Chapter:010

 その夜、俺は例の屋敷のすぐ近くの、木々の間にあったあの入り口の前に立っていた。丁度良さそうな木にもたれかかり、来るべき人が現れるのを待つ。

 程なくして、人々が寝静まるにはまだ早く、しかし外で活動するには遅い時間──奴は現れた。

「今日も忍び込むのか」

 挨拶もせず問い掛ける。茂みから出て来た奴……ゼークトは多少驚いた色を示したが、声もなく振り返った。

「……何しに来た」

 嫌悪感しかない声が飛んでくる。当然だろう。こいつからしてみれば、俺はお呼びではない。というより、誰も呼んでなどいないのだから、邪魔と思うのは至極当然だ。

「お手伝いに来たんだよ、ゼークト」

 しかし、鈴を彷彿とさせるその声に、少年の雰囲気は一変した。

「え、エリーちゃん……!」

 敵意は一気に消え、その変化には思わず首を傾げてしまう。傍目に見ても動揺しているのがはっきりわかる程に、奴はある意味無防備になった。

「な、なんで……」

「だってゼークト、この屋敷に乗り込むんだよね? 私達も乗り込む理由があるから、それなら一緒に行った方がいいかなって思って」

 にこやかにそう言い、エリーは「どうかな」と、追い打ちの如く問い掛ける。

「う……」

 完全に言葉に詰まってしまった少年は、動揺のあまり俺を見てくる。

「そういうことだ」

 そう応えると、何とも言えない複雑な表情をされた。素性を知る相手は俺だけだ思っていた矢先に、まさか彼女が現れるなんて思ってもみなかったのだろう。

「……お前」

 話したな? という無言の圧力。対して俺は目を伏せるだけ。

 ちっ──と、奴は舌打ちをする。が、それだけだった。

「目的は何だ」

 始めより、少し雰囲気が柔らかくなった声で、盗賊は問い掛ける。

 俺とエリーは目を合わせる。俺よりも先にエリーが頷き、何も言わなかった。これは俺が答えろということなのか。

「町から消えたとされる子供たちの捜索だ」

 その言葉に、彼は眉をしかめた。

「……誰から聞いた」

「それは」

「子供を売った人からだぜ」

 俺の言葉に割って入って来たのは、エリーではなくイージオだった。

 林の中から聞こえて来た声に、警戒心剥き出しで振り向いた少年。

「誰だてめぇ」

 一方、イージオは敵意のない笑顔を向けて手を挙げる。

「オレはイージオ。大丈夫大丈夫、その二人のお仲間だから」

 再び見てくる少年に対し、俺とエリーは嘘偽りのないように大きく頷いた。

「…………頼んでなんかねぇぞ」

「そりゃそうだ。もともと頼まれてないしな」

 渋った声で言う彼に対し、イージオが笑って返す。エリーが居る手前なのか、どうやらきついことは言えないらしい。それ以上は何も言わなかった。

「どうだった」

 今度は俺がイージオに問う。奴には、少年が来るまでの間に、屋敷近辺の様子を確認してもらっていたのだ。

「正面突破はやっぱ無理だな。見張りが居るし、破ってってもそう簡単には入れそうにねーや」

