第8話 駆け落ちは白いターバンで

 蒼井サイクルのドアが勢いよく開いた。

中から大きなスーツケースを持って、二人の中国人が出てきた。

 続いて、鈍子が出てきた。

  「馬さん、王さん、ザィチェン」

 2人はそれぞれに鈍子とハグをし、手を振って去って行った。

 晴れた空を見上げ大きく伸びをする鈍子。

  「さあ、今日は3人さまか、ホームステイって結構希望者いるんだなあ」

 一人の男がふらふらと歩いてきて鈍子の目の前で倒れた。

  「大丈夫ですか?」

 鈍子が男に駆け寄って助け起す。

ガリガリに痩せた男性は頭に白いターバンを巻いていた。

  「えーっ」

鈍子の叫び声を聞いて隣からアリャが出てきた。

  「朝からウルサいデスね、ドンコ」

 アリャは花柄のパジャマで頭にはカーラーを沢山つけている。

  「大変なの。この人倒れちゃった」

  「これは、インド人デスね。」

  「凄い、アリャ、詳しい。」

 感嘆の声を上げ、鈍子はアリャを尊敬のまなざしで見上げた。

 ハッと我に返ると狼狽える鈍子。

  「あっそうだ。救急車、救急車」

 その声につられてアリャも慌ててオロオロし、鈍子の周りを走り回る。

  「じたばたするな」

ブーミンの一喝で動きが止まる2人。

 振り返るとブーミンがサイクルウェアに味を包んだブーミンが

                   颯爽と自転車から降りた。

 「ブーミンさん、今日も早朝サイクリングですね」

アリャに答えずヘルメットを渡したブーミンは男の首に手を触れ、

                      おでこに手を当てる。

 「鈍子、こいつを中に運んで」

ブーミンは鈍子に言うと自分は自転車を奥へ運んで行く。

 「えー救急車じゃないの?」

文句を言いながらも、鈍子は男の背中に回り、後ろから両脇を持って引きずる。

 アリャが男の足を持とうとするが、非力なアリャは持ち上げられず、足を落としてしまう。

 男がうめき声を上げた。

 「よいしょ、よいしょ」

再び気を失った男をよそに、鈍子は汗だくになって男を家の中に運ぶと

                          布団に寝かせた。

ブーミンは土間で自転車を磨いていた。

 「ねえ、ブーミン。なんで救急車じゃないの?」

お握りをかじりながら、あがり框に腰を下ろす鈍子。

 ブーミンは作業を続けながら答えた。

 「あれはインドの中でも少数のシク教徒だ」

 「なんで宗教まで分かるのよ」

ブーミンは男のターバンを指差す。

 「インド人ってターバンじゃないの?」

呆れ顔でブーミンは鈍子を振り返る。

 「どんな昔の話だ」

シュンとなる鈍子。

 「今のインドではターバンを巻いているのは2%くらい

   しかいないシク教徒だけだ。イメージだけが一人歩きしている」

感心して男を眺めていた鈍子が我に返った。

 「シク教徒だから、なに?」

 「それだよ」

 ブーミンはしたり顔で腕組みをする。

探偵小説の主人公の真似をしている様だ。

 「富裕層で真面目なシク教徒が日本の鴬谷で行き倒れる、ただごとじゃない」

 「やっかいなら、うちに入れたらいけないじゃないの?」

 「保険証を持っていないだろう。それにあれはただの空腹だ。

               起きたら握り飯でも食べさせてあげろ」

 奥から物音がした。

 「起きたみたいだ」

ブーミンが奥にゆっくり移動して行った。

鈍子は自分の指に着いた米粒を食べ終わると、手を洗い新たなおにぎりを作る。


 鈍子がお握りを持って奥へ行くと男が起き上がっていた。

 「どもアリガトござます」

布団の上に起き上がっていた男が鈍子が差し出したお握りを頬ばり始めた。

 「サンジープだ。恋人を追ってきたらしい」

ブーミンが短い間で得た男の情報をかいつまんで鈍子に説明した。

インド人富裕層のサンジープはインドの大学で恋人のアーシャと知り合った。

インドでは最近は恋愛結婚もあるがまだ見合いが主流だ。

 サンジープはアーシャと結婚したかったがヒンズー教のアーシャの父は同じカーストの男性とアーシャの結婚を決めてしまった。

 「駆け落ちしちゃえばいいデスのに」

アリャがうっとりと呟く。

 「インドでかけ落ちは下手すると殺されるからな」

 ブーミンの言葉にアリャと鈍子はギョッとして顔を見合わせた。

 

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