Chapter:009

 完全に泣き崩れた女性を見て、これ以上の話は出来ないと判断した神父は、俺を退室させた。神父自身は、恐らく落ち着くまで見守るつもりだろう。

 見守るのが俺でなくて良かったと本気で思う。そういうのは苦手だし、まして相手は子を持つ母親だ。接し方がわからない。

 部屋を出る際、神父について来たところとは違う方に向かえと言われた。首を傾げつつもその通りに従うと、教会の玄関とも言える身廊に出た。

 これで、何故基本的には入れない教会の奥で、彼女が待っていたのか合点がいった。

 彼女はこちらから来て、ここで神父と話をしてから、奥に案内されたのだ。確かにこちらの方が通い慣れている分、迷わずに済む。

 太陽に照らされたステンドグラスが、神秘的に輝く。その不思議な感覚に浸っていると、前触れなく表の扉が開いた。

 反射的にそちらに目を向ける。

「あれ、アル?」

「イージオ」

 片手を挙げて振りつつ、軽快な足取りと笑顔で向かってくるイージオ。

「どうした?」

「それオレのセリフー」

「何だそれ」

 そう苦笑を返すと、イージオは爽やかな笑顔で改めて「どうした?」と同じ言葉を選んで来た。

「俺はルークスさんから情報提供があってな」

「そーなの? オレは逆にルーさんに情報提供するために来たんだけど……言いたい本人居るから別にいっか」

 その本人とやらは俺という事か。

「ただ……」

 辺りを見渡しつつ、イージオの表情が歪む。

「こういう場所でする話じゃねーよな」

「……というと?」

 確かに子供達が行方不明になるという件については、人身売買が絡む。神聖なこの場でするべき話ではないかもしれないが、俺がそれを知ったのは、さっきの女性の話あってだ。口をつぐむという事は、イージオも似たような情報を手に入れたという事なのだろうか。

「それが──」

 イージオが切り出した瞬間、今度は身廊の奥のドアが開いた。

 出て来たのは、先程の女性。何度かルークスさんに頭を下げた後、こちらを振り返る。そして俺と目が合ったために、もう一度、今度は俺に向けて頭を下げて来た。俺も釣られて頭を下げる。

 俺達とすれ違うタイミングで、女性が足を止めた。

「よろしくお願いします」

 震える声でそう言われ、何度目ともわからないお辞儀。

「…………わかりました」

 俺にできるのは、そう答える事だけだった。

 出口に向かう彼女は後ろ姿で、表情はわからない。

 扉の先に彼女の姿が消えた途端、それを待っていたかのようにイージオが口を開く。

「今のは?」

「消息不明の子供の母親のひとりだ」

 ああ。と頷くイージオは、腕を組んで続けた。

「じゃ、被害者兼加害者ってとこか」

 出口に目を向けたまま話をしていた俺は、その言葉に驚いてイージオに向き直った。

「お前……」

 思わずそう言うも、その先は止められた。

「続きは奥で聞こう」

 ルークスさんのこの一言で。

 俺達はルークスさんの後について行き、教会の奥へと向かう。イージオはどうやら初めてここを通るらしく、目を輝かせていた。

「教会の奥ってこんななんだな!」

 まるで探検に来た子供のようだ。

 やがて奥の、今しがたまで俺達が使っていた部屋に再び案内される。

 入るやすぐに、イージオは中央のソファに深く座り込んだ。遠慮の欠片もない……いや、遠慮するようなものでもないのか。

 俺も向かい側の二人掛けのソファの端に腰掛けると、今回はルークスさんも隣に座ってきた。

「加害者とはどういう事だ?」

 早速と言わんばかりに切り出すルークスさん。イージオは頷いて応えるように口を開く。

「あー、居なくなった子供達ってのは、親に捨てられたか売られたかのどっちからしいって話っすよ」

 俺は目をみはる。捨てられた子供も居るのか。

 で。と、一息置いてイージオが続ける。

「噂になってる"行方不明"の子供達は、親から売られた子達を指すみたい。でも、実際にはそれ以上の……もしかしたらもっとたくさんの子供達が、貴族の元に集まってるかも知れないって聞いたんです」

 俺とルークスさんは顔を見合わせる。俺は当然ながら知らなかったが、同じようなリアクションという事は、ルークスさんも知らなかったのだろう。

「捨てたにしろ、売ったにしろ、そんなの許されるものじゃない。だから加害者か」

「そーゆーこと」

 改めて向き直り、確かめるように問うと、イージオは大きく首を縦に振った。

「あ、そうそう、それともう一つ」

 ぽん、と手を叩き、イージオが再び声を上げる。

「例の屋敷のお貴族サマなんだけど、昔ウィンタルースでなんかやらかしたらしいぜ」

「なんかって何だよ」

「なんだっけ……でも似たようなことだったんじゃね? 詳しいことはあんまし聞けてねーや」

「適当だな……」

 呆れ顔で返しつつも、頭の中で何かが引っかかった。

 そういえば何年か前に、そんな噂を遠巻きに聞いたことがあった気がするのだ。

 ウィンタルース……確か南の方でそんな噂を──

「八年程前だな」

 完全に長考に入っていた俺は、隣から響くその声に反射的に肩を震わせた。

 声の主はルークスさん。

「心当たりがある」

 俺とイージオの視線が、一気に神父に集まる。

「八年前、ウィンタルースの南に位置するとある小さな村で、貴族達による大々的な徴収が行われた。だが、徴収というのは名ばかりで、実際は搾取に近いものだったようだ」

 俺とイージオは揃って苦い顔をする。過ぎたこととはいえ、かつてそんなことが行われていたとは思いもしなかった。

 良からぬこと、という話であったがここまでとは思っていなかったのだ。

「幸い、かなり事が大きく動いていたために、Civitasキヴィタスが動き出すまでも早かった。おかげで被害は最小限で済んだが、住民達の精神的な傷はそう簡単には消えないだろう」

