第03章 花開く小春

Chapter:014

 炎のような風が熱を忘れ、射す日差しの暖かさも心許なく、時折寒さに身を震わせすらする、秋気の増した今日この頃。

 うごめくアンデッドの塊に向けて、俺が射った氷の矢に力を貸すように、ひと一倍冷たい木枯らしが頬を撫ぜていった。

 季節に変化が訪れようと、アンデッドの出没は全く変わらない。来る時は来るし、来ない時は来ない。まあ、季節とともに出現率が変わるような存在ではないのだから、当然といえば当然だが。

 聖星力を込めた矢に射止められ、アンデッド達はみるみるうちに凍り、やがて結晶化した。それに伴い、どす黒い穢れがその身から消え、アンデッドは正しい【死】を迎えた。正しい死を迎えた存在は結晶となり、穢れなき存在として【昇華】。その証は結晶の粉砕。理から外れた者が、在るべき場所へ還ったのだ。

 辺りには、砕け散って霧散した結晶の残骸が積もっている。だが俺一人で現れたアンデッド達を一掃した訳ではない。俺が立っている位置から少し離れた場所で、独立してイージオやエリーも戦っているのだ。

 ベストだけでは日中でも肌寒くなってきた今、俺は春先同様に群青色のブレザーを引っ張り出して着ている。春に初めて顔を合わせた時のイメージカラーが抜けなかったらしく、久し振りに羽織った際は、ブレザーを着ている方が俺らしいとイージオとエリーに口を揃えて言われた。

 そんな彼らも同様に、春の格好に戻っていた。イージオは赤いジャケットを羽織り、エリーも、碧いブローチがポイントのポンチョのようなマントのようなものを身に付けている。俺もその格好の方が二人らしいと思ってしまう辺り、結局のところ、初めの印象が抜けていないのだろう。

 そして、アンデッド討伐に勤しむ人物がもう一人。

「おらああああ!」

 充分すぎる程の気合と共に湾刀を振り、瞬く間にアンデッドを蹴散らしていくのは、元盗賊のゼークト。流れで「盗賊向いてない」という話をしたら、何故かイージオが所属するギルドに入ることになり、極め付けに神父・ルークスさんからは盗賊稼業を取り上げられた少年。

 初めこそとことんまでに罰である教会の雑用をサボろうと奮闘していたが、最近はそれもなりを潜め、悪態はつきつつもある程度の塩梅で仕事をこなしている。今回のアンデッド討伐も、その仕事のひとつだそうで、気付いたら飛んできていた。どうやら知らぬ間に感知術を仕込まれたらしい。

「おつかれー」

 そんな元盗賊の暴走っぷり、もとい戦いぶりを眺めていると、いつの間にか剣を鞘に納めてイージオが歩み寄って来ていた。

「ああ……終わりか?」

「大体は? つか、ゼークトがなりふり構わず吹っ飛ばしてるからオレの分も持ってかれた感じ」

「そうか」

 俺も似たようなものだった。絶妙に邪魔しないタイミングで現れたかと思えば、根こそぎ俺の範囲のアンデッドを薙ぎ倒していったのだ。イージオは久々の暴れられるチャンスを取られたとむくれているが、俺としては勝手に仕事が減ってくれたので大いに助かった。こいつは日頃の鬱憤うっぷんを戦闘で晴らすタイプなのだろう。

「にしてもゼークト元気なー」

「そう、ん……?」

 呆れ半分、関心半分といったような表情で言うイージオに、そうだなと返そうとしたその時、視界の端で座り込んでいるエリーを見付けた。

「なあ、あれ。エリー、怪我か」

「……かもな……でも大丈夫じゃね? そんなやばそうなケガでも……あ、ゼークトが行った」

 辺りに出現していた大半のアンデッドを倒したらしいゼークトが、一目散にエリーへと向かう。相変わらず彼はエリーに好意を持っているが、エリーはエリーではそれを知ってか知らずか、何とも言えない距離感を保ち続けているため、進展は全くないようである。教会での雑用が仕事になったのだから、接点は増えたと思うが……。

