Chapter:013
屋敷に侵入した翌日。教会前の広場は、子供達の声で賑わっていた。
あの後、屋敷にはルークスさんが現れ、屋敷の地下に幽閉されていた子供達は全員解放された。しかし解放から丸一日と経過していない現状では、即時親元へ返せないと判断したため、一時的に教会で預かることにしたのだ。寝て起きた今は、優しくしてくれているのであろうイージオやエリーにあっという間に懐いたようで、当人達は大変そうにしながらも楽しそうに相手をしている。
貴族の企ては、俺達が【きっかけを作った】おかげで表に晒され、終結となった。今回はまだ、計画の初期段階ということもあったみたいで、大々的な被害をもたらす前に終わらせることが出来た。また、今回の件については、即に
「美味しいとこだけ持ってかれた気がする」
だそう。否めない辺り、俺の複雑に思っていたところはそこなのだろう。手柄だけ持っていかれた気分だ。実際そうなのだが。
昨日時点では、貴族についての処遇を決めるのに手いっぱいだったようで、俺達や盗賊についてはまだ何も言われていない。だが子供達救済と、貴族の横暴を止めるためとはいえ、俺達もそれなりに処罰を受けるべきことをしたのは事実。正直、エリーはほとんど巻き込んでしまった状況だ。それでも一人だけ見逃してもらうのは不服らしく、彼女も、処罰を受けるのであれば同じにと言って断固として聞かなかった。
そんなエリーの態度にも驚いたが、今朝方、盗賊が教会に現れたことにはもっと驚いた。
俺達ですら何か罰を受けると思っているのに、その最たる奴がやって来たのだ。逃げることだってできたはずなのに。
貴族を相手に窃盗を続けていた理由も、実際は悪徳貴族へのささやかな仕返しみたいなものであり、盗んだものはさっさと売り捌いて貧困者に与えていたりしていたこともある……なんていう話も神父から聞いた。やり方はともかくとして、弱者を助けているという点でいえば、随分と生真面目な奴である。これでは盗賊には向いていないのではとさえ思うくらいだ。というかそもそも、それならむしろ……。
「なあ、お前」
教会から少し離れた木陰から、遠巻きに子供達を見ていた俺は、不意に隣から声を掛けられ、思考が固まった。
見ればそこには盗賊が立っていた。昨日までのような警戒心や嫌悪感は欠片も感じない。それどころか、子供とそれに戯れるエリー達を見る表情には、かすかに優しさすらも見える気がする。あくまでも気がする。
そんなことを考えていると、盗賊が再び口を開いた。
「昨日のあれ……奪う意味っての……」
思わず身構えた。あれは勢いだけで口走ったことで、自ら吹聴するつもりなど毛頭なかった。それに、あまり掘り返して欲しいものではない。
「…………それは……」
俺が口ごもっていると、遮るようにして、あー……。と盗賊が唸る。
「……言いたくないなら別にいい」
「え……」
「お前も無理には訊いてこなかったしな」
そういえばそうだったような……と、思い出す。こいつの過去については結果的に本人の口から話してくれたのだということを、後の出来事の方が強烈過ぎてすっかり忘れていた。確かに、無理にでも聞く必要はないと思って問い質すのとはしなかった。いずれにせよ、訊いてきた本人がそう言うのであれば、ここは言葉に甘えることにする。
「……いつか必要な時に」
そう返すと盗賊は鼻を鳴らすだけだったが、それが肯定を示していることは明らかだった。
会話が終わり、俺達はまた無邪気にはしゃぐ子供達に目を向ける。俺は愛想もないし、対人関係については不器用なことを自覚しているため、普段から子供と戯れたりすることはあまりない。しかし特別嫌いであったり、苦手意識があるわけではないので、こうしてただ見守るだけなら、むしろ健気な子供達のことを微笑ましくさえ思う。昨日の夜、幽閉されていた子供達を教会まで連れてく際に、俺も何人か手を繋いだり、おぶったりしたが嫌でも何でもなかった。あまりにも自然に子供の相手をすることに、イージオや盗賊は大袈裟なリアクションと共に驚いていたが。
