Chapter:037

「いやあごめんねえ。ドタバタしてちゃんとした紹介もしないまま仕事させて」

 町外れに存在するギルドの事務所兼宿舎で、飛びぬけて明るい橙と緑を湛えた隊長がゼークトに頭を下げた。当の本人は別に気にしている訳でもなく、むしろそのように謝罪されることの方に戸惑っている様子だった。そりゃそうかとイージオは思う。考えてみれば、ゼークトは今まで裏稼業をやっていたわけで、しかもずっと独りだった。それが急に集団生活を始めることになり、しかも早々に集団の長から詫びを入れられたのだから。

 辛うじてゼークトは「いえ……」とだけ返すと、それ以上は何も言わなかった。というのも隊長が満足したらしく、大きく頷くとその様子をソファーに座って見守っていた他のギルドメンバーの方に向き直ったからだ。

「という訳でイージオも帰ってきたし、新しい子も入ったし、また賑やかになるね。みんなまだ自己紹介はしてないんでしょ?」

「してない。ミルトさんとサーヴァルさんは名乗ったけど、それだけ」

 イージオがそう言うと、二人も同意を込めて頷く。それを見て、隊長はひとつ頷き手を打ち鳴らした。

「じゃあもう全員自己紹介してもらった方が早いね」

 今度は全員が頷く。すると隊長は再びゼークトに身体を向けにこりと微笑んだ。やけに明るい橙色の髪が、動きに合わせてふわふわ揺れる。

「じゃあ改めて。うちはこのギルド、ブレイヴハウンズのリーダーのカニス。でもみんな隊長って呼んでるから、好きに呼んでいいよ」

「隊長? リーダーじゃなくて?」

「うん、隊長。まあでも意味合いはリーダーも変わらないけどね」

 怪訝な顔で訊くゼークトに隊長もといカニスは朗らかに頷く。しかしその後、ふと首を傾げた。

「そういえば誰が言い出したんだっけ。リーダーとは誰も呼ばないんだよね」

 確かに、とゼークト以外の全員が考え込むが、沈黙の時間はそう長くなかった。

「オレらが入った時にはもうたいちょーって呼んでたけどな」

 双子が手を振りながらそう言い、次いでシックが顔を上げる。

「わたしが入った時も既に呼んでいたと思いますよ」

「となると……」

 カニスの視線が、顔を上げたイージオとぶつかる。それを見て、他の面々もイージオへと顔を向けた。

「……あれ、オレだっけ?」

「他にいないでしょ。だってハウンズ創設時は呼んでなかったんだから」

 サーヴァルが笑いながら言うと、イージオは口を尖らせた。

「だってギルドの一番上じゃん? ……あれだよ、当時なんかで流行ってたんだよ、そういう人のこと【隊長】って呼ぶの」

 そうだっけと首を傾げるサーヴァルの横で、ミルトが小さく笑う。

「そういえば……ふふ、懐かしいなあ。イージオが入って来た時、カニスのこと紹介したら目をキラキラさせて、じゃあたいちょーさんだー! って言ったんだよね」

「ああ言ってた言ってた、それでうちも、じゃあ隊長でいいよーえっへん! って言ったらそのあと入ってきたみんなもそのまま呼んだんだ」

「で、俺らがそれに便乗したと」

「そうそう」

 カニスとサーヴァルが「懐かしいなあ」と言いながら頷く中、イージオは腕を組みながら座るデュールへと顔を向ける。

「デュールさんさえ呼んでるもんねえ、なんかそこは珍しい感じしたけど」

 途端、そういえば……という雰囲気が部屋全体に流れ、デュールは全員の注目を集める形になった。当の本人はわずかに目を瞬かせたが、やがてしずしずと声を絞り出して答えた。

「……昔の話だ」

 誰もいない方向に顔を背けるデュールだったが、しかしそれで話は終わらせない。イージオと双子はにやりと笑い、デュールに追撃を試みるために口を開いた。しかしそれは音にならず、三人は口を開いたまま固まる羽目になった。

 まさに言葉を、という絶妙なタイミングで、呼び出しのベルが鳴り響いたのだ。部屋には沈黙が降るが、すぐにカニスが出入口へと消えていった。ここは事務所兼宿舎であるため、日中なら時間を問わず来客が訪れる可能性がある。今更動じることもない。

 だが、ゼークトはやはりまだ色々と慣れていない様子らしく、文字通り肩身が狭いと言いたげな表情と態度で佇んでいた。そんなゼークトが、意を決したように「あの」と声を上げた。

