Chapter:015

 昼下がり、自分の部屋でじっとしている気にはなれなかった俺は、何となく外に出た。飛び出したはいいものの宛てがない俺は、まずどこに行こうかということで、歩き初めの一歩をどこに向けるかでつまずく。さて、どうしようか──と思った刹那、視界の端に違和感を感じた。その正体を見失わないように、慌てて違和感の方向へ目を向ける。

 曇り空の灰色にアクセントをつけるような、桃色が目に留まった。

 その正体は、白い服に身を包んだ少女だった。桃色というのは服装のものではなく、髪色だったということを、改めて確認した際に気付く。……いや、よく見ると服は白ではない。距離があるため確かではないが、身にまとう服の色もよくよく見れば薄桃色に見える。それどころか、その服は一般的なものではなく、この町の教会に居る修道士たちによく見る修道服だった。違和感はこれだとすぐに察する。本来なら修道服は黒のような紺のような暗い色のもののはずだ。それが何故──

 と、不意に弾かれたかのように、少女が顔をこちらに向けて来た。高い位置で片方だけ結われた髪が、振り向き様にふわりと揺れる。気付かれないと思っていた訳ではないが、あまりに突然のことに俺は固まる。少女も少女で俺が居たことに驚いていた様子だったが、次の行動は早く、直後に走り去っていった。

 初対面だった少女を追い掛けて、着ていた修道服の色に疑問を投げかける度胸もない俺は、灰色の空の許、終始無言のまま立ち尽くす他なかった。

 あれは一体何だったのだろう……。

 結局、教会の敷地内に居ても何もないため、どうせならと町の中心に向かった。

 プリモタウンは小さいながらも、央都のすぐ近くにあるため、ある程度の物資は流れ着く。それは生活に欠かせないものから、ちょっとした娯楽まで多岐にわたる。目的がなくとも、中心に行けば時間はそれなりに潰せるのだ。それに、アンデッドの出現は半分以上が北だ。出現した時は、南に位置する教会から突っ走るより断然早い。

「あれ……アル?」

 不意に掛けられた声に立ち止まる。振り返ると、そこにはエリーが立っていた。胸もとには、何やらいくつか包みのようなものを抱えている。

「よう。買い物か?」

「うん。ゼークトにお礼をあげようと思って」

「お礼?」

 エリーは苦笑とも見える微笑みを浮かべて頷いた。

「今日会ったら、マフラー着けてなくて……洗濯とかしてる様子でもなかったから、もしかしたら私のせいで破けたりしたのかなって。だから、代わりになるものをあげようと思ったの」

「……そうか」

 あいつがマフラーを着けていないのは、変態じみた理由なのだということはこの際黙っておこうと心に誓う。言っても良かっただろうが、既にプレゼントは購入済みらしいし、その厚意を無下にする理由が俺にはない。

「代わりってことは、マフラーじゃないのか」

「あ、うん、そうなの。ストールにしようかなって」

「へえ?」

 意図が読めなかった俺が、相槌を返しつつ首を傾げると、彼女は親切にもその理由を教えてくれた。

「ストールなら、真夏とか暑い時期でも身に着けられると思って。元々ゼークトは夏でもマフラーだったけど、結構暑そうだったから」

 確かにと思う。ゼークトが首元に巻いていたのはマフラーだったのだが、どんなに暑くてもそれを外そうとはしなかった。本人曰く、マフラーも含めて服装と呼ぶらしい。そうまで言っていたそれを外してエリーを助けたのだから、よほどのことだったのだろう。「テンパっていた」のは間違いないらしい。

「でも、ストールなら夏でも蒸れにくいかなって思って、思い切って買ってみたんだ。……気に入ってくれるといいなぁ」

 そう言ってエリーは目を細めた。

「……大丈夫だろう」

 お前があげるものなら、きっと何でも喜ぶと思う──と、心の中で付け加える。もちろんそれは届かないものだが、彼女にはそれだけで充分だった。

「ふふ、ありがとう」

 秋めいた小さな町に、ふわりと華やかな花が咲く。それが、何もしていない自分に、他意無く向けられたことに、どこか気恥ずかしさを感じた俺は、たまらずエリーから視線を外してしまった。

 無意識に背けた視線の先で、買い出しにでも来ているであろう修道士達が居ることに気付く。修道士は二人いるのだが、微妙にいで立ちが異なるため、修道士と修道女の二人組なのだろう。今までなら特に気に留めないのだが、さっき変わった色の修道服を身にまとった少女を見掛けてしまった今では、どうしても気になる。

「どうしたの?」

 エリーがそう訊ねてきたのとほぼ同じタイミングで、修道士の二人組がこちらに顔を向けた。見られていた気配でもしたのだろうか。気まずい感じにはなったが、薄桃色の少女の時みたくそそくさと居なくなるのかと思っていた。しかし、彼らは遠ざかるどころかこちらに向かってきたのだ。

 その行動に呆気に取られた俺は、エリーに返答をし損ねた。目をしばたかせているうちに、修道士達は足早にこちらにやって来る。

「あなたたちは……神父様の依頼で駆けつけてくださった方々ですよね。アンデッドの討伐を引き受けてくださり、本当にありがとうございます」

 俺達の前に立つと、彼らは初めに深々と頭を下げ、まず修道士が口を開いた。

「え……ああ、はあ」

 唐突な、しかも今更とも言えるお礼の言葉に戸惑う。

「この町のために命を危険に晒しながらも、戦ってくださっていることは承知しております。私達に出来得る限りのお力添えをいたしますので、何かございましたらお申し付けください」

