Chapter:018

「適当に座ってくれ」

 俺達がやって来たことに気付いたらしいルークスさんは、扉を開けるなりそう言った。イージオが我先に入り、追う形でゼークト、エリーも続く。結果、中央に置かれたテーブルを囲うように置かれているソファーに、本当に全員が適当に散って座った。もちろん、ルークスさんが座る場所を残して、だ。

「昼間は済まなかったな」

「え、あ……いえ、俺達こそ、忙しいのに済みません……」

「構わん。おかげで仕事も早く終わった」

「……そう、ですか」

 良いことなのかどうなのかいまいち掴めず、結局は生返事になってしまったが、それで問題はなかったらしい。

「では早速本題に入ろう。何を訊きたい」

 腰を下ろしたルークスさんは、ほぼ座ると同時に口を切った。

 全員が俺を見る。俺が言えということか。

「えと……ベルナデッタという少女と、忌み子という存在について、です」

 ルークスさんは一瞬瞬きを繰り返してたが、ふと俺から視線を外した。

「エリーは、もう大分親しくなっているようだが?」

 目を向けた先のエリーに尋ねると、彼女は微笑んで答えた。

「仲が良くても、事情までは私もわかりません。そういった話には触れないようにしてますから」

「……そうか。その方が本人にとっては気楽で良いだろうな」

 そう言って何度か頷いた後、ルークスさんは続けた。

「丁度良い機会だ。私としても、あの娘のことは、より身近な存在であるお前達に知ってもらいたいと思っていた。ではまず、ベルナについて話そう」

 俺達は、揃って頷いた。

「ベルナ──本名をベルナデッタ・ロセウスという。彼女は生まれながら獅炎しえんの忌み子で、知っているとは思うが、薄桃色の修道服を着ているのが特徴だ」

 特徴という言葉に、俺はかすかに眉をしかめた。忌み子の識別のためを謳っている服装なのだろうが、そういう認識をしている時点で、実際はそれが原因で彼女は孤立してしまっているのだ。きっと誰も【同じ】修道士だとは思っていないだろう。それでは、教会で集団生活をしている意味がない。まあ、このことに関しては、ルークスさんに言う話でもないので、心内でそうぼやく。

「因みに出身はオトノウルプスだそうだ」

「え、オレと同じ?」

「そうだな、地方で言えば」

 イージオが身を乗り出すようにして言うと、神父は静かに頷いた。

「ここに来た経緯としては、私の前にこの町を統治していた神父に、オトノウルプスから連れて来られたらしい。以後はこの教会に住み込みで見習い修道女として働いている。とは言え、ほとんど隔離されている状態であるために、他の修道士達と同じようなことはしていないが」

「その原因が、忌み子であることなんですか」

 エリーの問いにも、彼は静かに相槌を打つ。

「そうだ。忌み子である故に彼女は人と関わることが少なく、忌み子である故に外の世界を知らない。では、その忌み子とは何か、という話になるが」

 ルークスさんはそこで一呼吸置き、全員を一人ずつ見て、こう問うた。

「お前たちは【忌み子】についてどこまで知っている?」

 俺達は互いに目を合わせる。真っ先に答えたのはイージオとゼークトだった。

「名前しか知らねーや」

「同じく」

 ルークスさんはそれに首肯を返すと、今度はエリーに向き直った。が、二人の目が合ったタイミングで、今度はエリーが俺を見た。流れるようにルークスさんもそれに続く。知識としてエリーは、忌み子についてそれなりのことを知っているだろう。だが、それではわざわざ訊きに来た意味がない。彼女が俺を見て来たのは、俺はどこまで知っているのか、ということを、明確にしてほしいということなのだろう。そうはいっても、俺が知っているのは、この間エリーが教えてくれたことがせいぜいである。

「女神の呪いを受けて生まれた存在で、厄災を招くとされ忌み嫌われている……くらいです」

 いつかの話を要約し、俺はそう答えた。この時点で男どもは既に初めて聞いた、みたいな顔をしているため、多分ここから説明してもらわないといけない。

「では忌み子という存在がどういうものなのか、というところから始めよう」

 ルークスさんも同じことを思ったのか、頷いた後そう言って続けた。

「忌み子とは、創世の時代に存在したとされる三大神の一柱・女神セレニアコスが、人の始祖・アザレアという女性に施した呪いを、その身に受け継ぐ者だ。呪いは全部で十二種類あると言い伝えられており、これは、生まれながらに扱える属性と同じだ。例を挙げるならば、私はアリエスの月生まれになる」

