第6話 池袋の雪梅は機嫌が悪い

 王雪梅(オウ・シュエメイ)はその日の朝、機嫌が悪かった。


全く馬鹿な部下を持つと骨が折れる。

  「あれほど電話の相手の名前と連絡先を復唱しろと

                  言ったあることね」

 ゴミ箱を蹴飛ばして当たる雪梅。

  李暘谷(ヨウコク)は直立不動で冷や汗を流している。

 様々な雑貨でごった返す雪梅の事務所が、いやにヒンヤリしている。

  「夜に来る言ったがブジンかブミンかでは大きな違いね。どち?」

  「電話、男の声だった」 

 暘谷は雪梅から目をそらして、恐る恐る答えた。

    ガン!

 雪梅が机を拳で叩く。

  「私知てるブジンもブミンも女ね。暘谷、

      お腹痛いか。やる気あるか?今日は帰るある

                  超先生に診てもらうあるね」

 暘谷はますます直立不動になる。

 電話が鳴った。

  「ウェイ」

 せかせかと電話に出る雪梅。

  「あいやー、その乾鮑は南洋食品公司のなら仕入れは危険ある。

          だめだめ。あそこの会社は混ぜ物多いのことよ」

 大声で電話を続ける雪梅。

ノックの音も雪梅の大声でかき消される。

  「入るぞー雪梅」

ブーミンが大声を出すがそれをもかき消すほどの雪梅の大声が部屋中に響く。

 ブーミンはドアを開け内側からノックする。

  「メイウェンティ、メイウェンティ。問題ないのことよ。」

 更に大声で雪梅が叫んでいる。

   ドンドン

 ノック音が響く。

雪梅はドアの方に眼を向けて大声で叫ぶ。

 「入てよー!待つある!」

雪梅はまた受話器に向って叫ぶ。

 「それはキャンセルね。分かたか?また掛ける。切るよ」

雪梅は、老眼鏡を外して、眼を細めると事務所に入ってきた3人を見た。


 「オー。ブーミン。ニーハイハオマ?」

雪梅はブーミンの姿を見認めたか、どすどす近寄ってきて力強くはハグした。

 苦しそうに、されるがままのブーミン。

アリャが鈍子に囁く。

 「あのブーミンもたじたじですね」

 「あなた達誰?何処から入ったか?」

雪梅が鈍子とアリャに気付き鋭い声を投げる。

 ブーミンが雪梅の熱い抱擁をやっとの思いでほどいて、説明する。

 「雪梅、ドンコとアリャ。今日は雪梅に紹介しようと思って連れてきたんだ」

 「友達?ブーミンの頼みなら聞くあるよ。

              その前に、その男は外に出るある」

雪梅が指差す先にはアリャ。

 「さすが雪梅だな。この外見でこいつが男だと気付くとは」

 「あなた達わりと失礼ですね」

鼻先に指先を突きつけられたアリャはブツブツ文句をいった。

 ブーミンはアリャに顎を向け、外に出て行く様に促した。

アリャは首をすくめると、

  鈍子の両手を握って励ますように揺らし、ドアを出て行った。


  「で。」

雪梅は扉の脇に出来るだけ身を縮める鈍子に無遠慮に視線をむける。

 「こに時期にラミが連れてきたこのお嬢ちゃんはヴィトーの孫ね、大概。」

雪梅に顎をしゃくられ、怯える鈍子。

 「鈍子だ。蒼井鈍子」

  「厄介ごとはごめんだあるね」

 首をプイっとそっぽに向け興味がなさそうな態度を取る雪梅を、

               ブーミンが大人びた表情でなだめ始める。

 「厄介ごとがシュエメイの仕事だろ」

 「やぱり、厄介ごとあるか」

雪梅は考え込むとせかせかと煙草を吸った。

2本立て続けに吸った所で、次の煙草を取り出そうとした時、箱は空だった。

 それに腹をたてイライラした様子を隠さない雪梅。

  雪梅は引き出しを開け、煙草を探し、空の箱を暘谷に投げつけた。


 「暘谷!キセル!用意するあるよ」

ずっとにやにやして雪梅を眺めていたブーミンが

             不気味な程優しい声音で話しかけた。

 「なあ、雪梅にしか頼めないから、こうして来てるんだよ」

雪梅がようやく鈍子を見やるとブーミンの顔を見た。

 「鈍臭いけど、悪い奴じゃないから。なんかあったら助けてやってくれよな、                             シュエメイ」

50歳近く年上の雪梅の肩をポンポンと叩くブーミン。

鈍子も軽く会釈してみせる。


 「おじいの店のことなんだが」


ブーミンは唐突に本題を切り出した。

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