第9話 ブーミンはスマホを持っている。

 サンジープはおにぎりを食べ終え、人心地着いていた。


 サンジープも日本語が少しわかる様だ。

  「インドでかけ落ちは下手すると殺されるからな」

 ブーミンの言葉に大きく頷いた。

  「彼女の父はアーシャに僕を忘れる様に命令しました。

           引き離す為に日本に留学させました」

 天に両手を挙げ、大げさなくらいに嘆くサンジープ。

  「サンジープのおうちは大丈夫なの?」


 鈍子はさっきから思っていた疑問をぶつけた。

 腕組みをしたブーミンが代弁する。

  「シク教徒はカーストのことはあまり気にしないんだ」

  「じゃあ、彼女を捜しに来たの?もしかして」

 キラキラした目でサンジープに尋ねるアリャに向って

             ブーミンが冷たい言葉をかける。

  「どうでもいいから、その頭のくるくる、外しなよ」


 サンジープはゆっくり語りだした。

  「去年まではアーシャとスカイプで毎日、愛を語てました。

                    でも今年入るだめね」

 サンジープは涙を流しながら訴えた。

  「東京にいる分かる。でもアーシャ、連絡取れなくなった。

     これは事件巻き込まれた。サンジープ、アーシャ助けにきた」

 アリャが口を尖らせる。

  「連絡が取れないからって事件とは限らないですよ。

                    ここは日本。治安いいです」

  「アーシャに新しい彼氏が出来たのかもしれないし」

 呟く鈍子をアリャが掌で軽く叩く。

  「鈍子、とても無神経です」

  「んもう。ブーミンがきてから、自己中って言われたり

     無神経って言われたりひどい。私は温厚な下町の一小市民だよ」


  「ごちゃごちゃうるさい」

 2人はブーミンに一喝されて黙った。

  「サンジープ、お金は?」

  「西葛西の友人に荷物全部送た、ワタシ、チケットだけで成田に来ました。              上野で財布すられたから、なにも食べてないし、

                     どっちが西葛西か分からない」

  「歩く気?」

 鈍子が驚くとアリャが呆れて何か言いたげな表情をした。

  「10キロないんだぞ、歩いてもいける」

 代弁するようにブーミンが口を挟んだ。

  「なんだ、インド人街に知り合いがいるなら話は早いな」

 サンジープは白いターバンに手の跡がつくほどギュッと握りしめて首を振る。

  「それが西葛西からアーシャ居なくなたと聞きました。

    そこ以外、ワタシは何処を探せばいいか分からない。オゥ、アーシャ」

 また哀しみに暮れ、自分の世界に入っていくサンジープ。

 ブーミンが首を振って苦笑いする。

  「やれやれ、是だから」

 ブーミンは立ち上がると、また黒電話を取り、電話を始める。

  「ブーミンさんは若いのにスマホないデスか?」

 アリャが鈍子の脇腹を突つく。

  「でも電話帳代わりに持っているのは……」

 ブーミンは自分のスマホを電話帳代わりにしていた。

 アリャと鈍子はブーミンに飛びかかり、スマホを奪い取った。

  「わーっやめろ。野蛮な奴らだ」

  「スマホじゃんこれ、どーでもいいけど自分のスマホ使えばいいのに」

 鈍子から、葵の御紋の様にスマホを突きつけられたブーミンは

                     当然の様に言い放った。

  「ライン通話しかしない。常識だ」

  「じゃあお友達ともライン通話すれば?」

ブーミンは途端に小声になる。

  「同世代の友達にはな。今回の様な年配者はガラケーだから」

受話器の向こうから話し声が聞こえる。

  「ハロー、メーラー・ナーム・ブーミン・ハェ」

ブーミンは助かったとばかりに電話に出る。

  「ブーミン、同世代の友達いなそうだよね」

鈍子とアリャは笑をかみ殺す。

サンジープが電話の会話に耳を傾けて言った。

  「彼はブーミンさんというデスね」

鈍子とアリャはお互いの脇腹をつまんで笑をこらえすましている。

受話器を置いたブーミンが3人を振り返る。

  「サンジープ、今から高円寺に行くぞ」

  「こんな朝っぱらから?」

呆れた様に聞く鈍子にブーミンは呆れた様に答える。

  「何をのんきなことを言っているんだ、早く鈍子も支度しろ」

  「ワタシの荷物は?」

  「今日じゃなくてもいいだろ」

  「高円寺に何があるのデスか?」

  「まだ分からん。西葛西がだめなら高円寺しか手がかりはないだろ」

カーラーを外して準備をしようとするアリャを手で制しながら、

ブーミンが答えた。

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