Chapter:011
過程はどうあれ、結果的に上手い具合にエリーたちと別れることが出来た俺達は、勢いそのままに二階へ上がった。派手に暴れた俺達が、いつまでも一階に居続けてしまうと、隠れた拍子にエリーたちと遭遇しかねない。それを避けるため、また、この屋敷の主を探すために、階段を駆け上がる。
こういうことを企む奴は、基本的に高い所から下のものを見ているのが定石。という定義には、どうやら悪徳貴族を相手にしてきたらしい自称盗賊も納得のようだった。
二階では適当にふらつきつつ、最初に見張りの頭数を減らし、ある程度の地理がわかってから暴れまわることを始めた。当然、騒ぎを聞きつけて、最早見張りなのか侵入者なのかわからないような人相の悪い野郎達が現れては、即席の共闘でその場を制していた。即席、しかも連携とも言えないようなものだが、それでも何とかなっているあたり、盗賊自身もある程度の戦力があることは明白だった。今まで一人で戦ってきただけのことはある。まあ、後先考えずに動けることは、一人で戦ってきたからなのだろう。しかしさすがにアウェーで、かつ、初めて一緒に組む奴と居る時はやめてもらいたい。それを、俺は結果的に行動に移して伝えた。一階でのことがある程度身に染みているのか、以降は下手に動くことはかなり減った。
元々この屋敷は外観からしてそれなりの広さがあると思っていたが、中に入るとひと際広く感じた。真一文字に人が並んでも、二桁近くは歩けそうな廊下は、天井も高く、屋敷の端からは反対の端を見ることが出来ない程に長いものだった。豪華そうに見える装飾が規則正しく並び、付近にある照明によって煌びやかに輝く。そして少し歩く度に現れる扉も、さりげなくも金持ちの屋敷を思わせた。
やたらと装飾やら何やらに金をかけているように見えるのは、余裕の表れか。或いは貴族としての意地なのか。
そんなことを考えて歩いていると、とある扉の前で盗賊が立ち止まった。もう扉は開けているみたいだが、中々先に進まない。少し離れていた俺は小走りで盗賊に追い付き、どうしたと声を掛けた。
「書庫だ」
盗賊の答えは思っていたものとは異なっていたが、それでも返事があっただけ良しとする。
「……何なら調べるか? 今はこの辺には誰もいない」
脳筋なイメージがあった──実際そうなのだが──ためか、何でもない質問に一瞬変な間を空けてしまった。しかし当人は気にするでもなく頷いた。
「おう。ちょうど確かめたいことがある。あればの話だが」
扉の先を睨み付けながら、静かな声で盗賊は理由を口にする。
「わかった。なら、行こう」
明確な内容ではない。しかし、情報の宝庫に飛び込む理由はそれだけで充分。
入った先の書庫は、偶然開けた扉が部屋の端だったらしいが、この階の半分ほどを占める程の広さだった。この扉の前にもいくつか同じような入り口を見掛けたものの、きっとそこもここに繋がっているのだろう。となると、恐らくここに、この屋敷の情報のほとんどが管理されている可能性が高い。それくらいのものが保管出来るような広さなのだ。実際、かなりの量の本や資料のようなものが棚いっぱいに並んでいた。
だが、そうなると逆に、この中から欲しい情報を探すのは至難の業ともいえる気がする。神話が綴られた本、政治に物申す本、更には聖星術の指南書や、表紙だけでは何が書かれているのかわからない本など、入り口付近にあるものだけでも、すでに情報が多岐にわたる。
しかし、書庫に入ってからの盗賊は思いの外冷静だった。手あたり次第に本棚を漁るのではなく、資料と思しきものが収納されている棚に向かって行ったのだ。他には一切目もくれない所を見ると、目的は【本】ではない情報なのだろう。俺も後を追い、書庫を横切っていく。向かう先は書庫の最果て。俺達が入った扉とは対極に位置する場所。
