第02章 炎熱なる想い

Chapter:006

 心地よい春風が徐々に熱を帯び、太陽が射す光が強さを増し始めた初夏の今日この頃。

 プリモタウン内に、妙な噂が流れていた。

「町の子供が行方不明に?」

「ってルーさんが言ってたんだよなー」

 物騒な話だと思いながら、俺はイージオの話に耳を傾ける。

 トレードマークだった赤いジャケットは、この時期には不要のようで、今は前も後ろもがっつり空いたベストに白いカッターシャツを着ている。以前、上着が無くなるだけで随分落ち着いた雰囲気になると言ってやったら、雰囲気だけな、と言われた。自身に落ち着きがないことは自覚しているが、矯正するつもりは毛頭ないらしい。

 教会施設内にある大きな食堂は、当然ながら食事処だが、それ以上にコミュニケーションの場として重宝されている。訪れてみたら大抵は誰かが飯を食っているか、情報交換をしているかのどちらかになる。

 俺達は前者からの後者。午前中の見回り(という名の散歩)から戻ってみたら、偶然イージオと鉢合わせた。流れでそのまま一緒に昼食を取っている最中に、そんな噂話を聞かされたということだ。

「今月だけで三人目とか何とか。全部町の外れの方らしいからそれが法則性だろうって言ってたぜ」

人為的じんいてきか」

「じん……何て?」

「人為的。偶然じゃなくて誰かが計画して行った、みたいな解釈でいい」

「おー、それそれ。そんな感じじゃね」

「……ふーん」

 頬杖をつきながら、ぼんやりと考える。

 そんな物騒なことが、この町に起こることが少々不思議だった。もっとも、あの堅物で生真面目そうな神父が、そう長く放っておくとは到底思えないが。

「アンデッド以外にも問題が出てくるとなると、あの人も大変だな」

「むしろ今までの治安が良すぎたのかもなぁ」

 イージオが腕を組みながら言った言葉に、確かにと思う。

 いくら穢れなき神父という代名詞があったとしても、平和が長く続けば続く程、それはただの肩書に成り下がってしまう。威厳がなくなれば、神父と言えどただの人だ。

「ルーさんが神父として大活躍できる機会があればいいのに」

 治安回復を狙っての活躍を指すなら、本人だけでは成り立たない。

「必然的に悪役が必要になるだろ、それ」

「あ、確かに。──オレらでやる?」

 何という提案。

 内心驚いたが、それを外に出さず平静のまま応える。

「明日から町の人たちに白い目で見られてもいいなら」

「それは……しんどいな」

「なら、やめとけ」

「ですねー」

 諦めたようにイージオが息を吐いたところで、俺達の昼食は終わった。お互いにまた適当な時間まで、散歩のような見張りのようなものをするために、それぞれの行きたい場所へ向かうことにし、食堂を後にした。

 イージオが復帰して、数週間が経過していた。

 春のあの一件以来、俺は二人を下手に避けることはやめた。

 避ける必要がなくなったのもあるが、一番は避けても寄って来るからだ。怪我をする前と全く変わらない。変わらないから、避けることをやめた。

 会えば普通に会話し、何かあれば行動も一緒にする。頼まれごとがあれば付き合うし、かと言って無理に一緒に居るわけでもない。普通……本当に普通の仲間同士の関係として成り立っている。今日のイージオがそうであるように。

 気負いせず毎日を過ごすようになってからは、随分と時間経過が早い気がした。この町を訪れた時は必需品だった群青色のダブルボタンのジャケットは、イージオ同様に今や部屋のクローゼットの中で眠っている。代わりに中に着ていた黒のフォーマルなベストが顔を出し、袖口も七分程までまくっているのだが──

「……暑い」

 北の辺境の生まれの身としては、初夏のこの気温でも、なかなかに堪えられないものがあるように思えた。

 昼下がり、教会の外れ。食後に襲い来る眠気と戦いながら、木陰になる場所にを見付け、俺は強い日差しから身を守っていた。

 町の見張りといったものの、実際は散歩と同然。それを行う理由も、アンデットが現れた際に現場に向かいやすくなるかもしれない、というもの。あとは、特にイージオに関しての話だが、じっとしているのが性に合わないからというのもあるらしい。因みに俺は、じっとしているのは構わないが、屋内に留まるのが苦手故に、外に出ている。

 しかし、最近はあまりアンデット達も群れを成さず、まともに出撃するのは二、三日に一度程度。戦うようであれば、暑さなど忘れるのだが、何もしていないと暑さにばかり気を取られ、どうにも気が滅入るばかりだ。

 と、不意に、遠くから声が聞こえた。

「離せ、くそ神父!」

 声は少年のそれだったが、聴いた記憶のないものだった。

 神父……?

