第06章 新しい仲間

Chapter:027

 世界の中心たるレリクイアカプトは、居住区と商業区、行政区、そして世界の皇女がおわす城がある天皇区で成り立っている。プリモタウンへ向かう汽車は、その中でも居住区と商業区が並ぶ場所に停まり、そこから各地方に分岐して走り出すのだ。

 俺が向かうのは行政区。地名としてはシュタットオーダー。レリクイアカプトのなかで北東に位置する。

 エリーと別れてから、俺はシュタットオーダーに向かうため歩き続けていた。しかしさすがは世界の中心地。見渡す限り人、人、人。みんなと居る時はさして気にしていなかったが、人の多さに圧倒される。

 思えばレリクイアに来たのだって去年プリモタウンでの討伐依頼を引き受けに、シュタットオーダーに向かう際通ったのが初めてだった。二度目の来訪が一年越しでは、例え知っている場所であっても知らないに等しい。去年同様に世界一の大都会に圧巻されつつ、北東を目指した。

 石畳が続く道を歩き続けていると、いつの間にか人々の賑わいは鳴りを潜めていた。少しずつ空気が張り詰めていく感覚に、ふと去年を思い出す。あの時はよくわからなかったが、それでも向かう先が厳かな場所なのだと、嫌が応でも思い知らされていたのだな、と。

 気が付けば道には人っ子一人いない。閑散とした町で、何よりも目を引くそれを目の前にして俺は立ち止まった。

 秩序の塔トーレコンシリア──別名、鉄の塔。

 石畳の町並みが続いてきた中、そびえ立つのは別名そのままに天高く伸びる鋼鉄の塔。文字通り異質な建造物は、空気も相まってより一層荘厳さを感じる。しかし目的地を目の前にしていつまでも立ち止まっている訳にもいかない。俺は意を決して塔の中へ入った。

 扉を潜り抜けた瞬間、表で感じていた厳つい空気は消えた。何でもない、普通の人が普通に行き来しており、先程まで忘れかけていた、一般的な日常が塔の中にも存在するのだと実感したからだ。とはいえ、ここに居る人達は、ほぼ確実に国家キヴィタスの人間。ただ、俺のようなここに来たことのない人間が入って来ても何も変化がないということは、ここには国家キヴィタスの人以外も頻繁に立ち入るのだろう。何せこういうところに来たことがほとんどない俺からしてみれば、そもそも塔に入ってもいいのかと戸惑う程だった。

 入ったはいいものの、さてどこからどう行けばいいものか。去年はどうやってこの先に行ったんだったかと、ほとんど残っていない記憶を漁る。が、ないものをいくら探しても思い出すには程遠い。どうしたものかと思案に余っていると、ふとどこからか声がした。

「おう、お帰りアル。長旅ご苦労さん」

 呼ばれた声を頼りに、辺りを見渡すが、声の主は見つからない。端から見れば挙動不審な俺に、声は面白そうに笑う。

「ははは、あー後ろだ後ろ」

 勢いよく振り返る。すると、そこに立っていたのは一人の青年だった。

 艶のある黒髪は俺と同じか気持ち短い。膝下まで伸びる、青みのある灰色のロングコートをマントのように羽織り、その中には、金の金具やボタンの映える品の良さそうな黒のベストに白のシャツを着こむ。下半身は、糊のきいたグレーのスラックスに黒の革靴。そして何より印象的なのが、彼の眼。

 赤……いや、紅と言った方が的確か。鮮やかで、どこか血を彷彿とさせる紅い瞳が、真っ直ぐに俺を捉えていたのだ。しかしそれも束の間、彼はその瞳を優しく細めた。

「久しぶりだな」

「ご無沙汰してます。一年振りですか」

 そう、この人が──この人こそが、俺をプリモタウンに向かわせた張本人。俺はこの人の頼みで、ルークスさんの依頼をこなすためにあの町に向かったのだ。

 名をクレアーレ。

 国家キヴィタスという世界一の巨大組織に於いて、幹部に位置する【オルドミニスター】のひとりという、言ってしまえば相当なお偉い様だ。

「まさかクレアさん直々に出迎えてくれるなんて思いませんでした」

 ははは、と彼はまたきれいに笑う。

「君は傭兵だが、客人でもあるからな。もてなしができない代わりだ」

「もてなしも何も、構わないんですがね……」

「まあそう言うな。さあ、こっちだ。来てくれ」

 そう言ってクレアさんは踵を返すと、迷いなく歩き出した。

 そんな彼を追い掛けながら見失わない程度に、改めて周囲を見渡してみる。

 かなりの広さを誇るエントランス。その天井は、三、四階ほどぶち抜いているのかと思えるくらい高い。大理石で作られた床や受付は、それだけでどこか気品を感じる。前に来た時にこの辺りは目にしているはずなのに、どうにも既視感は生まれない。それどころか、どこもかしこも初めて来たような気すらするのだ。去年やさっきは、そういうのを意識する余裕すらなかったのだなと、今更ながらに思い知る。