 そう言うとルークスさんはおもむろに右手を前に出した。するとその手のひらから小さな黄色い光が……と思った時には既に光ではなく目視できる電気になっていた。

「そのため、このように雷羴らいせんの属性を特に上手く扱うことが可能だ。しかし、仮に私が忌み子だとしたら、受ける呪いも雷羴のものとなる、といった形だ。この呪いという弊害の内容は属性ごとに異なるため詳細は割愛するが、大体の共通点は力──主に聖星力の【暴走】だ」

 ルークスさんが手を下ろすと、イージオが言葉を挟む。

「暴走? そんなことあんの?」

 俺は目を瞠る。刹那、神父と目が合う。何となく神父が、俺が何を思って驚いたのか察した気がしたが、俺は何も言わなかった。いや、言えなかった。

 対するルークスさんも、不自然にならない程度の間俺を見ていただけで、それ以上何もしなかった。

「一般人からしてみると、あり得ない話になるのも無理はない。本来、現時点でコントロールの利かない量の聖星力を使って、聖星術や属性の力を発動させようとした場合、未完成のまま効力を失い不発となるか、或いは全く発動しないかのどちらかになるのだからな。だが忌み子には、良くも悪くも可能性がある、ということだ」

 神父は言葉を継ぐ。

「例えばとある上級聖星術を使役しようとした際に全く発動しない、何も起きない場合は、生涯どんな修行を重ねてもその上級聖星術を使役、発動することは出来ないとわかる。しかし、その一つ下位の中級聖星術を使役しようとした際、完成はせずとも何かしらの反応が──使役の証拠ともいえる光が出たと言った、どんな些細な事でも同じだ──そういう反応があった場合は、その術を扱える聖星力を持っている証拠になる。これは一般的な力の計り方であると同時に、最も効率的なものだ。忌み子に於いても、完全に扱えない力の場合は全く発動しないらしい」

 しかし、と彼はそこで言葉を切り、ひと際大きく息を吸った。

「問題は【本来未完成のまま不発になるはずの力、或いは術】が、本人の意思に関係なく【必要以上の効力を得て発動してしまう】ことだ」

 一瞬、応接室を沈黙が包む。その沈黙を破ったのはイージオ。

「てことは、本来修行とかすれば使えるようになる力が、勝手に、しかも思ったよりすげー状態で発動するってこと? 力が足りてないのに?」

「ああ。それが忌み子と呼ばれ、忌み嫌われる所以だ。本来は術が未完成であれば、その力は意味を成さず、結果を伴わないまま消えてゆくはず。だが忌み子の場合は、逆に自身に、或いは周りに被害を及ぼすような結果をもたらすことになる」

 全員が神妙な顔になる。

 そのもたらした結果とやらが、あの時エリーが言っていた事件──町を一人で壊滅させたことや、たくさんの人が死んだこと──だというのか。確かにそれは災厄と言ってしかるべきなのだろう。しかしまさか、その原因が力の【暴走】だとは。

「しかし、更に厄介なのは、無理に発動させようとした術だけでなく、本来ならきちんと扱える程度の術さえも暴走してしまう可能性がある、ということだ」

 俺達は目を見開いた。つまりそれは、迂闊に聖星術を使うことが出来ないということで──

「あの……」

 申し訳なさそうな声と共に、エリーが小さく手を挙げた。

「そうなってしまう原因は、具体的に穢れだと聞いたことがあるんですが……」

 恐る恐る切り出したエリーに対し、ルークスさんは首肯を返す。

「半分正解だ。力が暴走に至る経緯は、本来持ち得る以上の聖星力を保有していることと、穢れを浄化するはずの力である聖星力そのものに、穢れが混じっているからだ。前者については……そうだな、バケツやグラスなんかが聖星力の上限となる器で、中に注がれている水が聖星力だと考えるとわかりやすいと思う。一般的にはある程度のところまで聖星力となる水が注がれ、蓋がされているが、忌み子の場合は、蓋がなく、更にギリギリまで水が注がれている状態だ。それで器を迂闊に刺激したら中の水はいとも簡単に零れるだろう。その溢れて零れた水が【暴走】した力だと考えてくれ」