「え、エリーちゃん大丈夫か!」

 怪我をした本人より狼狽するゼークトに、エリーは笑って応える。

「大丈夫だよー、そんな大変なものじゃないよ」

「や、でも、痕とか残ったら……取り敢えず医務室……」

「このくらい平気……えっ」

 しかしエリーの遠慮も聞かず、ゼークトは唐突にひょいっとエリーを抱えた。いわゆるお姫様抱っこと呼ぶあれで。しかもマフラーを太ももに巻き、スカートがめくれないようにするという徹底ぶりだ。

「え、え? ゼークト?」

「いいから」

 結局そのまま教会まで走り出したゼークトを、俺とイージオは呆然と眺める。完全に背中が地平線に消えた後でぼそっとイージオが「うわあ……」と呟いた。

「……ゼークトってなんでああいうのさらっとやっちゃうかなー。何考えてんだろホント……」

「さあ。あいつのことだから案外何も考えてないかもな」

「オレ、ゼークトがわかんね」

「俺もわからん。……取り敢えず任せるか」

「だなー。そっとしとこー」

 基本的に周りを呆れさせる立ち位置に居るはずのイージオが珍しく人に対して呆れている中、背後──町の外で再び何かが蠢く嫌な音が聞こえた。

「で、俺らは後片付けか」

 弓を構えながら、やれやれと溜息を吐く。

「そんな嫌そうな顔しなさんな。残り物には福があるっていうじゃん」

「単に戦い足りないだけだろ」

「あ、バレてる?」

 そう言いつつもにやにやしながら剣を構える半戦闘狂は、ご名答と言わんばかりに飛び出していく。

「俺はさっさと切り上げたいんだが……」

 という俺の小言は誰の耳にも入らない。入らないからこそ呟いたのだが、本当にさっさと終わらせたい。俺は特別戦闘が好きなわけではない。むしろ一定以上の力は上手く使えない故に、嫌いまではないにしろ苦手意識があるくらいだ。が、そんなこと知らないイージオはお構いなしだ。

 しっかりと剣を握らず、時折投げたり、棒切れを振り回すかのように剣を使うトリッキーさは相変わらずだ。規則性が見えない分、大してスピードを出さなくても相手をかく乱し、一気に斬る。緩急のつけ方が上手いというか、武器の扱いが上手いというか、とにかく動きが読めない。これはアンデッドや魔物だけでなく、対人戦でも通用する。俺は持つ得物が異なるため、まともに対峙したことはないが、少し前にゼークトがイージオとの模擬戦に付き合った際は「やりづれぇ」と終始ぼやいていた。

 その時見ていて驚いたのは、ゼークトがイージオの隙をついたと思って剣を弾いた瞬間だった。勝負ありと思われ──その実俺もゼークトが勝ったと思っていた──とどめとも言える一撃がイージオを襲う……直前、高く上がった剣がまるで吸い込まれるようにイージオの手元に戻ったのだ。実際はタイミングを見計らってイージオが手を伸ばして取ったのだが、抜身の剣を空中で拾い直すなんてのはそう簡単にできるものではない。なお、模擬戦はそれにゼークトが動揺し、イージオが今度こそ隙をついて終了した。ゼークトは戦闘後も「やりづれぇ!」とぼやいていた。

 結局、後片付けという名の文字通り残骸狩りもほとんどイージオの一人戦で終了。

「いやー、ったったー」

 食った食ったみたいな物言いには、ご満悦という言葉がしっくりくる。もうアンデッドが現れる気配がないことを確認した俺達は、各々武装を解き、ホッと一息吐いた。

 吹き抜ける木枯らしに身を震わせるイージオを見て、そろそろ昼間でも冷えてくる時期かとぼんやりと思う。俺は北の辺境出身のため、まださほど寒さらしい寒さを感じないが、南国出身のイージオにしてみれば、現時点でも朝晩は堪えるものがあるという。

「アルー、帰ろうぜー」

 何となく空を見上げていると、いつの間にか町の方に歩き出し、小さくなっているイージオが大きく手を振ってきた。特に残る理由もない俺は、他愛ない返事を返しながら、追い掛けるように走り出す。いやに木枯らしが冷たいのは、この中途半端な曇り空のせいか、などと、他愛のないことを考えながら。



