第10話 アーシャは何処に

 サンジ—プはブーミンを膝に乗せていた。

チャイルドシートは蒼井サイクルに置いてきた。

 鈍子は助手席側のバックミラーがよく見えない状況と戦いながら

         早稲田通りを西にひた走っていた。


高円寺純情商店街を歩きながら、鈍子は恐る恐るサンジープに尋ねた。

 「高円寺にアーシャ居そう?」

悲しげに首を振るサンジープ。

ブーミンも首を傾げながら答える。

 「高円寺は『日本のインド』って言われるんだ。

  正確には日本人が作ったインドカレー屋が集まっているんだが、

                      目撃情報があってな」

 「アーシャのですか?」

サンジープは飛び上がってブーミンの肩を揺すった。

 「苦しい」

鈍子はブーミンを冷ややかに見る。

 「人相も聞いていないのに?」

 「そこなんだよ」

ブーミンは苦しそうに答えた。

 「西葛西にいないっていうから、駄目元で高円寺のカレー屋に

     電話したら、アーシャって美人がよく来るっていうからさ」

サンジープは小躍りして喜んだ。

 「美人!スンダラターです。アーシャは。きっとそうだ」

アジアンテイスト溢れる一件のカレー屋の前で立ち止まったブーミンは

         いきなりドアを開け、一人だけ中に入って行った。

 数分後、しかめっ面をして出てくると元来た道を歩き出すブーミン。

 鈍子とサンジープはブーミンを慌てて追いかけた。

  「無駄足だった。西葛西に行くぞ」

 訳も分からぬまま西葛西に向って青梅街道を走りながら、

              ブーミンが2人に事情を説明した。

  「高円寺のアーシャの正体は、アーシャと自称する、

                     コテコテの日本人だった」

 その女はインド人に憧れ、インドで人気の名前を愛称に採用していた。

  「濃い顔で、ご丁寧に額にビンディまでつけていた」


 鈍子がさっぱり分からず、二人を見た。

 サンジープが自分のおでこの赤い印を指差して言った。

 鈍子は爆笑してブーミンを見た。

  「ブーミンも完全な見込み違いするんだね」

 ブーミンはむっとして前を向く。

  「脇見運転はだめだぞ、鈍子」

 車は永代通りを抜け清砂大橋にかかる。

サンジープが身を乗り出して川を見た。

  「ヴァ!ガンジス川を思い出します」

  「それだよ」

  「なにが?」

  「西葛西にインド人が集まるのは、一節には荒川の河口近くで

       川幅が広いから故郷を思い出して安心するんだそうだ」

  「ふーん」

 ブーミンの説明に半信半疑な鈍子。

 話の先をサンジープが引き継ぐ。

  「インドはITが盛んなのでエンジニアとして日本に来る多いです。

         西葛西はオフィス街と電車で近い、しかも家賃低い」

  「ああ、東西線で大手町まですぐだもんね」

 鈍子は、ようやく納得した。

  「サンジープ、まず知り合いの所に行って荷物を回収しよう」

ブーミンの提案に現実を思い出し、シュンとなるサンジープ。

  「泊まる所ないです」

  「ちょうど蒼井サイクルは民泊を始める所だ、お客第一号にしてやる」

ブーミンは助ける替わりにサンジープを実績作りに活用しようと企んだようだ。


 インド雑貨店の前に車がさしかかった。

店には鳥の羽の中に男性が杖を持ったゾロアスター教のモニュメントが

                        大きく飾ってある。

店の男を見てサンジープが突然叫んだ。

 「ラジェッシュ」

ひげを蓄えた怪しい風貌のラジェッシュは一瞬目を泳がせた。

ブーミンの眼が光る。

 「サンジープ、荷物受け取ったら戻って来い」

ブーミンはこっそり囁いた。

 驚いてブーミンを見返したサンジープ。

真剣なブーミンの表情を見て黙って頷くと車を降りた。

 「君たち寄って行かないのか?」

ブーミンはすっかり子供のふりをしている。

 「ありがとうございます。用事があるので」

鈍子が大人な対応をした。

サンジープがスーツケースを軽トラックの荷台に固定した。

 「アーシャはみつかったか?」

ラジェッシュは馴れ馴れしく窓に手を掛ける。

口を開こうとするサンジープの太ももをブーミンはつねる。

 「高円寺にいくんだよね、お姉ちゃん」

急に姉の設定で振られて戸惑いながら鈍子も合わせる。

 「そっちに居るかもしれないって」

安心した顔で手を振るラジェッシュ。

車はゆっくり街を出る。

再び清砂大橋を渡るところで急にブーミンは脇道へそれる様、指示した。

 「船堀街道を北上してくれ」

またも振り回され、鈍子は口を尖らした。

 「あのゾロアスター教徒は嘘をついている」

サンジープも頷いた。

 「ブーミンさん詳しいです。日本に知り合いは彼しかいませんから

    頼りましたが、ラジェッシュはアーシャの家の財産が好きでした」

 「ならば分かるだろう、アーシャが隠れているのは」


サンジープが叫ぶ。

 「寺院ですか?」

 「そろそろ行き先を教えて」

自分だけ理解出来ず、鈍子はイライラした。

 「船堀のハレー・クリシュナ寺院だ。ヒンドゥー教の教会だ」

 「そこにアーシャが」

 サンジープが車からを乗り出して前を見る。

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