 言われた通りのことを頭に思い浮かべる。ややあって、イージオが納得したという声で小さく「……あぁ」と呟いた。俺もなるほどと思った。

「では何故、穢れを含むと【暴走】してしまうのか、だが……ゼークト、穢れとは端的に言うと何だ?」

「あぁ?」

 唐突に名指しされ、ゼークトはあからさまに顔をしかめた。知らぬ間に奴が寝ぼけでもしていたのか、話に意識を引き戻すために問うたのがありありとわかる。ところが、ゼークトの返答は思いの外早かった。

「力の根源だろ。穢れを聖星力で浄化することで、俺達は聖星術を使うことが出来る」

「そうだ。なら、その穢れは強くなればなるほど力も増すわけだが……」

「自分の聖星力で浄化できる以上の穢れは逆に害になる、だろ」

 食い気味を通り越して最早台詞を奪う形でゼークトが言い放つと、ルークスさんは特別驚くでもなく、大きく頷いた。

「そこまで理解出来ているなら、今までの話もちゃんと聞けているな」

「……お? おう」

 その言葉に、ゼークトの表情が今度はしかめっ面から複雑な表情に変わる。

「穢れについてはゼークトが概ね言った通りだ。そしてその力の根源かつ、保持し過ぎると害を成してしまう穢れを浄化するのが、私達が生まれながらに持つ聖星力だ。つまり、穢れを【浄化】する力に、穢れは存在するはずがない代物になる」

「じゃあ、浄化されるはずの穢れが力の中に含まれていることが、暴走の原因ってことですか」

 再び、しかし今度は食い入るようにして質問するエリー。ルークスさんはさっきと変わらない態度で頷く。

「そうだ。先程、器にギリギリまで注がれた水という話をしたが、穢れはそこでいうところの刺激だ。だが、本来その刺激は存在しない。でなければ、聖星力の個人差の説明がつかないからな。つまり、在るべきはずのない力が存在することによる、相対する力の過剰な反応──それこそが暴走の原因であり、女神が人に施した【穢れを含む聖星力を持つ】という呪いだ」

「それなら、忌み子はアンデッドになりやすい……つか、半分アンデッドってこと? 穢れを持たないはずの聖星力に、穢れが混じってんだから」

「いや。違う」

 イージオの推測兼質問を、ルークスさんはきっぱりと否定した。

「確かに【アンデッド】も【忌み子】も自らの中に、本来持たない穢れを有する者だ。しかし、根本的に忌み子とアンデッドでは穢れを伴うものが違う。アンデッドは肉体に穢れを持つが、忌み子はさっき言ったように聖星力そのものに穢れを持つ。穢れは強い力の源であると同時に、奇跡を行使するための材料だ。奇跡はあらゆる理を凌駕する。才能には未知なる可能性を、そして肉体には、死すら超越し得る力をそれぞれ与えて。……だが、何に穢れが伴うかによって、理を超える要素は変わってくる。忌み子の場合は聖星力という【才能】であって、肉体のように直接【生死】に関わるものではない。故に、忌み子はアンデッドではない。いや、アンデッドでも化け物でもなく、あくまで人だ。人間なんだ。そこを履き違えてしまったら、それこそ忌み子達は救われなくなってしまうし、お前たちも理由なく忌み子を嫌う者達と同じになってしまう。仮に、お前たちがそこまで考えずにここに来たとしても、この事実を知った以上は覚えておいてほしい」

 そう言い切ったルークスさんがわずかに俯く。他の奴らにはそれがどう見えているのかわからないが、俺は今しがたの言葉通り、ベルナという少女を──果ては忌み子を、人間として見てほしいと俺達に頭を下げて頼み込んでいるように見えた。

「はい」

 俺は言葉に出してルークスさんの言葉に首肯した。俺以外のみんなも同じように頷いた。するとルークスさんはかすかに目を細めて、心なしか普段より穏やかな声色で、小さく「そうか」と言って頷いた。

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