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涼暮 螢

第01章 端緒の永日

Chapter:001

 この世界には人智を超えた、いわゆる魔法のような力が存在する。

 人々はそれを、聖なる星の力【聖星力せいせいりょく】と称し、その恩恵を受けながら生活している。

 聖星力を元とした【聖星術せいせいじゅつ】には全部で十二の属性があり、人間は生まれながらにして、そのどれかひとつを上手く扱うことが出来るとされている。どの属性が扱えるかは生まれた月で決まり、覆ることはない。

 そして俺も、そんな人間のひとり。

 なのだが。



   ***



 黄金色のレンギョウやサクラソウが咲き乱れ、頬を撫でる風が春の訪れを感じさせる今日この頃。世界の中心からまっすぐ伸びるレールをたどって、人と貨物を乗せた汽車が、風を切って走っていた。

 窓ガラスに映る自分の顔が、かすかに風景と同化する。

 紺色というには少し淡い髪。鏡のように光を反射する銀の眼は、少し細いつり目。白いカッターシャツに黒のベストと、胸もとには青いクリスタルのペンダント。

 無意識に右手でペンダントをいじっていることにガラス越しで気付き、慌てて手を離す。緊張や不安などがあると現れる癖だ。

 流れゆく風景が少しずつ自然を増やし、かすかな落ち着きを見せ始めた頃、運転手が終点を報せた。

 俺は、脱いでいた群青色に近いダブルボタンのジャケットを羽織り、降りる支度を始める。

 しばらくも経たない間に汽車は終点にたどり着いたようで、乗客が一斉に降りていく。その流れに乗る形で駅へと飛び降りる。歩く度に膝まであるブーツが地面を蹴っては音を鳴らし、後身頃だけがやたら長いという、変わった作りのカッターシャツが風になびいて揺れた。

 プリモタウン。世界の中心レリクイアカプト地方の最南端に位置する、小さくも栄える町。

 町に入って待っていたのは、整備された石畳の道だった。少し歩けば視界は広がり、そこはどうやら広場と位置付けられている場所のようだった。

 待ち合わせ場所はここか。

 依頼主は、土地勘のない俺のためにわざわざ迎えに来てくれると言ったらしく、その待ち合わせ場所が、駅前の広場と言われていた。

 中央に建つ噴水が、太陽の光を浴びて輝く。

 俺はとある人の頼みで、とある【依頼】をこなすためにやってきたのだ。

 その依頼の主は、どうやらこの町を統括している神父らしい。

 神父と言えば修道服。何となくその手の類の衣装を想像しながら、辺りを見渡していると、思いの外時間を掛けないうちに、それらしい人物を見付けた。

 歳は俺より十歳ほど上の三十路近くに見え、相応に落ち着きのある茶色い髪は程々に短く切り揃えられ、清潔さを感じさせた。黒のような、しかし光の具合では、紺色にも見て取れるような修道服。その中に散らばる金色は、華やかながらも威厳を見せる。肩から流れるストラは清潔さを、胸元で光るロザリオは神秘を思わせた。

 まさに、神父の鑑。

 ただ、どうやら俺のことには気付いていないらしく、彼はどこか上の空のようだ。が、近付いて声を掛けようとしたその瞬間、我に返ったかのように、唐突に目が合った。

 射抜く瞳は、鮮やかな緑。

 一秒程度、固まる両者。

 先に動いたのは、向こうだった。

「もしかして、依頼した傭兵か?」

「え……あ、ああっと……」

 対処出来ず未だに固まっていると、神父らしき彼が先に口を開いた。

「やはりそうか。済まない、こちらから声を掛けるべきだった」

「い、いえ」

 反射的にそう答えると、神父はこちらに右手を伸ばす。

「ルークスだ。援軍、心から感謝する」

「アルシド・ニクスです」

差し出された手を握り返すために、俺も手を出す。名乗りながらふと考える。

 この名前、どこかで……?