 上下に小さく揺れるピジョンブルーのコートの後を付いて行くと、いつの間にか建物の端に着いていたらしい。彼は一度こちらに向き直り、俺がちゃんと付いて来ていることを確認して、壁の突起に手を掛けた。よく見るとそこには扉があり、関係者以外立ち入り禁止と書かれてあるのがわかった。ドアノブに手を掛けたんだと理解した瞬間に、彼は少し重たそうな扉を開けた。先には階段が上に向かって続いていた。再び歩き出したクレアさんに俺も倣う。

 そのまま──結構な数の階段を上ったところで、クレアさんは階段通路から外れ、同じ階の廊下に道を変えて歩きだした。

 やがて、他とは異なる装飾の扉の前で立ち止まると、クレアさんはノックもなしにドアを開けた。

 入った先はモノトーン調の執務室だった。最奥には少し大きな窓、その手前には年季の入った大きな木目調のオフィスデスクが設えてあり、窓際の壁の両端には身の丈ほどの観葉植物が添えられている。また、左右の壁際には戸棚と本棚があり、様々な本や小物が整えられたうえで置いてある。

「さあ、どうぞ」

 呆然と部屋を見渡している俺に、クレアさんはそう言って中に入るように促す。そして座るように示してきたのは、手前にある来客用と思しきソファーだった。

 俺が座ったのを見届けると彼は、少し待っていてくれと言って、反対側の壁際に向かう。その後姿に、何をしているのだろうと思っていたら、前触れなく彼は振り返った。見ればティーカップとちょっとしたお菓子が乗ったトレイを持っていた。

「済まんな、俺が珈琲飲まないからなんだが、紅茶でも良かったかい?」

「え、はい……いや……ほんとにお構いなく……」

 慌ててそう言うが、クレアさんは笑うのみ。

「せっかく用意したんだから、味見くらいしてってくれよ」

「…………じゃ、じゃあ……はい……」

 結局立ち上がることも、断ることもできず、俺は柔らかいソファーに沈んだまま、運ばれてきた紅茶とお菓子が目の前のローテーブルに並べられるのを眺める他なかった。カップをよくよく見てみると、結構凝った装飾が施されており、安物ではないということがわかる。いや、それだけではない。このローテーブルも、座っているソファーも、言ってしまえばこの部屋に置いてあるものほぼすべての調度品が、一般的にはなかなか手の届かないような値段のものなのだ。

 一人で目を丸くしていると、向かい合うように設えてあるソファーにクレアさんも座った。

「済まないな。応接室とかじゃなくて俺の仕事場で」

「え」

 まさかとは思っていたが、本当にクレアさんその人の部屋へ招かれるとは思っていなかった。クレアさんは苦笑しているが、俺からしてみればここも充分に応接室だ。何せ置いてあるものが高価すぎる。俺みたいなただの一般人を客人を招くだけなら、これだけで充分お釣りが出る程に。

「だ、大丈夫です……というか充分です……」

 どう答えたら良いかわからず、取り敢えずそれだけ伝えると、クレアさんは「そうか」と、小さく微笑んで紅茶を啜った。

「さて」

 閑話休題というようにそう言い、彼はカップを置く。

「じゃあ早速なんだが、君をここに呼び戻した理由を話そう」

 その瞬間、少しだけ空気が変わった。彼の声色が変わった訳でもないのに、ここからは仕事であると、彼が公私をきちんと分ける人間であり、彼が何かを切り替えたのが空気でわかった。思わず背筋が伸びる。そんな俺にクレアさんはフッと微笑むが、切り替えた空気を戻すつもりはないようだ。そのまま口を開く。

「まずは、一年という長期に渡る期間、プリモタウンでアンデッドの討伐を行ってくれたこと、心から感謝する。慣れない土地で、慣れない仲間と共に過ごし、戦うのは、君にとってはかなり大変なことだっただろう」

 確かに最初は大変だと思っていたが、今はそうでもないんだよなと内心で呟く。沈黙を催促と見做した彼はそのまま言葉を継ぐ。

「君を呼び戻したのは、また君に国家キヴィタスの傭兵として働いてもらいたいからだ。しかも今回は……まあまた派遣ではあるが、今回は俺を含め全員、国家キヴィタスの人間だ」

 その言葉に、俺は思わず声を漏らす。

国家キヴィタスの……? というか、あなたも?」

「そうだ。今回君が向かう場所には俺も行く。俺と、俺の部下、それと行政管轄の者が来る」

 また新しい面子になるのか。彼から目を逸らし、そう思い耽る。

「プリモタウンに派遣されたらしい少年少女も、話を聞くには結構優秀だったらしいが、うちも一応この世界を管理している巨大組織なんでね。腕っぷしは保証するぜ。何せ俺の部下だしな」

「……はあ」

 クレアさんに関しては、立ち居振る舞いからして底知れないというか、この人は強いのだろうと思えると事は在る。しかし、それではクレアさんのみしか、今の俺には信用できない。

 という俺の考えを読み取ったのか。

「何だい、不満か?」

 その声にクレアさんに向き直れば、さっきまでの微笑みとは類の違う、悪戯心が垣間見えるにやりとした笑みを浮かべていた。その表情にぎょっとした俺は、返す言葉もなく顔を引きらせる。

「ははは。まあ、見たこともない奴らを信じろって方が難しいわな」

 眉を下げながら笑うクレアさんは、俺に同調するように何度も頷く。

「それなら、大前提として国家キヴィタスという組織のことと、オルドミニスターという役職について少し話そうか」

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