 Civitasキヴィタス──いわゆる世界の秩序を担う国家組織の名称だ。俺やイージオ、エリーに、依頼としての街に来るように仕向けた人も、その中に含まれる。

 他はどうか知らないが、俺をここへ向かわせた人は、その中でも幹部クラスに属するという話を聞く。

 そうか、国家キヴィタスが動くほどともなれば、辺境に住んでいた俺にも、噂が流れてきてても可笑しくない。あまり覚えてはいなかったが。

 ただ、と、ルークスさんが前置きをしたのは、俺が情報の整理をつけたその瞬間だった。

「問題は、その村がゼークトの出身地だということだ」

「えっ……」

 一瞬、時が止まったように俺は固まる。

「…………ゼークト?」

 イージオが首を傾げた事で、我に帰った。

「って誰?」

 そうだった、こいつはゼークトを知らない。

「例のコソ泥って奴だ」

 そう答えると、傾げていた方とは反対側にまた首を傾げるイージオ。だが、少しの間沈黙が降った直後に目を大きく見開いて叫んだ。

「あー! 朝の!」

 今朝方話していたことを思い出したらしい。

「なーるほどねー。それで大丈夫っつってたのかー。……でもさ、なんで今朝のタイミングでそれ言わなかったんだ?」

「それは……」

 エリーはゼークトが泥棒だと知らないにも関わらず、その話を振ったらどうなるか、という事なのだが──

「……隠していても意味は無いか」

 俺はそうかぶりを振って続けた。

「エリーが最近知り合ったそうだ。コソ泥とは知らずにな」

「……ああ……そういう」

 何とも言えない表情で頷くと、イージオはそれ以上の詮索をやめた。

 と、ほぼ同時に、隣からパチンと何かを弾く音が聞こえた。

 見れば、ルークスさんが懐中時計を握っていた。それをそのまま懐にしまうと、ゆっくりと立ち上がる。

「私はそろそろ仕事に戻る。後のことは任せた」

 俺達は揃って「え」と声を上げる。

「え、あ……いいんですか、俺達で」

「元々見込んでいた話だ。私はまだ手を出すことが出来ない。何かきっかけを作りさえしてくれたら、最後は大人達で何とかする」

 では。とさっさと話を締め、神父は踵を返した。

「か、かっけー……」

 閉じられた扉に向かって、イージオが呟く。俺としてはかっこいい半分、無責任半分と言ったところだが。

「んで」

 完全に神父に意識が向いていた俺を、イージオがその声で引き戻す。

「ルーさん居なくなったけどさ、そのゼークト? って奴の出身地がその村だと何が問題なんだよ?」

 俺はほんの少しだけ眉をひそめた。

 考えられることはだいたい決まっている。ルークスさんもそうだからこそ、恐らくは問題だと言ったのだろう。

 だが、それでも俺個人の推測だ。

「確信的な話じゃないが」

 予め前置きを据えて、俺は続ける。

「悪徳貴族を狙う目的も理由も、復讐なんじゃないかって事だ」

「復讐?」

 今度はイージオが眉をひそめた。

「故郷をめちゃくちゃにした復讐ってか?」

「あくまでも仮定の話だ」

「ふーん……」

 独りごちながら、イージオは頬杖をつく。

「……んー、復讐ねぇ。……復讐かー……」

 しばらく流れる沈黙。お互い何かを切り出すことをやめたような空気。

 やがて、ぽつりとイージオが再び呟いた。

「復讐なんてろくなもんじゃねーよな」

 俺に言ったのか、それとも単なる独り言か。よく分からないその言葉に俺は取り敢えず「そうだな」と返す。

 身体を小さくしていたことに気付き、急に窮屈さを感じた俺は、柔らかなソファの背もたれに大々的にもたれ掛かった。浅く座っていた分、ほとんど倒れるようになり、姿勢などお構い無しに大の字になる。

 どこともつかないどこかを眺めつつ、ぼんやりと考える。

 復讐なんてろくなものじゃない。であるならば、復讐なんてものは止めるべきなのではないだろうか。その復讐とやらが、命に関わることであるなら、尚更。

 かと言って、道端でそんなことを言っても止まるとは思えない。止めるなら、その瞬間に止めなければ。その瞬間に立ち会って。

 不意に、去り際のルークスさんの言葉がぎる。

 ──何かきっかけを作りさえしてくれたら。

 刹那、頭の中で何かが弾けた。

「そうか」

 勢いよく身体を起こし、立ち上がると、その様子をイージオが間の抜けた顔で見上げていた。

 いまいち理解が追い付いていないイージオに、俺はいつかの提案を返す。

「出来るかもしれないぞ、悪役」

「…………え?」

 イージオは、ひたすらにまばたきを繰り返すだけだった。

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