棚の前に立ち、きっちりファイリングされて並べられた資料に手を伸ばす盗賊。手に取る資料を見て、俺は意図せず息を呑んだ。その背表紙には、八年前の某日の日付が記載されていたのだ。恐らく、盗賊の故郷が良からぬ貴族に奪われた日が。
該当の日付に関する資料はいくつかのファイルに分散されて保管されていた、盗賊が手に取ったのはその中でも「1」と明記されているものだった。開きはしたものの、内容はあまり見ていないようだ。読み始めたかと思ったらあっさり次へ進む、を繰り返していた。
正直、こいつが何を探しているのかはわからない。しかし、何もせずただ待つというのは如何せん落ち着かない。隣で資料を漁っている間、俺も同じ資料に目を通すことにした。盗賊が始めから読んでいるのであれば、俺は最後から読んでみよう、などと安直に考え、同じように資料を引き抜いた。そしてそのまま、開く。
中に記されていたのは、八年前、ウィンタルースの南であったとルークスさんから聞いた、悪徳貴族による徴収という名の搾取の結果と、その後についてだった。搾取を企てた者は、貴族達の中では中流階級のようで、搾取した金で上流に上がろうとしていたそうだ。結果的には早い段階で
早期的な終結とは言え、当時の住民の損害は多かれ少なかれ当然あっただろう。それが経済面であったり、身体的なものであったり、精神的なものであったり……。もしかしたら、現在もその傷が癒えていないものもいるのではないだろうか。
例えば、目の前に立つこの盗賊のように。
当の本人は未だに探し物が見つからないようで、資料をぱらぱらと
何か言いさえすれば、俺も「確かめたいこと」とやらを探すことが出来るのだが。そう思いはするものの、独り善がりな盗賊の行動を見ていると無理だなと悟る。今回のことだって、きっとエリーが居なければ一緒に行動することもちろんのこと、今回の侵入自体がまず出来なかっただろう。それくらい、全部自分で何とかしようとしているのだ。これではまるで──
「こいつは……!」
突如発せられた緊張を含んだ声で、俺の意識は現実に引き戻された。声の主である盗賊は、大きく目を瞠ったまま微動だにしない。
「……どうした?」
そう問い掛けるも、すぐに返答はなかった。少し待つが、やはり動かず応答なし。結果、俺がしびれを切らし「おい」と少し声を張ってようやく我に返ったらしい。盗賊は驚いたような表情で一瞬俺を見詰めてきた。その顔に俺も一瞬戸惑うが、それを含めてどうしたと訊いた途端、いつもの少し不機嫌な顔に戻った。
「……いや。何でもねぇ」
「…………そうか」
何かあったのは明らかだった。本来なら詰め寄るところなのかも知れないが、今回は敢えて言及させない。それで良いと思った。
そもそもの話、奴の行動の目的はあまり掴めていないし、俺達が勝手に盗賊に乗っただけなのだ。当然盗賊には、何を見付けたのかを俺達に伝える義理はない訳で、逆に言えば俺達も、盗賊の事情を全て把握する必要もないのだ。人として単純に気にはなるが。
少し大げさな勢いで、盗賊が資料を閉じた。確めたいこととやらはきちんと確認出来たのだろう。それ以上本棚の資料には手を伸ばさなかった。半分乱暴に手に取っていた資料も本棚に片付け、踵を返す。
「行くぞ。次の部屋荒らす」
「言い方……」
「暴れ回ってエリーちゃん達に目を向けさせないようにすんだろ」
ずかずかと歩いていく盗賊の言うことは外れていない。そのため俺は、不承としつつも溜息しか返すことが出来なかった。
何かを見付けてからも、盗賊は特に焦ったり、慌てたりといった様子はない。探し物は見つかったとみて間違いないが、焦る様子がないところを見ると、
どんな理由であれ、人の命を奪うことはあってはならない。
そんなことを思いつつ、黙々と盗賊の背中を追い掛けながら屋敷を回っていく。思考を巡らせている間に二階は粗方回った。とはいえ、部屋という部屋に入って、破損させても支障が出ない程度のものを選別しては軽く物色していった程度のものだったが。
