Chapter:017
その後、お互い特に急な用事がないと知り、俺達はしばらく一緒に行動することにした。
食事が済んだのだからと、食堂にいつまでも居るわけにもいかないと思い、俺達は教会敷地内にあるちょっとした広場に向かった。中央には噴水があり、それを中心に若干の石畳が広がる。また石畳の先は芝生になっていて、周りに立つ樹々も合わさって、より緑の映える広場だ。俺達はベンチを見付けた瞬間に座り込む。その直後に吹いた風が冷たく、イージオは座ると同時に小さく震えた。
「うー、寒いぃ……まだこれで秋なのかよ……もう冬じゃね?」
「寒いのは苦手か」
大袈裟なリアクションだと思いつつ、何となく訊いてみる。するとイージオはぶんぶんと頭を上下に振って首肯した。
「苦手。つーかオレ生まれも育ちもオトノウルプスだからさ、何気にもう少し南の方でしか生活したことないんだよ」
オトノウルプス──別名【農業と情熱の街】。世界に在る五大地方のひとつで、ここ、レリクイアカプト地方の南西に広がる。別名の通り、農業や、それに連なる商業が盛んな土地だと俺は認識している。確かに央都より南ではあるが、地方のすべてがそうではなかったはずだ。
「……でも北半分くらいは央都と同じくらいの緯度じゃないか?」
世界地図を頭で思い出しながら再度問い掛けると、今度は苦笑と共に左右に頭を揺らした。
「いやー……そこら辺は荒野が広がってて、人が住める場所じゃねーのよ。オレ達としちゃ、在ってないような土地ってやつ」
それは初耳だった。思わず目を瞠る。
「そうなのか」
「そーなのよ」
そう言って肩で笑うイージオは、ふと思案顔になり、再び口を開く。
「アルはウィンタルースだっけ」
「ああ。その最北端になる」
ウィンタルースも五大地方のひとつで、央都の北東に存在する。イージオの出身地、オトノウルプスとはちょうど対角に位置しており、別名は【職人と雪の町】。娯楽や商業と言ったものは、五大地方一の田舎地方のためあまり栄えていない。農業も、鉱山やら氷山やらが多い影響で南の方でしか出来ず、俺の故郷は専ら狩りが生活の主体となっていた。それに伴って、武器や防具などを造ったり、それらを販売する職人が集まる場所である。
「すげ……じゃあ世界の最北端みたいなもんじゃん。極寒地帯とかそういう?」
世界の最北端であることに対しては、そうとも言えるなと思い、前半の言葉には頷くが、極寒かどうかと言われると微妙である。少し考えるが答えは明確に出てくるものではなかった。
「どうだろうな。少なくとも今の時期で既にここより大分寒いのは確かだけど、今までが普通だったからな」
「ひゃー、オレなら凍え死ぬわー」
「かもな」
自分の身体を抱きしめるようにして腕をさするイージオ。その様子が滑稽で、かすかに鼻で笑って同意した。
多少冷たい風が吹き抜ける中、俺達はその後も他愛ない、でも決してつまらないものではない、当たり障りのない会話をぽつぽつと繰り返す。基本的にはイージオの一方通行だが、本人はそれで良いらしいし、俺も別に構わない。というのも、俺の場合特に話すこともないが、イージオの場合は所属しているギルドでの経験話がたくさんあるようだ。思い出したら喋る、ネタが尽きたら思い出す、思い出したらまた喋るを無限ループしていた。俺個人としても飽きが来ない分、良い暇潰しになる。
「でさー……ん?」
不意に話を止め、俺越しに虚空──もとい、どこか遠くを見つめるイージオ。どうしたと訊くと、見詰めている先を指さして続ける。
「あれ、ゼークトじゃね?」
指した先は俺の斜め後ろ。その方に目をやると、背伸びをしながらのんびりと歩くゼークトが居た。朝食にしては遅いし、かといって昼にしては早いこの時間。背伸びや肩を回しているあたり、ルークスさんから言われた「雑用」仕事でもしていたのだろう。
「おーい」
唐突にイージオがゼークトを呼んだ。呼ばれたことに驚いたのか、大声に驚いたのかはわからないが、ゼークトは一瞬跳ねるように固まった後、俺達に身体を向けた。誰が呼んだのか分かった際、安堵したように息を吐き、その足でこちらに歩いてきた。本人は至って普通だが、俺は首に巻いてある「マフラー」に、違和感を感じた。