ぼんやりと様子を眺めていると集団から少しだけ子供が抜け、小走りでこちらにやって来た。思わず隣に立つ盗賊を見るが、どうやら盗賊にも子供がやって来る心当たりはないらしい。突然のことに、俺も盗賊も結局固まったままになる。
走ってきたのは男の子が二人。一人はにこにことして人懐っこそうな顔をしており、もう一人は、おずおずとしているが、それでもしっかりこちらから目を離そうとしない子だ。前者は俺の、後者は盗賊の目の前に立つ。と、にこにこした子がもう一人を見ると、その時だけ目を合わせるためにその子へと向き直った。その後、同時に大きく頷いて、ずっと後ろに回していた手を突き出してきた。
「どーぞ!」
可愛らしい声で差し出されたのは、小さな子供の両の手が隠れてしまう大きさのパンだった。俺達はどうして良いかわからず、目を
「くれるってんだからもらってやれ」
子供達の頭を撫でながらそう言ったのは、これまたいつの間にか集団から離れていたイージオだった。子供に目をやりつつ、疑問をイージオにぶつける。
「……これは」
「パン」
「それはわかる」
「もうすぐ昼だからな」
……つまり昼飯ということか。
俺は、再度盗賊と顔を合わせる。が、そんなことをしてもやることは同じだとお互いに感じたらしく、俺達は子供達と同じ目線になるように屈んだ。そして、出してくれている手のすぐ下に、自分の手を置き、差し出されたパンを受け取った。
「ありがとう」
精一杯笑ったつもりだが、ぎこちないのが自分でもわかった。多分、傍目に見ても困り顔に近いような笑い方だったと思う。それでも小さな少年は充分だったようで、満面の笑みを向けてきた。盗賊の方はというと、こちらは子供の頭を撫でてやっていた。おずおずしていた少年はそれで緊張と警戒が取れたみたいだった。一気に表情が晴れやかになり、釣られて盗賊も笑った。俺も、にこやかに笑う少年の頭にそっと手をやる。どうやらそれで満足したらしく、ひと際嬉しそうな笑顔を見せた後、揃ってぶんぶんと手を振って広場へと走っていった。
改めて、俺はイージオに向き直る。意図に気付いたらしく、当人は子供達に向けるのと変わらない笑顔で言った。
「子供達に分けてたら、アルんとこに行った子が、あのお兄ちゃんたちにもあげるーって言ったんだ。腹でも空いてると思ったんじゃねーか?」
そうだとして、俺達が貰っていいものかと思う。
「いいのか。子供達のだろ、これ」
「大丈夫。それ余りもんだし。余ったら俺達のもんっつー話だったから、特に問題なし。一応ルーさんにもその辺は許可もらってる」
「……抜かりないな」
「これで子供達の分が無かったら元も子もないしな」
「そうか」
それならと思い、遠慮せずに口に入れる。この町の教会で配布される食事は、質素な割に結構美味いものが多い。隣で盗賊も同じように頬張りながら、時折「美味い」と小さく呟いているところを見ると、それは、このパンも同じようだ。
子供の行動を受け止めて、それに対して礼を言ったり、逃げられただろうにわざわざ教会に顔を出したり……本当にただ盗むことしか考えない奴としては、こいつは優し過ぎる。いや、真面目過ぎる。そういえば、初めてエリーが奴に会った日、彼女はこいつに落とし物を拾って貰ったとか言っていた気がする。どこまでも生真面目な奴だ。
「……何だよ」
あまりにもまじまじと盗賊を見ていたせいだろう。ついに盗賊に怪訝な顔をされた。少しだけ言おうかどうか迷ったが、ええいままよと口を開く。
「お前、隠密とか静かで物騒なこと苦手だろ」
「え?」
俺が唐突に言ったために、盗賊より前に、状況が読めないらしいイージオが笑顔のまま固まった。が、状況が読めないのは、言われた盗賊とて同じこと。
「あ?」
「昨日一緒に行動してよくわかった。泥棒やるには注意力は散漫、詰めは甘い。そのうえ派手に暴れて目立つような行動が多い。何より無策もいいところだ。もう少し考えてから動けよ。そんなもんもう陽動の域だぞ」
「な、んだと……」
そう言う盗賊の声が震えていた。これが怒りから来ているものだということだとすぐに気付いた。しかし、この際だからと勢い任せでそのまま突っ走る。