「となると、ここから侵入するのが無難だな」

「そうなるね」

「まあここなら見張りもいないし、ちょうど窓だってあるし、入るにはもってこいだよな」

「位置的にはここ、裏口に近い場所だよね。でも、そっちには見張りは居ないね」

「ただ、何もしていないとは思えない」

「うーん……仕掛けがあるのかな」

「エリー、何かわかる?」

「ごめんイージオ、別の場所の力が強くて、裏口の方はちょっと難しいかな……でも、確かにアルの言う通り、何かはあると思うよ」

「そっかー」

「じゃあやっぱここか」

 そこまで話して、俺とイージオとエリーがそこで同時に頷くと、見計らったように少年が口を開いた。

「何勝手に話し進めてんだよ」

「え、なに、ゼークト何か情報持ってんの?」

 きょとんとした顔でイージオが訊くと、奴は眉間にしわを寄せて続ける。

「あ? てめ、気安く呼ぶんじゃ……つか、名前何で」

「まーまーいーから。ほら、行くんだろ、屋敷」

「そうだけど……いや、そうじゃねぇよ、人の話を……」

「いつまでもここに居たらそれこそ騒ぎを聞きつけて誰か来るかもしんねーぞ」

「てめぇが話聞きゃいいだけだろうが!」

 ぴしゃりと言い放った言葉が、続けようとしたイージオを遮った。

「お……っと……」

 たじろぐイージオが、彼の気配に押されて後ずさった瞬間。

「何だ、今の」

 少し離れた場所から、誰ともつかぬ声がした。とはいえ、俺達が知らない誰かとなると、声の主は概ね予測できる。

「やっば……」

 青ざめたイージオが小さく叫び、皆の空気が一瞬にして張り詰めた。

「ここに居たら見付かる。中に入るぞ」

 迷う素振りもなく、何度もここに来ているであろう盗賊が言う。俺達は快諾し、迫り来る足音から逃げるように、屋敷に忍び込む。

 屋敷の周りは少し高さがあったため、侵入する際はどうしても飛び降りなければならない。男たちはともかくとして、少女が──それもスカートの少女が飛ぶには、少しばかり難易度が上がる高さだった……。

 はずなのだが、どうしてかエリーは臆することなく飛んで来たため、逆に先に降りてしまった俺達が動揺してしまった。

 全員が彼女の飛ぶ瞬間に飛ぶ意味を察し、顔を背けたおかげで、彼女が恥を晒すことはなかったが、何か一言忠告を入れてくれたら心の準備ができたのにと思わざるを得ない。

 敵地とも言える場所で、流暢なことはやっていられない。俺達は早い段階で屋敷の中へ入り、人目に付かない場所に小さくなって集まった。

「……取り敢えずは大丈夫か?」

 小さく呟いたイージオに、俺達も周りを見て頷く。今のところは大丈夫そうだ。

 束の間、全員がそろって安堵の息を吐いたのは言うまでもない。

 さて──

 俺は、忍び込んだ理由を目的とするために、盗賊に向き直った。

「俺達の目的は、いなくなってしまったことになっている子供たちの捜索と救助だ。この屋敷に居ることは間違いないが、得た情報が中途半端だ。何か知ってることがあるなら教えてほしい」

