第7話 下町のヴィトー

 ブーミンは唐突に本題を切り出した。

   「おじいの店のことなんだが」

 雪梅が意外そうな顔でキセルを置くとブーミンに詰め寄った。

   「蒼井サイクルをまさか潰すわけではないあるね、ヴィトーの魂ね」

 ブーミンは手で雪梅の勢いを制する。

   「続けるよ、それだけじゃこのご時世やって行けないだろ。

                    民泊始めようと思ってさ」

 ブーミンは続けざまに要件を話した。

   「ヴィトーの愛したあの店がいよいよ代替わりか、

                   気軽に死ぬもんじゃないね」


 鈍子はブーミンと雪梅を交互に見て目を白黒させる。

   「もっとシャンとするね!鈍子」

 雪梅はさっそくイラッとしたようだ。

   「それは中国と韓国からが多いあるね」

 雪梅が大きく頷く。

   「厄介ごとが起こらない様に見張っていて欲しいんだ」

   「嫌あるよ」

   「何か起こったら仲裁も頼むわ」

 ブーミンはこともなげに雪梅に面倒を丸投げする気だ。

   「なに、ラミが絡むなら、もっと厄介ごとかと思たよ」

 雪梅は椅子にもたれるとキセルで煙草を深々と吸って長い煙を吐き出した。

   「イルファのやつ。あの婆こそ、いつまで生きるあるか」

 雪梅にゆっくりと鈍子に手招きをした。

 それに導かれる様に鈍子がふらふらと部屋の中央へ入ってきた。

   「鈍子」

 ブーミンが驚いて鈍子を止める。

   「取って食べる、おいしくないからしない。

                    この娘は害がないある」

 雪梅は鈍子の顎に自分の拳を縦に当て、値踏みする様な仕草をする。

   「見返りは……」

 鈍子は緊張のあまり息を止めている。

   「おじいの恩を忘れてないよな、シュエメイ」

 ブーミンが十歳とは思えない凄みの聞いた声を出して雪梅を鋭い目線で射た。

 鈍子はもう失神しそうに緊張していた。


   永遠の様な数秒の沈黙。


 雪梅は叱られた子供の様に舌を出した。

  「アイヤー、分かたよ。恩に報いてただ働きするね」

 雪梅の傍らに気配を消して立っていた暘谷が懐に手を入れる。

  「暘谷!ヴィトーのファミリーに手を出すの駄目ね」

 雪梅の鋭い声が飛び、暘谷が懐から手を出すと、直立不動に戻った。


 ブーミンは雪梅と握手をして、セブンスターを1カートン渡した。

  「それから、子供の前で煙草は吸うなよ」

 セブンスターを高く掲げて上機嫌な笑顔になった雪梅。

  「日本で煙草買てくる子供は子供じゃないことね」

 雪梅の事務所を出ると、壁に耳を当て、盗み聞きをしていたアリャがいた。

 アリャは慌てて口笛を吹いてごまかした。

 ブーミンは階段の方を顎でしゃくった。

   「アリャも帰るぞ」

 荷物で塞がれた古びた階段を降り、3人はビルの外に出た。

   「本当に中国みたいデスね、池袋」

 アリャが物珍しげに見回す。

   「東京にもチャイナタウンは増えてきているが、

                ここがわりと集中しているかな」

 ポッケに手を入れて堂々と風を切って歩くブーミン。

   「ブーミンは東京に詳しいデスか。鴬谷に来る前はどこにいましたか」

 鈍子も知りたかったアリャの問いをブーミンはいとも簡単にスルーする。


 陽光城までくれば池袋駅の北口はもうすぐそこだ。

   「もう少し近い所に路駐できなかったのかよ。

           これじゃ電車で来るのと変わらないよ」

 コインパーキングに止めた軽トラックに乗り込みながら、

                 ブーミンは文句を言った。

   「しかたないでしょ。鈍子、縦列駐車できないんだから」

   「なんでアリャが弁解するんだ」

   「だって、鈍子がさっきから上の空で全然口を聞かないですから」

 鈍子が大きく深呼吸をして、車を発進させた。

  軽トラックは春日通りに入った。

 鈍子はようやく緊張がほぐれて、辺りを見回す余裕がでてきた鈍子。

   「ヴィトーっておじいのことだよね」

 ずっと気後れして口を開かなかった鈍子がようやくブーミンに尋ねた。

   「ドン・ヴィトー・コルレオーネ。知らないのか?」

 呆れ顔のブーミンに首を傾げてみせる鈍子。

 アリャも恐ろしそうに首を左右に振る。

  「ゴッド・ファザーだよ。

      おじいはこの辺り一帯に影響力があったからな。

             誰が呼んだか、ヴィトーの愛称で通じる」


 ゴッド・ファザー……

   

     鈍子のおじいには孫の知らない裏の顔があったらしい。


 


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