「創設時は呼んでなかったとか、入った時にはとか言ってたっすけど、元々全員揃ってたわけじゃないんすか」

 頷いて答えたのはミルトだった。

「そうだよ。創設時は全部で四人だったんだ」

 すると、ミルトは手を叩いてもう一度頷いた。

「ちょうどいいや、そこから紹介していこう」

 それを聞いて、イージオは思い出した。そうだった、今はギルドメンバーの紹介していたんだ。ミルトから視線を外しゼークトを見れば、安心したように息を吐いていた。ああ、ごめん、話進まなくて。

「まずは、さっき名前言ったけど改めて。俺はミルト、よろしくね。基本的に炊事を任されてるから、食べたいものや食べられないものがあったら教えてね。で、こっちがサーヴァル」

「よろしくねー。ミルトほど頼りがいはないけど、聖星術とかならちょっとはレクチャーできるかもしれない」

 穏やかな微笑みを絶やさなミルトの横で、話を振られたサーヴァルはひらひらと手を振って答える。やっぱり目は見せてくれないんだよなあ、なんてイージオは思うが、当然そんなことなど知りもしないサーヴァルは、振っていた手を使ってデュールを指し示した。

「で、創設時の四人目がデュールだよ」

「よろしく頼む。会計として金銭面は俺が管理してる。あと、大して効力はないが一応副官だ。隊長が頼りなかったら遠慮なく言って来い」

 ずいぶんと腹に響く声で、相変わらず腕を組んだままのデュールに、ゼークトは威圧感を感じたのだろう。小さく頷くことしかできない姿を見て、イージオはどうにもくすぐったかった。

「だいじょーぶだってゼークト。デュールさん歓迎してくれてるから」

「え」

「だいじょーぶだから」

 ね、とイージオがウインクすると、デュールは何も言わず「ふん」と鼻を鳴らして目だけイージオから背けた。その様子でイージオは察した。不器用だなあ。

「ほんとデュールさん不器用なんだからー」

 本人には言わないつもりで小さく笑っていると、全く違う方向から全く同じ感想が声となって飛んで来た。双子だ。

「うるせえ」

「またまたあ、ほんとはメンバー増えて嬉しいんじゃないのー?」

「いいからさっさとお前らも自己紹介しろ」

「あれ、嬉しいことは否定しないんだ」

「ぶん殴られたいか」

「それは嫌だ!」

 抱き合うようにして身を寄せ合った双子は、デュールへの茶化しも程々にし、改めてゼークトへと向き直る。

「よろしく頼むぜ、新入り君! オレはウンシュ。一応双子の兄貴。そんでこっちが」

「弟のルディヒね、よろしく!」

「は、はあ」

 にこやかに双子は言ったものの、紹介されたゼークトは睨むようにして二人をまじまじと見つめた後、ゆっくりと首を傾げた。ああ、これは、あれだな。

「ねえ、二人ともそろそろ揃いも揃ってややこしい格好なのやめない? 見分けつかねーよ」

 この二人、本当に何もかもが同じなのだ。着ている服、髪型、おまけに声まで似てるときてる。一卵性双生児だというし仕方のないことなのだろうけども、もう少し何とかならないのか。イージオがそう言うと、ゼークトがその通りと言わんばかりの勢いで大きく頷いた。しかし双子はふんぞり返る。

「いーや、これがオレたちだから諦めろ」

「そーそーオレたちはふたりでひとつってな! 双子としてのアイデンティティーって奴なんだ。諦めろ」

 一歩も譲る気のない双子に、イージオはやれやれとため息を吐く。

「じゃあせめて今の状態でも少しは違いがわかるようにゼークトに教えてやってよ」

「んなの簡単だぜ。前髪を見りゃあいい」

 自身の親指でびしっと明るい緑の前髪を指すのは、兄のウンシュ。イージオはもう見分けがついているからいいものの、それだけではまだよくわかっていないのだろう。ゼークトはなおも眉間にしわを寄せて双子を凝視していた。