 盗賊はかすかに眉間にしわを寄せたが、少しすると、やむなしと言った表情で口を開いた。

「その、親に売られたか捨てられた子供たちってのは、この下に居る」

「……下?」

 エリーが首を傾げると、彼は頷いて続けた。

「そう、地下室だ。ご丁寧に防音設備までそろえて、喚き声なんかを外に漏らさないようにしてな」

 盗賊はそのまま、指先でトントンと床を叩く。

「ただし、俺には入れない」

 その言葉に、叩かれていた床を見ていた俺達が一斉に顔を上げた。

「なんで」

 我先に問い掛けたのはイージオ。盗賊は顔を上げないまま、それに応えるかのように、指先ではなく今度は拳を床にぶつけた。

「強力な聖星術が施されてんだ。解くには相応の聖星力が必要になる。だが、俺は持ち合わせていねぇ」

「ゼークト……」

 半ば怒りとも思える行動をとる盗賊に、エリーは心配そうな声と顔で声を掛ける。

 そんな少女を見ながら、俺はぼんやりと考える。外で彼女が感じていた【強力な封印術のような聖星術】は、恐らくそれだろう。

「なら、その聖星術はエリーに任せたら良い」

 すると、俺達と同じように勢いよく顔を上げ、盗賊はかすかに「え……」と声を零した。

「わたし、聖星術には少し自信があるんだ。時間はかかるかもしれないけど、何もしないよりは……ね?」

 微笑のような、苦笑のような、少し複雑な表情でそういう彼女に、盗賊は目に見えて動揺する。

「で、でも……いいのか、こんなこと……」

「わかっててやるんだ。お前が何をしてきたのか」

 俺がそういうと、盗賊が苦い顔で俺に迫る。

「てめぇが話したからだろうが」

「でも、話したから彼女はここに来た。ここに来て、今できることで、お前に協力すると言ってるんだ」

「……大体、こんな薄汚れたこと」

「なら、もうお前は手を汚したのか」

「それは…………まだ、だけどよ……」

 まだ──ということは、いつかは汚すことを覚悟しているのか。或いは、例の貴族が最初になるということか。

 いずれにせよ、汚していないという事実は変わらない。

「なら、大丈夫だろ」

 素知らぬ顔でそう言うと、反論出来ないのか彼は口をつぐんだ。

 そんな中、エリーが俺の隣で朗らかに言う。

「規則はあくまで基準なんだもん。こういうのはケースバイケースだよ」

 その言葉に俺と盗賊は目を丸くし、イージオは若干引き攣った笑顔になる。

「……エリーってもしかして目的のために手段は選ばないタイプ?」

「ふふ、時と場合に依るかなあ?」

 ここで濁す辺り、彼女は食えない奴だと思う。エリーとは喧嘩したくないな、などと場違いなことを思ったのは心内に閉まっておこう。

「じゃ、エリーは聖星術解くために地下に行ってもらうかー」

 小さく手を叩き、イージオが提案する。「それでいい?」と、最早形式上でしか意味を成さないような確認だったが、それでも彼女は頷いた。

「うん。ただ、やっぱり結構時間がかかっちゃうと思う……」

「構わない。強力とも思えるその術が解けるならそれで」

 俺がそう言うと、イージオも併せて頷く。それでも申し訳なさそうなエリーだったが、俺達としては仕掛けられた聖星術を【解くことが出来る】だけで充分だ。

「ただ、それなら、時間を稼ぐ奴が必要だな」

 せっかく解くことが出来そうであっても、その前に彼女が捕まってしまっては意味がない。

 どうしたものか……と考える前に結論が出た。結果として、俺を含めた全員がゼークトを見る。考えることは同じか。

「……な、なんだよ」

「地の利があるゼークトがやってくれるなら、とっても助かるんだけど……」

「え……」

 上目遣いでエリーが言うと、ゼークトがたじろぐ。しかし、結果的に応えるしか方法がなかったようで、なんとも言えない顔で頷いた。

「よーし決まり。じゃあオレとアルも二手に分かれて行動すっか。オレが術を解くエリーの支援するから、アルはゼークトと一緒に時間稼ぎな」

「相談もなしに即決か」

 やや呆れて言うと、ウインクを返してくるイージオ。その顔には「その方が都合がいいだろ?」と書いてあるように見えた。

「……まあ良い」

 確かに俺達の目的は、ゼークトに宣言したように、子供たちの救助だ。だが、俺個人の目的は他にも在って、それは彼が大きく関わって来る。奴と行動を共にすることは、実際にかなり都合がいい。

