はびっくりした顔をしたまま一つうなずいた。入口からおずおずともう一人カッパが出てきた。目の前の子よりも小さかった。目の前の子が小6くらいなら、出てきたのは幼稚園くらいの子だった。かっぱ寿司のキャラのカッパとそっくりだった。蝶ネクタイとボタンをつけて、左胸に名札が直に刺されていた。名札には「カーくん」と書かれていた。でも笑顔じゃなくて、不安で押し潰されそうな顔をしていた。それから続々とカッパの子たちが出てきた。小さな子もいれば大きな子もいた。手にごはんつぶを付けたままの子もいた。あーんあーんと泣きじゃくってる子もいた。男の子もいれば女の子もいた。「おかあさん」「おとうさん」と言いながらぞろぞろ店内を出て行った。警察官たちはどうしたらいいのかわからないみたいで、通路をあけてただ見送っていた。最後に残った最初のカッパの男の子がおれを見て、

「ありがとう」

と言った。今度はちょっと笑顔だった。その子も店を出て行った。

「いたね」

「いた」

「どこに行くんだろう」

「川、じゃないかな」

 いつのまにか龍平がすぐそばにいた。もう包丁もスマホもテーブルに置いていた。ちょっとだけ龍平の腕がおれの体につくくらいの距離にいて、そこから熱が伝わってきてなんかほっとした。

「意味なくなかったね」

「うん。意味なくなかった」

と二人で言い合ったら、思い出したみたいに警官がわっとなだれ込んできた。

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