 この町に神父と言ったら、穢れなき神父以外に考えられない。それにしても、神父をくそ呼ばわりとは、ある意味で度胸のある奴だな。

 気になってしまい、声のする方へ近付いてみる。どうやら教会の裏手、人がほとんど通らない場所に居るようだ。

「また貴族の屋敷を狙って、夜な夜な盗みを繰り返してるそうだな」

 少年とはまた違う声。こちらには大いに聞き覚えがある。やはり一緒に居たのは穢れなき神父と謳われる、ルークスさんその人のようだ。

「うっせぇ、てめーにゃ関係ねーだろ」

「悪いが依頼が来ている。コソ泥を捕まえてくれと」

 荒々しい少年とは正反対に、淡々とした声が語る。

 その様子を、建物の陰からかすかに顔を覗かせて探る。見えたのは神父と少年の横顔。

 光の度合いで黒とも紺とも見える修道服は、相も変わらず。聖職者であるために、肌の露出は当然控えるべきなのだろうが、これから先大丈夫なのかと少し気になる。修道服にも夏服のようなものは存在するのだろうか。

 神聖な雰囲気の衣装に身を包むルークスさんは、落ち着いた声のわりには呆れたような顔をしていた。

「知るか」

 吐き捨てるように言い放った少年は、ワックスか何かで頭を掻き上げているようだった。遠くからでもはっきり見える髪は金。エリーと同じ髪色だが、女子のそれとはやはり違うようだ。目は性格を表したかのように鋭い三白眼で、神父を睨み付ける瞳孔は熱を思わせる橙色。

 首元と右腕には茶色のマフラーにアームガードが巻かれ、手には更に濃い茶色のグローブしているようだ。全体的に山吹色を基調としたシャツとズボンに身を包み、シャツの上には緑のベストを羽織っていた。

 コソ泥というのが本当なら、いささか目立だつ色合いのため、なかなか職業とは不釣り合いな格好だと思う。

「今回は見逃すが、次はないぞ」

 その優しさに舌打ちを返し、少年は踵を返した──と思ったらこちらに向かってきた。どうやら俺に気付いてはいないようだが、このままでは鉢合わせになる。土壇場で近くの茂みにしゃがみ込むことで隠れ、何とかその場でしのごうとする。息を潜めていると、少年は俺に気付くことなく歩き去って行った。

 完全に気配が消えた後、溜息が聞こえた気がした。俺ではないのだから、恐らくルークスさんだろうが……。

 立ち上がろうとして、小枝か何かを踏んだらしく、乾いた音を鳴らしてしまったようだ。

「誰だ?」

 折れた音はしっかり鳴り響いていたようで、鋭い声が飛んで来た。このまま隠れることは出来ないと悟り、申し訳なさそうに茂みから出る。

「お、俺……です」

「アル」

 音の正体が俺だとわかり安心したのか、その声には少しだけ安堵の色が混じっているように思えた。

 すみませんと謝るが、ルークスさんは大して気にしていないようだった。ならばと思い、気になった事を問い掛ける。

「今のは……?」

「何だ、見ていたのか」

「はい」

 多分途中から。と、さりげなく付け加え、頷く。

「そうか」

 ルークスさんは考え込むように口元に手を当て、黙り込んだ。聞いてはいけないことを聞いたのではと思った途端、唐突に神父の口が開いた。

「あいつはゼークトと言ってな、少し前にこの町に流れ込んだようだ。……だが、どうやら盗賊のようなことをして荒稼ぎをしているらしい」

「盗賊……」

 そのくせ顔はバレてるのか。名ばかりな気がするが黙っておこう。

 神父は続ける。

「貴族達からの要請があって、あいつを捕まえることになってるんだが……もう少し上手くかわせないものか……」

「……聖職者が窃盗を推奨していいんですか?」

 やれやれと首を振る神父は、貴族ではなく少年の身を案じていた。

 捕まえることが貴族からの依頼なら、肩を持つべき相手は違うはずだ。それに、さっきのまま牢屋にでも入れてしまえば済む話なのでは。

「時と場合にる」

 真意が読めない俺は、理由の見当がつかず、首を傾げる。

 俺の疑問を察したのか、神父は消えてしまった少年の背中を見詰めながら、その答えを小さく呟いた。

「あの少年が相手をしているのは、いわゆる悪徳貴族の輩なんだ」

「……悪徳」

 そんな奴らが本当に存在しているのか。

 神父は首肯して続ける。

「どこの町にもそういう者は居ると心得ていたが、実際に動き出すと面倒でな。わからない間は下手に手を出すつもりなどなかったが、最近は横暴が行き過ぎているようだ」

「子供が行方不明という噂ですか」

「……イージオから聞いたか。そうだ。恐らく関係しているだろう」

 情報をくれた相手と、関係性の推測、両方に肯定したとして頷く。

「行方不明になる子供の住所に法則性があると、あなたに言われたと言ってました」

「そんな話もしたかも知れんな」

 イージオに話を聞くまでそんな噂すら知らなかったが、立て続けに似たような話を聞いてしまえば、情報が紐付くのは必然に近い。

「あの自称盗賊を逃がしたのも、悪徳貴族の行いを浮き彫りにさせるため……なんですか」

「簡単に言えばな」

「そのまま捕まえることはしないんですか」

 畳みかけるように問い続けると、神父の表情は難しくなる一方だった。

「如何せん証拠が足りない。決定的なものを掴むのがもっともだが、掴めるほど楽な相手ではないようだ」

 なるほどと思う。確かに、手を出したくても出せないというのは、何とも歯痒いものである。

「穢れを持たない神父と言えど、人の穢れ──或いは邪な思いまでどうこうすることはできないものだからな」

 確かに聞こえたその言葉には、諦めとは別の違う何かが含まれている気がしたが、それが何なのかはわからなかった。

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