 続けて、修道女から飛んで来た言葉に、どう返せばいいのかわからず固まる。そもそもの依頼主である穢れなき神父が無愛想な分、ここまで今回のことで感謝されたことはないからだ。しかも依頼の期間はおよそ一年。今はちょうど折り返し地点だ。そのタイミングで改めてお礼を言われるとは思っていなかったのだ。

「ど、どうも」

 それにしても、随分と俺達のことを「上げて」くるな……。

 不自然にも思える敬意に若干困惑しつつも、そういうのならと言葉を切り出す。

「じゃあ……いいですか」

「はい、何なりと」

 にこりと笑う修道士達。協力する姿勢に偽りはないと思った俺は、さっき教会で見掛けた少女のことを話す。

「あの……薄桃色の修道服を着た女の子を見掛けたんですが、彼女は……どういう?」

 すると、修道士達の表情が、歓喜や敬意から一気に嫌悪のそれに変わった。

「あれは、いわゆる忌み子と呼ばれる存在です」

 忌み子……聞いたことのあるワードだが、詳細は知らない。しかし言葉と彼らの態度から察するに、忌み嫌われる存在とでもいうのか。

「もともとは孤児だったのですが、それを神父様……今のルークス様の前に町を治めていた神父様が引き取ったのです。現在は、災いをもたらす存在であるために、他人と関わらないよう、教会の敷地の奥の方に隔離されて生活しています。まったく……外は出歩くなと言っているのに……」

 初見ではとても優しそうな二人組だけだったために、他人にここまで嫌悪感を見せられ、俺は思わずエリーに視線を向ける。彼女も困惑しているようで、笑顔というより苦笑していた。同じ教会で共に生活をしているであろう者同士なのに、何が修道士達をそうさせ、何が少女をこうまで忌むのだろう。

「あの娘──ベルナデッタには関わらない方が身のためでございます。お二方もどうぞお気を付けください」

 最後に修道女がそう言い、再び揃って深々とお辞儀をした彼らは、踵を返して教会の方に向かって去っていった。俺とエリーはその背中が人混みに消えていくまで見送った。

「……忌み子、かぁ」

 やがてエリーが小さく呟いた。俺はその言葉の意味の真意を測りかねたため、とっさに問うた。

「何か知ってるのか?」

「もしかして聞いたことない?」

「忌み子って単語しか知らない。名前的に良からぬものなんだろうな、くらいだ」

「そっか」

 エリーは頷いて、一息ついてから再度口を開く。

「忌み子っていうのは、女神の呪いをその身に受けて生まれた人を指すんだよ」

「女神……確か三大神の一柱か」

「そう、女神セレニアコス。彼女が人の祖に施したとされる呪いは、生まれ持った属性毎に若干違うらしいんだけど……呪いって言われるくらいだから、大抵は災いをもたらすとされてるんだって」

 エリーが言ったのは、世界的にも有名な神話に登場する神の名前だ。月の神、或いは弔鐘神ちょうしょうしん──終わりを司るとされる神で、生命は限りある方が輝くとして死を与えたと言われている存在だ。随分と嫉妬深いという話も、同じ神話で語られているのだが、恐らく今回の【呪い】も嫉妬によるものなのだろう。

「災いね……」

 誰にでもなく言ったのだが、それにもエリーは頷いて、続ける。

「うん。具体的なことは私もわからないんだけど、ウィンタルースやオトノウルプスで昔、忌み子がらみの災いが起きたって聞いたよ。たった一人で町を壊滅させたとか、或いは人の大量に死んだとか、そういうの。もう十年以上前の話だけどね」

 ぴくりと顔が引き攣る。それらがすべて意図的ではなく、呪い故に起きたことなのであれば、確かに災厄もいいところだ。巻き込まれた人も、その忌み子も。

「……そういうのを起こさないように隔離してるのか」

 外に出るなと言ったのに……という修道士の言葉を考えれば、隔離ではなく軟禁とも言えなくもないが。

「きっとそうだと思う」

 事実に対して首肯するエリーだったが、その表情は暗い。その理由は、何となく俺にもわかる。あれではまるで、教会に化け物でも飼っているかのような物言いだ。それでは少女に対しても、少女をこの町に住まわせた神父に対してもあまりにも酷な話だ。

「多分だけど、先代の神父様の意思を引き継いで、今もルークスさんが彼女──ベルナデッタのことを擁護してるんだろうね。でも、他の修道士達からしてみれば、災いを招きかねない存在が身近に居るんだから、いつそれが起こるのかを考えると心は休まらないのかも」

「まるで人ですらないような存在だな」

「……あの修道士達にとってはそうだろうね」

 強過ぎる力は、人を人とすら認知させない……か。俺が持つ力も、仮に暴走などを起こした場合はそうなるのだろうか。だとしたら、ようやく人らしく生きられるようになったのに、また心に蓋をしてふりだしに戻ることになるのだろうか。

 それは、嫌だな……。

 不意に空を見上げる。昨日は曇りを保ち、今朝は灰色一色だった曇り空が、いつの間にか、今にも雨が降りかねない程に暗くなっていた。それはまるで、今の心境に呼応するようで少し寂しく──怖ささえ感じた。

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