「よう、もしかしてサボり?」
「ちげぇよ、休憩だ休憩」
身も蓋もないイージオの質問に、食い気味にそう答えるゼークト。だが、さっきのリアクションを見ると、サボっているようにも見えなくもない。
いや、それより。
「…………お前、エリーから何か貰わなかったか?」
「な……知ってんのか」
俺が何を言いたいのか察したらしいゼークトは、マフラーに手を当てて逆に質問を投げつけてくる。が、それ以前に。
「え、なに? 何の話?」
何も知らないらしいイージオが、更に質問を被せて来た。どっちの質問から先に答えるべきか迷ったが、まずは何も知らない方から答えることにする。
「エリーが、こないだ助けてくれた礼だってこいつにプレゼント贈ったんだ」
「へぇ。それってあのあれ? エリー律儀よなー」
「あのあれだ。本当、律儀だな。で、俺がそれを知ってる理由は、プレゼントを買ったらしい本人と会ったからだ。──で」
「確かにもらった。でも開けてない」
再び食い気味にそう答えるゼークト。え……? と一瞬、俺もイージオも呆気に取られた。
「……は、なんで」
「もったいねーだろ。汚したくない。家宝にする」
「か……え?」
きっぱりと言い放つその表情に全く迷いはない。それどころか真剣味さえ感じる顔に、俺は心内で呆れた。
いや、開けてやれよ……。
返す言葉が無くなってしまい、この先何を言えばいいのかわからなくなっていた俺だが、俺が再び口を開く前に、イージオが動いた。
「まあいいや。んで、結局おさぼりゼークトくんは今まで何やってたんだ?」
「だから休憩だっつの! ……いつも通り教会の雑用だよ。朝言われた分はこなしたぞ」
吠える、いや、噛みつくように言った後、ゼークトは溜息を吐いて答えた。やはり予想通り仕事をしていたのか。だが、初めは全力でサボろうとしていたのに、今ではこうして時々は息抜きをしつつも、きちんと言われたことはやるようになったのは、改心の進歩なのか、はたまた本来の生真面目さ故か。
ふと教会という言葉に引っ掛かった俺は、ついでにと思って問い掛ける。
「なあお前、薄桃色の修道服着たシスターって見たことないか?」
唐突な質問に、ゼークトは首を傾げた。
「桃色のシスター? さあな。目立つ格好なら見た時点で覚えてるとは思うけどよ」
その言い方だと見てないな。
「なんだよ。つか、そんなシスターいるのかよ」
怪訝そうに訊いてくるゼークトに、今度は俺が首肯を返す。
「居る。何でも【忌み子】と呼ばれる存在らしい」
「忌み子?」
「知ってるか」
忌み子という存在について、という意味でそう問うたことに気付いたゼークトは、しばらく考え込んで、しかし小さくかぶりを振って答えた。
「……いや、名前しか。しかもその忌み子って名称も、聞いたのはこいつからが初めてだしな」
「え? オレ?」
言いながらゼークトは横目にイージオを見る。目を向けられた本人は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔で首をひねった。
「ギルドに忌み子がいるっつってたろ」
「あ……ああー……」
どこともつかない虚空を見詰めていたイージオだったが、やがてこくこくと頷き、続けた。
「そういや言ったっけな……でも、オレも詳しいことあんま知らないんだよね」
「何だよそれ。そんなんで大丈夫なのか、色々と」
呆れ声で言うゼークトに、イージオは苦笑しながら返す。
「だってオレの周りの人、力を克服してたり、克服してなくとも目に見えての災いは起こさない属性だったりで、ぶっちゃけ何も知らなくても問題ねーもん」
「じゃあお前も知らないんだな」
「そゆこと」
「そうか」
知らないなら仕方ない。了解という意味で二人に対して頷くと、そんな俺を見ていたゼークトが前触れもなく切り出す。
「えらく気にしてんな。気になるなら神父にでも訊きゃいいじゃねーか。あれなら、なんかしらは知ってんだろ」
「おお!」
隣で、イージオがあからさまに「それだ」と言う顔をして、ポンと手を打った。思わぬ提案に俺はまず驚いたのだが、言われてみればそうだと思った。
「……それもそうだな」
「オレも行こーっと。ゼークトも行くだろ?」