また、偶然居合わせた貴族の雇われ傭兵たちは、見付け次第片っ端から気を失わせた。囮を買って出たのであれば暴れ回る方が良さそうだが、気付けば静かに事を終わらせようとしてしまっている。まあ、下手に体力を減らすより、こうした方が後の行動もしやすくなるだろう……と自分に言い聞かせて、今は良しとする。
その後は大したこともなく、俺達は二階の、まだ手を付けていない部屋に入り込んで、この階最後の物色を済ませた。今回の部屋は特に目ぼしいものはなかったが、まあ、時間稼ぎとしては充分以上に役目を果たせたのではないだろうか。一旦、この階で行うことはすべて終わった──と思ってしまったら、ホッとしたのか何なのか、知らぬ間に口から安堵の息が漏れていた。
部屋の端を物色していた盗賊に目をやる。あれ以来、随分と大人しく見えるが、それは冷静なのか、それとも何か考え込んで自分の世界に入っているのか。
「…………以前」
不意に、こちらに背を向けたまま、盗賊が静かに沈黙を破った。
「ウィンタルースのとある町で、貴族どもの横暴な搾取があった」
目を瞠った。神父から、或いはさっき見た資料から、見たり聞いたりした内容ではあるが、まさかそれを、当事者から聞けるとは思わなかった。俺は盗賊に向き直り、何も言わずに続きを待つ。
「逆らったら男は殺され、子供は道具として、女は娼婦として、貴族たちに売り飛ばされた。さすがにそん時は悪行が行き過ぎていたみたいで、すぐに
そうだろうと思う。盗賊の居た町は、その中でもかなり南方で、直線距離では世界の中央に向かうより、
「国の支援のおかげで町は活気を取り戻したが、まだきっと怯えている人たちだって居るはずだ。何せ悪行を行った首謀者は、捕まったとはいえ既に釈放済みなんだからな。いずれにせよ、汚ねぇ輩の横行が赦され、罪のない人々が震えながら生活しなきゃなんねぇ状況に耐えられなくなったどっかのバカは、もうその町から飛び出したみたいだが……」
そこで一度言葉を切る盗賊。どっかのバカとは、恐らく自身のことだろう。案の定、自称バカは嘲笑にも似た声を零し、続ける。
「まさか、流れ着いた町でも同じ首謀者が絡んだことが起きてるとは、これっぽっちも思ってなかっただろうがな」
「……どういうことだ」
盗賊はその声で振り返り、真っ直ぐに俺を見詰めて再び口を開いた。
「さっきの部屋の資料に、以前ウィンタルースであった貴族の横行を企てた主犯の情報が載ってた。記録としてそれが載ってるってんなら別にいいが、問題は、そいつが今、この町でも何か企んでるってことだ」
「同一人物なのか」
「ああ。今回のことを調べてる内に出て来た名前だったんだが、さっき見付けた資料ん中に同じ名前があった。それも前回のことを目論んだ張本人としてな。当時はまだガキだったし、そういうのを調べる方法も知らなかったから、誰がやったとか知る
「それで書庫を見付けた時に確かめたいことがあるっつったのか」
盗賊は、そうだと首肯する。
「別の貴族とかなら、とっ捕まえて神父にでも
だから……──。
言葉にならなかった盗賊の言わんとしたことが、音にならない声で頭に響いた気がした。正しいかどうかはわからない。しかし、俺が盗賊と同じ立場ならきっと言う。出来るかどうかは別として。
それ以降、盗賊はまた黙り込んでしまった。何故このタイミングで俺にあんなことを話したのか。俺なら……恐らく覚悟を決めるために話すと思う。話すことで、自分に言い聞かせるのだ。これから行うことに、どんな形であれ理由を伴うために。例えそれが、許されることではないとわかっていても。
まあ、俺が今ここに居る理由は、それを止めるためなんだが。
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