Chapter:002

 必要以上に間を詰めては、懐に入り込む。それが意図的でなくとも、簡単に出来てしまう。或いは無意識にやってしまう。

 あの二人は、そういうタイプだ。

 それは同時に、俺が苦手なタイプでもある。

 初めて会ったあの日以来、俺はなるべく一人で居ようと努力した。

 朝食に向かう時間をずらしたり、二人には何も言わずに町を散策してみたり、とにかく一人の時間を作っては、延々と消費していった。

 とは言え、アンデッドが現れてしまえばそれも終わりである。

 神父が施した聖星術は思いの外的確で、発動が一瞬とは言え、発見に困ることはなかった。

 因みに言うと神父の聖星術の【発動】は、何かを閃いた時の感覚と似ている。ピーンと、まるで良いアイデアでも思い付いたかのような感覚と。

 そんな生活にも少しずつ慣れ始めつつある今日この頃。

 今日もまた、その【発動】の感覚が、脳裏をかすめた。

「北か」

 感知場所は、町の北。

 俺が今いる場所は、プリモタウンの中心からわずかに南下した位置にあたる。

 この距離だと、全力で走っても二十分は掛かる。

 が、そんなこと、万が一にも一般市民が襲われたとしても言い訳にはならない。

 俺は北を目指して走り出した。

 神父の聖星術である『穢れの感知』は、どうやら施した本人と増援として送り込まれた俺達にしか与えられていないものになるらしい。

 町の住人はもちろんのこと、驚いたのは教会で働く修道士達にも付与していないとのこと。

 ということは、あの神父は今までたった一人でこの町を守って来たことになる。

 人をまとめる神父として、町を守る傭兵として、ひたすらに、たった一人で。

 ……見上げた志だ。

 それで何とかなっていたこの町だが、ついに一人では限界が来た。だから俺達を呼んだ。

 そういうことらしい。

 町の様子は、何も変わらない。

 変化を知るのは、俺達だけ。

 町の中心へと向かう人の流れに逆らいながら、走り続けること十数分。

 金に輝く後姿を捉えた。

「アル!」

 自己紹介をしたあの日、名前だけ名乗って出て行ったはずなのに、翌日会った時には、違和感などなくあだ名で呼ばれてしまった。恐らくは神父か、あいつか、或いは両方か。

 ともあれ、否定するのも面倒で、放っておいた結果がこれだ。

 振り向きざまにあだ名で呼ばれ、一瞬だけたじろぐ。後ろに目でも付いてるのか。

「あいつは」

 名前は呼ばない。それでも伝わる。

「イージオなら前線で戦ってるよ、私達も行こう!」

 いつの間にか召喚したらしい杖棍棒を握り、彼女は更に北へと走り出す。

 俺も、輝く後姿を追い掛けるように走り出した。

 プリモタウンは、町を覆うようにして森が広がっている。正確には世界の中心がある北の方には森というほどのものはないが、それでも多少に樹々は並んでいる。馬車でこの町を訪れるのは、どうにも難しいものがあるらしく、人以外にも貨物も、よくレールの上を揺られてくるらしい。

 そんな、ある意味町を覆い隠している林を抜けた先で、赤いジャケットを羽織ったあいつを見付けた。

 片手剣を武器としている割に、その剣捌きは妙に軽々しい。腕ではなく、主に手首を使った剣筋は、片手剣にしては随分しなやかなものだった。

 初めて奴の戦い方を見てから思うが、なかなかに特殊なものだ。

 下手に振り回すでもなく、型にはまらず、ある種の自由奔放さに非常識すら感じるが、でも決して素人ではない剣捌き。

 その隣でぐったりと力なく倒れるのは、アンデッドの中でも理から外れた初期の存在。

 通称【レムレース】。簡単に言えばゾンビのようなものだ。

 つんざくような悲鳴をあげる、骨と皮しかないようなレムレースは地に伏せた瞬間、それは色も生命力も失い、ガラス細工のようになって、砕けた。

 昇華。

 俺達は、そう呼んでいる事象。

 アンデッドという存在は、穢れをその身の上限以上に取り込んでしまったことで起こる、一種の突然変異とされている。

 変異とは、理から外れること。

 そして、理から外れる以前の生命は、主に人間。

 何らかの理由で穢れを大量に浴びてしまい、体が耐えきれなくなった時、人は生きた屍と化す。

 解き放つ方法は、その生命を終わらせること。

 何せ、アンデッドは自ら死ぬことを許されない。誰かが死に導かなければならない。

 アンデッドに引導を渡す時、蓄えられた穢れは浄化される。その証拠が、死に間際に起こるクリスタル化。そして、生命の終わりを告げるかのように直後に身体が砕けるのだ。

 その一連の流れを、この世界では『昇華』と呼ぶ。

 あいつの周りには、昇華したと思しき破片が散りばめられており、太陽の光を浴びて輝いていた。

 俺は右手で、胸にあるペンダントを握りしめた。握った手からは淡い青の光が溢れていく。光は瞬く間に形を変え、身の丈半分ほどの弓と化した。そして左手には、氷の矢を携える。