 ただ、その盗賊本人はどうにも不服のようで、あからさまな舌打ちをされた。

「てめぇと組むのはどうにも納得いかねぇが、取り敢えず暴れりゃいいんだろ」

 不承とは言え、協力することには賛同してくれているらしい。しかし、盗賊のその言葉には、危ない大雑把さが垣間見える。

「とは言え適当じゃ意味がない。あくまで目的は時間稼ぎであって」

「んなもん、ドンパチやっといたら稼げるだろ。さっさと行くぞ」

「あ、おい、そんな迂闊うかつに飛び出したら……」

 俺の言葉を遮っただけでなく、盗賊は無作為に廊下へ飛び出す。これでは隠れた意味が──

「居たぞ! 侵入者だ!」

 恐らく屋敷を見回っていたであろう傭兵が近くに居たのだろう。タイミング的には最悪だ。

「げっ」

 反射的に苦い声をこぼす盗賊。自分のやったことの意味を察したようだが、もう遅い。

「ち……」

 俺も反射的の舌打ちする。思い通りにはいかないと当然理解はしていたが、まさかこうも初めからしくじるとは思わないだろう。

 最早隠れる気もさらさらなく、こうなったら表立って囮を買って出ることにする。本当ならもう少し様子を見た後にしたかったが仕方ない。

「悪い。そっちは完全に任せる」

 屋敷の奥の方に突っ走っていく盗賊を傍目に見ながら、俺はエリーとイージオに言う。

「おうよ。オレたちに任せなさーい」

「その代わり時間稼ぎはお願いね」

 二人は不敵な笑みと確かな覚悟を持った顔で応える。

「わかった」

 俺も同じように応え、先に行った盗賊の背中を追うために踵を返した。

 それにしても無計画にもほどがあるだろ!

 と、叫びたい。ただ、今そんなことをすれば、囮の意味がなくなるため、喉まで出かかっていた声を呑み込む。

 少し先を走る盗賊は、何人かの見張りを上手く引き込んだようだった。前方の連中以外に追い掛けてくる気配がない所を見ると、徘徊している奴らがまとめて釣れたとも言える。

 ただ前だけ見て真っ直ぐ走っていた盗賊は、目の前が突き当りに差し掛かる際、一瞬だけ後ろに振り返った。不本意だろうがしっかり俺達は目が合った。アイコンタクトのようなものはなかったが、恐らく突き当りを曲がった後、何か仕掛けるのではないかと思うには充分だった。

 屋内での戦闘はどうにも苦手なんだけどな。と言う文句も心の中にしまう。俺はぐっと足に力を込めて走る。請け負ったからにはやるしかない。

 曲がって消えていった御一行に続き、俺もその先へ進んだ直後、思っていた通り、盗賊が仕掛けていた。こちらに振り返り、見張り達と向き合っていたのだ。その見張りも、俺の足音に気付いたらしく、飛び出すや否やあっという間に俺も敵として組み込まれた。

 盗賊を追い掛けて来た見張りは、全部で四人。

「殺せ!」

 見張りの一人が声を上げた。開口一番がこれとは、物騒極まりない。せめて捕獲とかではないのか。そんな連中はきれいに二人ずつに分かれ、俺と盗賊に牙を剥いてくる。あいつは腰から、携えていた湾刀を引き抜き、応戦しているようだ。

 当然ながら、俺にも襲い掛かって来るために、男たちが勢いよく向かってくる。それが容易には止まることが出来なくなったであろうタイミングで、俺は左足で床を強く叩きつけた。刹那、叩きつけた床を中心に、鮮やかな青の──氷瓶ひょうへい属性を指す色の聖星陣が浮かび上がった。と、ほぼ同時に、間髪も居れない間に、ゼークトのすぐ近くまで廊下が凍結した。

「なっ……」

 見張り達は声を上げ、何とか対処しようとしたが、動揺はそれなりにあったようで、適応する前に、揃って派手に滑ってそのまま倒れこんだ。起きないところを見ると、脳でも揺らしたのかも知れない。

「マジか……」

 小さくぼやく盗賊。その声で、不意にどうしてもこいつに言っておかなければならないことを思い出した。氷の聖星術を発動させた特権で、俺はどう歩こうが滑ることはない。ずかずかと歩いていき、盗賊の目の前に立ち、勢いそのままに口を開く。

「バカかお前、無計画過ぎんだろ!」

「う、うっせぇ! 何とかなったんだから結果オーライじゃねぇか!」

「お前……あのタイミングだと、下手したら囮どころじゃなかったかも知れないんだぞ」

 若干、その言葉に盗賊が眉をしかめた。

 と、まるでタイミングを見計らったかのように、倒れていた見張りの誰かがうめき声を上げた。俺と盗賊に緊張が走る。が、それだけだったようで、起きる気配はなかった。

 俺は安堵の息を吐き、次のことへと頭を切り替える。

「俺達の目的は、あくまで時間稼ぎだ。暴れるのにもタイミングってもんがある」

 きっぱりと言い放つと再び眉をしかめてきたが、反論はなかった。

 ただ、行くぞと俺が言った際には、指図するなということなのであろうか、これ見よがしな舌打ちを返された。

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