「……全く関係ない話ってんならどうでもいいけど、同じ教会内にいる奴の話みてぇだし、他人事では済ませらんねぇからな」
「よーし、そんじゃあ、早いとこルーさんとこ突撃しようぜ」
「お……おー?」
よくわからないテンションで拳を突き上げたイージオに、よくわからない勢いで乗ってしまったゼークトが応える。アルも乗れよーと不貞腐れるイージオだったが、そういう空気で訊きに行く話じゃないんだぞと俺は溜息を吐いた。
その夜。
俺とイージオ、エリー、そしてゼークトは、揃って食堂で会した。
というのも、俺を含めて男どもは、ほとんど意図的に時間を合わせた。理由としては、あの後ルークスさんに文字通り突撃したのだが、仕事があると言われて門前払いされてしまったからだ。しかし、夜なら構わないという結論に至り、そういうことならと俺達は時間を取り決め集まったのだ。と言っても、結局はいつもの時間と変わらないのだが。
だが、今日はその「いつもの時間」に、久しぶりにエリーが戻ってきたのだ。これに関しては完全に想定外だったが、それはそれで良い。
「あれ?」
一通り全員に挨拶をしたエリーが、そう言ってゼークトを凝視する。正確にはゼークトの首──ひいてはマフラーを。
久しぶりの再会であろう二人。ということは、もしかしたらエリーがプレゼントをあげて以降、会っていなかったかもしれないということになる。どうやらその推測は的中していたようで、ゼークトが身に着けているマフラーが以前のと同じもの、つまり、あげたものではないものであることに、ようやくエリーは気付いたらしい。
「着けてくれないの……? やっぱり嫌だった?」
寂しそうに訊くエリーに対し、何のことなのか即座に理解したと思われるゼークトは、あからさまに動揺した。
「い、いや、ちがっ……ちがくて……! お、俺にはもったいないっつか、何つーか……ああっでももちろんすっげー嬉しかったよ! ほんとありがとう!」
どうにもエリーのことになると落ち着かないゼークト。必死さというか健気さというか、それはひしひしと伝わって来るのだが如何せんいろんな意味で苦しい。その後も弾丸のような苦し紛れの言い訳、或いは本音は続く。
「けどやっぱ俺には安物でいいっつーか、その……そ、そう! もらったものはやっぱ大事に使いたいからさ、汚れたらいけないと思ってさ! だから、今は着けてないけど、いつか必ず着けるから!」
「…………そう?」
「そうそうそう!」
緊張と動揺で引きつった笑顔で、盛大に頭を上下させるゼークト。エリーはその後も一瞬寂しそうな顔をしていたが、納得したようにうなずいて微笑んだ。その様子を見て、ゼークトもホッと胸をなで下ろす。
……まあ、家宝にするとは言えないよな。
家宝発言を知っている俺とイージオは、そのやり取りを呆れ顔とにやけ顔で終始見守っていた。
その後も、一つのテーブルを四人で囲みながら、他愛のない話で盛り上がった。
「あ──」
ある程度時間が経過したころだっただろうか。エリーがふとした瞬間に顔を上げた。隣に座るゼークトも釣られて顔を上げる。二人が揃って見詰めていたのは、どうやら俺の後ろらしい。
「全員居るな」
背後から飛んだ声で、誰が何の用でやって来たのかすぐにわかった。
振り向くと、立っていたのは穢れなき神父その人。
「食事が済んでからで構わない。本堂奥の応接室に来い」
ルークスさんはそれだけ言って踵を返す。去っていく背中を追いながら、エリーが目を瞬かせて言った。
「……何かあるの?」
そういえば、まだエリーには話していなかったと思い出し、男たちは「ああ……」と声を漏らす。切り出したのはイージオ。
「忌み子と、エリーが仲良くなったっていう女の子についてルーさんが教えてくれるって。エリーも行こうぜ」
「へえ?」
疑問形と思える感嘆詞の真意は掴めなかった。が、ほんの少しだけ考えるような素振りをした後、彼女は大きく頷いて微笑んだ。
「じゃあ、行こうかな」
「よーし!」
イージオが笑顔でそれに対して相槌を返したことを合図に、俺達は一斉に立ち上がった。
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