「前髪を左にまとめてんのが、ウンシュ」

 そして、隣に座るルディヒが左右対称でウンシュと同じポーズをとって言葉を継ぐ。

「そして前髪を右にまとめてるのが、ルディヒ」

 双子は得意げな顔でそう言い切り、最後は「よろしく!」と再び声を合わせた。これで双子たちの紹介は終わったのだが、イージオはもう一度ゼークトに目を向ける。

「わかった?」

「わかんねえ」

「まあ、そのうち嫌でもわかるようになると思うぜ」

「そうか?」

「そうそう」

 諦めたように首を振るゼークト。まあ、これに関しては諦めて慣れていくしかない。イージオは苦笑を返した。そして、まだ紹介していない面々に目を向ける。

「じゃあ次は……シックさんかな?」

 ばっちり目が合ったシックを指名すると、彼女はひとつ頷いて微笑んだ。高い位置で結われた薄紫の髪が揺れる。

「わたしはシック。走ることしかできないけれど、それは誰にも負けないよ。戦いは後方支援として走り回ってサポートするから、よろしくね」

 ゼークトは小さく頷くだけだった。しかし特に何かがある様子でもない。そういえば、ベルナと初めてちゃんと話した時もこんな感じだったなとイージオは思い出す。女の子が特別苦手ということではなさそうだ。まあこいつエリーにゾッコンだもんな。

「じゃあ最後はソンブルか」

 イージオはソファーの端に小さくなって座る少年を見た。呼ばれてもなお縮こまったままだったが、やがておずおずとしながらも口を開く。

「そ、ソンブルと言います。その……あまり強くないんですが、足だけは引っ張らないように、頑張ります」

「え、敬語? ……すか」

「え?」

「じゃあ俺もさん付けとか敬語とか……」

「えっ?」

 驚いたまま口を挟むゼークトに、ソンブルも同じように驚いて固まる。しかしすぐに慌てて続ける。

「ぜ、ゼークトさんはイージオさんと同じ歳なんですよね。なら、年齢はゼークトさんの方が上なんですから、敬語も敬称も要らないですよ。僕はその、敬称付きや敬語に慣れているので……」

 捲し立てたソンブルにゼークトはしばらく固まっていたが、やがて頷き「そう、か」と適応した様子を見せた。ほう、とイージオは思う。呼び方とか気にする奴なんだなあ。でも適応力もちゃんとあるんだな。夏の一件では頑固者なイメージがあったけど、そういえばその後はそんなに頑固って感じもなかったか。

 ソンブルが「よろしくお願いします」と言うと、ゼークトはもう迷うことなく頷いた。そうして、改めてソファに座る全員を一瞥した後、口を開いた。

「ゼークトっす。大体の話はイージオから聞いてると思うんすけど、戦闘に関しては多少経験はあるつもりです。よ……よろしくお願いします」

 深々と頭を下げるゼークトに、あたたかい拍手が送られる。これでやるべきことは大体済んだ。

「それじゃあ……」

 イージオがそう切り出してメンバーを見ると、全員が大きく頷いた。よくわかっていないのはゼークトだけで、しかし、だからこそいいのだとイージオも頷いた。そうしてみんなが呼吸を合わせて一言。

「ようこそ! ブレイヴハウンズへ!」

 賑やかな歓迎に、ゼークトは再び驚いて固まるも、すぐに応えるように頷いた。

「たいちょーがいないのがちょっとあれだけどな」

 イージオが苦笑いしながら言うと、サーヴァルが入り口に目を向ける。

「そういえば戻って来ないね? 依頼とかならひとりじゃあ詳細までは聞かないだろうに」

「配達物とかの受け取りにしちゃあ長いよな」

 イージオも首を傾げていると、デュールが立ち上がった。

「様子見てくる」

「うん、よろしく」

 と、その直後、一切の前触れもなく勢いよくドアが開いた。現れたのは当然カニスだが、もう少しで入口にというところだったデュールは、扉のすぐ側で仰け反るように硬直していた。

「てめ……あぶねえだろが!」

 ギリギリ開いた扉が当たらない所で吼えるデュールだが、当のカニスはそれどころではない様子で俯いていた。

「やばい……」

「は?」

「リットさんからとんでもない依頼が送られてきた……」

「はあ?」

 普段から深い眉間のしわをより一層深くしたデュールが、俯いたまま差し出された紙を受け取る。小さく「最後」と聞こえたため、依頼というのはその紙の最後に記されているのだろう。

「……以上により、貴団【ブレイヴハウンズ】に特命を言い渡す。皇女カルモ・アザレアをヴェルメトロポルまで護衛することを任務とする」

 この場にいる全員が、その言葉の意味するところを即座にはわからなかった。たっぷり数十秒間の沈黙を経て、全員から揃って出てきた言葉はたった一言だけだった。

「え?」

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