 本来ならば構える手は逆になるが、俺は利き手が左になる。そのため、習得した大半の技術は左右反対で扱うことになる。弓矢の技術も例外ではない。

 左手で矢を持ち、真っ直ぐ縦に構えて弦を引く。

 また一体、あいつがレムレースを昇華させた。

 しかし、そのちょうど死角から、別のレムレースが襲い掛かる。

 一瞬反応に遅れたあいつが、しまったという顔をした瞬間。

 俺が放った氷の矢がものの見事に命中し、肉体の表面を容赦なく凍結させ、死に損なった屍の生命力を根こそぎ刈り取った。

 事切れたレムレースが、凍ったまま昇華する。

 ゆっくりと振り返るあいつの表情は何とも言えない驚きのそれだった。

 しかし、誰が助けたのか分かった瞬間に、驚き顔はにやけ顔に変わる。

「遅かったじゃねえの」

 それには応えず、俺は走り出した。「つれないねぇ」という気の抜けた声を背に、向かう先は樹々生い茂る林の中。適当な高さがある木を一瞬で品定めし、選んだ一本に登る。

 よし、よく見える。

 弓を射る以上、目標とはある程度距離を置くべきだ。それにきちんと当てたいなら、高さも必要になる。放物線を描きながら飛べば、距離は出るがスピードが出ない。スピードだけを見てしまえば、飛距離がない。

 が、そこに高度を足せば、重力の法則に従って距離もスピードも出るという話だ。

 下では奴が、先陣を切って戦っている。

 その後ろで、あの娘が聖星術で応戦している。

「エリー、援護!」

「うん!」

 息の合ったというのは世辞に近いが、それでも連携は形を成すようになっていた。

 剣を片手に、切り込み隊長と言わんばかりに突っ走るあいつを、聖星術で的確に援護する少女。

 彼女の得意分野は聖星術せいせいじゅつ。武器とするのは、身の丈より長さのある杖棍棒。杖の先には顔より少し大きい水晶があり、その下にはリボンが巻かれている。水晶は、彼女の聖星力と穢れを術にするため根幹を成すものだという。

 人は本来、生まれ持った属性さえうまく扱えたら良い方なのだが、彼女は大半の属性を使いこなしてしまうらしい。実際、ここにきて戦っている間に、下級程度の聖星術なら全属性発動したのではと思うほど、聖星術は多岐にわたる。

 彼女が持つ生まれながらの属性は水魚すいぎょ──水を司るもの──だが、得手不得手を微塵も感じさせない。頼めば大体は応えてくれる。

 束の間、アンデッドの襲撃が、わずかに引いたその瞬間。

 奴が走り出した。迫り来る周囲のアンデッドを他所に、ひたすら走る。

 差し迫るアンデッドはというと、突如として発生した稲光やら炎やらで、瞬く間に昇華していった。

 あの娘が的確に、あいつを援護しているのだ。

 俺は弓を構え、二人のずっと先を睨み付ける。

 数はあれど、危険視するほどではなく、俺が手を出さなくとも何なく終わりそうな規模だとわかる。向かってきているのは、アンデッドの中でも下級の部類ばかり。

 だが、それでも何かしら働かなければ、あの二人もさることながら、神父にまでお咎めをもらってしまう。それは下手に二人から絡まれるより面倒なこと。

 ──少し手伝うか。

 二人のはるか先、アンデッドの群れの最後尾目掛けて、ひと際強く矢を放つ。見事な放物線を描きながら、矢は吸い込まれるように最後尾の中心に立つアンデッドに深々と突き刺さった。

 息する間もなく冷気が広がり、集団の後方が一気に弾けた。

「おお! すげーじゃん!」

 と、下から声がした。しかし言った本人はまだ前線で剣を振り回している真っ只中。様子が見えたから取り敢えず声を上げただけ、なのだろう。

 もう一度、矢を構える。周りの空気が冷やされて、かすかに冷気を放っている。

 彼女が水魚すいぎょを司るように、俺にも扱える力が存在する。

 俺の場合、それは氷瓶ひょうへい。言うなれば氷だ。構えている弓も、射る矢も、すべて氷。

 力の根源は、身に着けているペンダント。

 それを核とし、武器を召喚することで戦っている。

 とりわけ氷瓶の力に長けるだけで、あの娘のように聖星術を使いこなせるわけではない。

 俺に出来るのは、むしろこれだけ。

 少し高い樹々の中から、狙いを定めて矢を射る。

 突き刺さった矢から冷気が溢れ、生命を凍らせ昇華する。

 何度も。

 何度も。

 やがて、さほど時間も掛からない内に今回の討伐は終わり、周りには四散した結晶が散らばるだけとなった。

 まだ高い日の光が、昇華した欠片を優しく照らす。

 神秘的で、とてもきれいな光景だが、不思議と心地よさは感じない。

 その理由は恐らく──

「さー、帰ろうぜ」

 遠慮など考えず、奴が肩に掴み掛かって来た。もしかしたら、考え事をしていたからこそ介入してきたのかも知れないが、どの道だ。

「離せ」

 腕を押しのけながらそう言い放ち、そそくさと森を後にする。

「──ま、いっか」

 かすかに聞こえたあいつの声は、聞こえない振りをして押し通す。耳にたこを通り越して、頭に染み付くほど、何度となく聞いた台詞。

 ここにやってきて以来、ずっと繰り返すことだ。討伐が終われば、必ずと言って良いほど、あいつらは何かしら絡んでくる。

 初日からろくな挨拶もせず、さっさと一人になってみせたり、必要最低限の会話すらも極力拒んでみたりしているのに、なぜか二人は──特にあいつ──は、飽きもせず毎日毎日接触を試みようとする。

 単にそういうことに鈍いのか。

 それとも何かに気付いているのか。

 前者なら、言ってしまった方が良いのだろう。

 でも後者なら、察しているのなら、放っておいてくれと切実に願う。

 俺は、出来れば仲間を作りたくない。

 正確には、大切な人を作りたくない。

 もう二度と、そんな人達をなくさないために。

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