第07章 刃を交える

Chapter:031

 クレンペールと名が付いたこの町に来て数か月。

 季節は変わり、夏になった。

「面倒臭ェ……」

 とある日の朝、その日の仕事内容をや連絡事項を確認しに行くため執務室に赴くと、開口一番クレアさんが盛大な溜息と共にそう呟いた。

「……何かありましたか?」

 ピュールさんが心底不思議そうに言う。俺含め、集まっている全員──リュゼさん、オネスト、ベルナも居る──が揃って同じように不思議そうな顔でクレアさんを見ていた。

 というのも、クレアさんは滅多に、というより、今までそんな発言をしたことがないのだ。与えられた仕事はきちんとこなすし、やらなければならないことがあるならきちんと計画立てて執り行う。もしかしたら俺達の知らないところで悪態をついているのかもしれないが、少なくとも人の目があるところでは何も言わない人だ。それが今回、それを隠そうともせず言ったのだ。

「あー……いや、本部への一時的な帰還命令が来てな」

「それ、そんなに面倒なことなんです?」

 あまりの乗り気のなさに、リュゼさんが口を開く。クレアさんは目を伏せて大きく頷いた。

「ただ帰れってんなら別にいいんだ。が、今回の帰還理由は、オルドミニスター総集合のうえでの会議なんだとよ。俺あの面子あんま好きじゃないだよ」

「オルドミニスターの方が、ですか?」

「そう」

 ベルナの問いかけに、頷いて執務椅子にもたれかかる。そこで黙るのかと思えば、彼は続けた。

「そういえば、君もアルもオルドミニスターの連中の名前とか特徴とかは知らないんだっけか?」

 俺達は一瞬固まる。しかし訊かれたことの意味は理解できたので、頷きながら答える。

「俺は、あなたのことくらいしか知らないです」

「あたしは、クルーンという人しか……」

 ベルナが言った人物の名前すら俺は知らなかったため、思わず彼女を見るが、彼女は彼女で申し訳なさそうな表情で、あらぬ方向を向いていた。しかしそんなことなど気にもしない様子で、クレアさんは「よし」と手を打った。

「じゃあ、この前は必要なさそうだと思って割愛したが、オルドミニスターの面々について少し話すか」

 そう言って座ったまま背伸びをし、俺達以外に目をやり、言う。

「ピュールは本部から書類どっさり届いてるからチェックよろしく。リュゼとオネストは町を見回った後郊外の警邏だ。後で二人も合流させる」

 閑話休題、俺達がこの場に集まった一番の目的を伝え、以上だ。と言い切り、連絡は終了。俺達以外の三人は神妙な顔で頷くと、それぞれのやるべきことをするために飛び出していった。

 そんな彼らを呆然としつつも見送る。やがて扉が閉まり、音のない時間が少しだけ流れたあと、改めてクレアさんが「さて」と口火を切った。

「まずはおさらいってことで、国家キヴィタスには大きく分けて四つの管轄、部署があるって言ったな」

 この間彼が教えてくれたのは行政、治安、防衛、聖星術の四つ。そのうち防衛部の責任者が、目の前で俺達に説明してくれているクレアさんその人だ。

「じゃあ……行政部からいくか。ピュールが所属してるところだな。地域の統治を主としていて、基本的には戦う力を持たない。彼らはとにかく頭がいい。情報と言葉を駆使して人を統べる」

 行政部からやってきたピュールさんを見れば、まさにその通りだと思う。本人も言っていたが物理的な強さは持っていない。だが、それを補って余るほどの聡明さがあることをこの数ヶ月で知った。こういう人が、人を統べるのだと。

「行政部の統括はバッカスだ。まあ、バッカスは大統領だから国家キヴィタスの最高位でもあるがな。ガイエスト・バッカス──この名前くらいは聞いたことあるだろ?」

 俺もベルナも揃って頷く。バッカスという名は知っている。何なら顔も知っている。かのバッカス大統領は、国家キヴィタスのトップというだけあってメディアにもよく出てくるのだ。

「あれは頭のキレもすごいが、人の使い方を心得てる奴だ」

「人の、使い方?」

 復唱し、ベルナが問い掛ける。

「そう。誰をどの役割に当て嵌めれば効率がいいかってのを知ってるんだ。俺もそれにやられた口でな。今こうして俺が、防衛部の責任者やってんのはバッカスの采配だ。おかげでこの仕事が楽しくて仕方ない」

 そう言って笑うクレアさんは、本当に楽しそうだった。

 彼は続ける。

「人を統べるのが行政なら、人を治めるのが治安部だ。世間的にはよく混同されやすいが、防衛部とは似てる非なるものだ。悪人を懲らしめたり、いざこざの仲介に入ったり、とにかく人と強く関わるのか最たる違いだ」