「目立つ盗賊ってそれもう盗賊じゃないだろ。どっちかっていうと怪盗だろ。でもお前怪盗って柄でもないし……つか、大体お前盗賊稼業向いてない」
「て、てめぇ……」
黙って聞いてりゃ……と吠えかけた盗賊を、俺は「だから」と遮って続けた。
「だからお前、人助けの方が向いてると思う」
え……とだけ、声を絞り出して、今度こそ盗賊が固まった。と、ほぼ同時に、
「おお、確かに」
と便乗してきたのは、硬直が解けたらしいイージオだった。
「いーじゃんゼークト、人助け。お前その方が向いてるよ」
「な、勝手に決めんじゃねぇ!」
肩を組んできたイージオを、大声を上げながら払う盗賊。だが否定しない。
「大体、仮にやるとして、元盗賊が突然人助けしますっつったって雇い主居ないだろ」
しかもやる前提。満更でもないのか。
「じゃあ、うちに来いよ」
「は……?」
再び盗賊が固まる。俺も一瞬戸惑ったが、すぐに察する。
「オレ、オトノウルプスに本拠地があるギルド入ってんだよ。魔物やアンデッドの討伐とか、護衛とか、人助けの仕事ばっかやってんだ。お前のことアルから聞いたんだけど結構強いみてーだし、即戦力ってんならうちも大歓迎だぜ」
子供さながらの笑顔のイージオに対し、盗賊は随分と苦い表情だった。が、反論する暇はなかった。
「丁度良い。そのまま雇ってもらえ」
そう言ったのは、いつの間にか現れた神父。神父は盗賊の前に立つと、間髪も入れないままにぴしゃりと言い放った。
「今回お前が犯した罪に対しての処分を言い渡す。ゼークト・オーランジェ、今後一切の窃盗を禁ずる。人助けでもして罪を償え」
「は……はぁ!?」
当然、反感を覚えた盗賊が吠える。俺もさすがに目を瞠った。向き不向きとかではなく、稼業そのものを禁ずると来たか。しかし、処分を受ける当人ではないイージオは、実に清々しいほどの笑顔だった。
「おー、やったじゃん! これで心置きなく人助けできるぞ」
ばしばしと背中を叩かれる盗賊だが、最早あまりのことに返す言葉も出ないようだ。神父はその沈黙を肯定ととったらしく「決まりだな」と言って続けた。
「では、イージオがここに居る間は、教会に住み込みで働いてもらう」
「ちょ……何で」
「盗賊稼業を禁じたのだから当然だろう。それとも他に宛てがあるのか」
「ぐ……ね、ねぇよ」
「ならそれも決まりだな」
「ぐう……」
何も言えない盗賊は悔しそうに唸るが、それ以上何かをしようとはしなかった。
「それとお前ら……と、あとエリーにも罰だ」
「え」
ああ、やっぱり……。
神父の言葉に対し、俺はそうなるだろうと踏んでいたために済まし顔だったが、イージオは再び引きつった笑顔で固まる。恐らく考えていなかったのだろう。ことがこととは言え、俺達もかなり派手に暴れ回ったのだから、むしろ何かなければ示しがつかない。
「お前達には教会全体の雑用をやって貰う。これはゼークトにもさせることになる。やることも範囲も多いが、なに、お前達はたったひと月ほどだ」
踵を返したルークスさんに、げっ。と、盗賊とイージオが同時に音を上げる。しかし当然ながら、神父の下した決断が覆ることはなかった。
「マジかよー……ひと月って、たったっつえるもんじゃねーよ……」
「何言ってやがる、俺お前がオトノウルプスに帰るまでだそ……お前次の春先まで居るんだろ……今は夏の盛りもいいとこだぞ……」
「あー……うん、ドンマイ」
「てめぇ」
逃げ出すイージオを追い掛けて、木陰から飛び出す盗賊──ではなくなった少年。初夏と夜に垣間見えたあの炎のような思いは、また別の場所で、別の形で少年の糧になるのだろう。
しばらくの間、童心に戻ったが如く走り回っていたイージオ達だが、さすがの暑さに耐え兼ねたのか、へろへろになって再び木陰に戻ってきた。先に戻って来て座り込む少年に、一言。
「よかったな」
「はっ」
少年は、これ見よがしに眉間にしわを寄せて鼻を鳴らす。しかし否定しない辺り、やはり満更でもないのだろう。再びイージオに絡まれる彼の──ゼークトの口元には、小さくかすかにだが笑みが浮かんでいた。
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