「あれ?」

 翌日、教会の食堂で食事を摂っている時に現れたゼークトに違和感を感じ、俺とイージオは顔を見合わせた。イージオが何の気なしに上げた声に気付き、本人がこちらを向く。何でもないというのは簡単だが、それよりも好奇心が勝った俺は、恐らく同じことを思っただろうイージオに代わり、首を指して問う。

「お前、マフラー……か? どうした?」

「あ?」

 相変わらず返事は無愛想だが、それでも会話ができる程度にまでなったのは地味に進歩だ。どうやらゼークト自身にもそれなりの違和感はあるらしい。

「……昨日のあれで……もう着けらんねぇと思って……」

 まず間違いなくエリーを助けたというか、抱えたというか、というあれだろう。脚(厳密にはスカートだが)に巻き付けてたから、ということなのだろう。なんでそこまで言うのやら。

 それに、あの後もイージオと話していたが、紳士が過ぎるというか何というか。

「お前恥ずかしい奴だなー」

 オブラートに包まずド直球に言うイージオ。俺も思ったが、もう少し包んだ方が良くないか。

「俺はなんてことを……」

 対してゼークトは、さりげなくイージオの隣に座ったかと思うと、そのまま項垂れる。なるほど。恥ずかしいことをしたという自覚はあるのか。

「なんであんなことしたの」

「身体が……勝手に動いたんだよ……!」

 俺は呆れ顔、イージオはにやけ顔でその言葉を受け取る。

「洗えばいいんじゃ?」

「洗えるか! だってエリーちゃんの……」

 俺の発言が身もふたもない事のように言ってくるゼークト。いや、俺としてはそれ以前に。

「発言が変態」

「だっ……て……」

「変態」

 エリー本人が訊いていなくて心底良かったと思う。そもそも否定すらしないとはこれ如何に。ともあれ、あの行動が、好きな人に良いところを見せようといった類のアピールでないと言っているようなものだ。要は無意識、つまり──

「え、じゃあ何も考えてなかったのか」

 虚を突かれたような顔で訊いたイージオに、こくこくとゼークトは何度も頷く。

「マジ!?」

「大事な子がケガしてたら助けたくなるだろ……!」

「ああー……」

 必死に弁解され、にやけつつも頷くイージオ。その気持ちはわからなくないのだろう。俺も同じだ。だが、彼女はその心配も基本的に無用だ。

「でもエリー、聖星術使えるから治癒術もお手のもんだぜ?」

 そうだ。エリーの聖星術の理解度と使役については、あの膨大な聖星力を持ち、それを聖星術に変換できる穢れなき神父も舌を巻くレベルだ。基本的に重傷でなければ、医者すら不要である。昨日の怪我は、物は試しと杖棍棒を振り回して物理的に戦ってみた結果、足を少し擦りむいた程度だという。履いていたニーハイソックスは無残な姿になっていたが、見た目ほど酷いものでないようで、ゼークトが懸念していた傷痕もない。

「う……あ、あん時はテンパってて頭から抜けてたんだよ!」

 考えるより感じるタイプか……まあ、いつかの盗賊として侵入したあの時も後先考えずに行動していたしな、などと勝手に考える。動揺しっぱなしの元盗賊の隣に座るもう一人の脳筋タイプは、まだ何か企むようににやにやしている。

「で、その後は?」

「ぐふっ!?」

 赤くなった顔を隠すようにカップの飲み物を啜っていたゼークトが、盛大にせき込んだ。俺も若干苦しくなったのは黙っておこう。それにしてもここでこのタイミングで訊く話ではないだろう。

「…………なんも」

 落ち着いた後、絞り出されたのは、何とも平和な回答だった。

「うわぁ紳士! つか、据え膳食わぬもいいとこだな!」

「うっせぇ!」

 奥手を通り越して最早男じゃないと豪語するイージオが、男たるもの云々というようなことを力強く語る。相槌のように時々怒号を返しながらも、結局話を聞いてしまっているゼークトは、完全にペースを持っていかれている。

 そんな、朝の教会(の食堂)にふさわしいとは言えない話が繰り広げられるのを、俺は食いかけのパンをスープで流し込みながら呆れ顔で見ていた。

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