 確かに初日の襲撃といい、この数ヶ月といい、防衛部として仕事をこなす俺達は、クレンペールに来て以降、アンデッドや魔物といった類のものとしか戦っていない。どうやらそれが本当に基本らしく、リュゼさんもオネストも、終始当たり前という様子だ。

「更に言えば、治安部は基本的に都市にしか派遣されない」

 続いた言葉にベルナが「え?」と声を上げる。

「どうしてですか?」

「田舎……ひいては辺境の地になると、アンデッドや魔物の方が出現率が上がるだろう。そういう脅威と隣り合わせになるような小さな町は、人間同士で争ってる暇がない。そうなれば治安部が何もせずとも治安は勝手に保たれる」

 ベルナはあまりよくわかってないらしく首を傾げるが、元々辺境にいた者としてはとても頷ける。実際、故郷では人同士の争いはほとんどなかった。あの場所で生きる人達は、文字通り皆で支え合っていたからだ。

「で、そんな治安部の責任者であるオルドミニスターは、リッターという。治安統括やってるだけあって、戦闘、特に対人戦の技術は群を抜いていてな。剣技に関しては、多分世界中探しても彼に勝る輩はいないんじゃないか」

 その言葉に驚いたのは、俺以上にベルナだった。

「クレアさんでも勝てないんですか? あの剣技でも?」

 あの、とはどれのことなのだろう、と一瞬考え、思い出す。そうだ。ここに来た初日、俺達より先に戦場に向かっていったのだった。その際、クレアさんの援護という名目で、クレアさんに抱えられて連れ去られていった。その時に見たのだろう。クレアさんの戦い方を。

 それ以後については、特筆すべきほど厄介な相手とは戦っていない。リュゼさんやオネスト、後は俺が少し手を貸せばそれでどうにかなるようなものとしか遭遇しなかった。だから俺はクレアさんの実力を知らない。が、強いひとなのだろうなというのは、雰囲気でわかる。

 故に俺も多少は驚いたが、彼を知っているという点ではベルナにとっては衝撃だったのだろう。

 しかしクレアさんはあっさりと頷く。

「ちゃんと勝った記憶はないなあ」

 ベルナは絶句していた。

「まあ、技術もそうなんだが、一応リッターは俺の師匠でもあるんだ。まだまだ現役はってるお師匠様には敵わないんだろうなぁ」

「え、師弟関係なんですか?」

 はっはと朗らかに笑い、話が終わりそうな雰囲気の中、俺は思わず気になったことを口にする。クレアさんは嫌な顔ひとつせず頷いた。

「そうそう。リッターは、俺に剣を教えてくれた人だ」

 へえ、とベルナが感嘆の声を零す。まさかの関係性に、俺は目を瞬かせることしかできなかった。師弟揃って国家幹部オルドミニスターとは、随分なことだ。

「そして、防衛部についてはもう既に大体話してるからいいとして、最後は聖星術部か」

「ベルナは最高責任者の名前、知ってるんだったな」

「確か……クルーン、という人ですよね」

 記憶をたどりながらベルナがうと、クレアさんは意を得たりと頷く。

「主には生活水準を上げるために聖星術を使えないかと色々研究してるんだが、その過程として医療や戦闘への転用も研究してる部署だ。新たな聖星陣や詠唱句の考案をしたり、発動時のタイムロスを減らすための略式術を開発したりと、とにかく聖星術全般のことを調べてるのがここだ」

 なるほど、ベルナが知っているのも頷ける。そしてエリーも恐らく知っているだろう。知らないわけがない。

「クルーンについての特筆事項は、その部署ならではのものだろう。とにかく聖星力が高い。ずば抜けて高い。研究するにはもってこいだろうな」

 そこで言葉を切るクレアさん。しかしいつまで待てどもその続きはない。

「……それだけ、ですか?」

「ああ」

「え……」

「クルーンはオルドミニスターの中で一番苦手だからな、関わりがない。故に知ってることも少ない」

「い、いいんですかそれで……」

 困惑したまま俺が言うと、クレアさんは面倒くさそうに言う。

「いいんだよそれで。そもそも俺は聖星術関係には詳しくないし、詳しくなる必要もない。聖星術部から新たに支給品が届いたとしても、扱い方さえわかればそれで良し」

 目を伏せて言うと、彼は手を叩く。

「ま、そういうことをやってる連中と会議をするために俺は本部に戻るってことだ。行ったら数日戻らないが、まあ、まだこの町は職人しかいないからな。そうそう問題なんて起きやしないだろう」

 そう言って、クレアさんは立ち上がった。

「さあ、話すことは終わったし、君らもリュゼとオネストと合流して町の警邏よろしく」

 文字通り話が終わったため、俺達は追い出されるかのように執務室の出口を向かう。扉を開けて部屋から出る際、クレアさんの「行ってらっしゃい」という声が聞こえた。

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