 だが、その答えが出る前に神父が続けた。

「世話になる、アルシド」

 堅い口調に落ち着いた雰囲気。堅物神父とはまさに彼を指す言葉だろう。

 しかし、名を呼ぶ際のぎこちない物言いに、俺はたまらず苦笑してしまった。

「……アルでいいです。その方が呼ばれ慣れてますから」

「そうか。なら、アルと呼ばせてもらおう」

 申し訳なさそうにそっぽを向いた神父だったが、すぐまた俺の方へと向き直り、ことの詳細を切り出した。

「さて、拠点となる教会はここから向って南に位置する。だがまだ距離があってな。悪いが少し歩くぞ」

そう言って歩き出す神父。俺もその後を追い、話を聞くべく隣に並ぶ。広場を抜けた先にも石畳は続き、そのきれいな作りが、言わずともこの町の治安を物語る。

「今回の依頼内容は、このプリモタウン周辺で確認されてるアンデッドの討伐になる」

 アンデッド──自ら死ぬことを許されない、生ける屍。

 存在そのものは特に珍しいものではなく、むしろ見ないことがないに等しい。ことこの数年の間は。

 というのも現在世界の各地で、アンデッドの大量発生が相次いでいるらしく、どこに行っても傭兵への主な仕事の依頼は、討伐になってしまうとのこと。どうやらここも例外にはならなかったようだ。

「レリクイアとは言え、この町はさほど大きくない。だが、如何せん数が多く、私一人では手に負えない。だから今回は人海戦術で対処しようと依頼させてもらった」

 確かにそうだな、人海戦術は理に適う──

「……え?」

何となく、という形で詳細を聞いていたが、そこで一度思考が止まった。

 人海戦術ということは、数でどうにかするつもりか。

 大量発生とはいえ、今回のそれは特別大掛かりなものではないと聞いていた。町は栄えているが、神父の言うようにそこまで大きな土地ではない。

 故に、この依頼を引き受けたのは、きっと俺だけだと思っていた。

 というより、神父の依頼を手配したのは、あの人だけだと思っていた。

「あの、なら、俺以外にも雇った人が……?」

「ああ、そうなる」

 ……聞いていた内容との食い違いが、まさかここで大きくなるとは。

 出来るだけ他人と関わりたくない。仕事仲間は必要ない。

 別に特別強いと、自分を買い被っているからではない。

 俺一人であっても、どうにか出来そうな依頼を選んで請け負ったのだ。そのはずだったが……。

「……わかり、ました」

 受けてしまった以上、今更断ることは出来ない。

 俺は、溜息を呑み込んだ。

 その後は、道すがらにある町の各主要施設を案内され、流れのまま目的地の教会に到着した。

 この町にしてみれば、少し大きすぎるくらいの教会だった。

「この町は宗教信仰が深いんですか」

「いや、特にそういう訳ではない。信仰についてはひとりひとり程度は異なるが、私はそれを、強制的に同じところにまで持っていく必要はないと思う」

「じゃあ、何故」

今の話が本当なら、こんなに大きな教会が建つのはいささか可笑しな話だ。資金がなければ元も子もないし、その資金は信者から寄付されるものではないのか?

 俺がそんなことを考えていると、神父が徐に口を開いた。

「信仰は薄いが、恐らく【穢れなき神父】の存在が大きいのだろう」

「え……? あ! あなたがもしかしてその……」

 思い出した。神父の名前を聞いて感じた違和感のようなものの正体を。

 ルークス。本名は確か、ルークス・ヴィリディス。

 通称、穢れなき神父。

 この世界には、力の根源であるとともに、扱い方を間違えば身を危険に晒す【穢れ】という存在がある。当然俺もそれを身に持ち、ある時は魔法として浄化させたりするのだが、この神父はどういう訳か穢れをその身に持たないというのだ。

 これは極めて異質だと、世界中で大騒ぎされた──らしい。というのも、騒がれた時代の俺はまだ幼子で、何がすごいのかもわからなかった。

 しかしなるほど、そういうことなら納得出来る。

 そんな存在が町を執り行うなら、資金が集まるのも道理だ。

「すみません、気付かなくて」

「構わん。むしろ持てはやされる方が困る」

「そう、ですか」

 心底嫌だという顔でそういう神父に、応えられる言葉は少なかった。

 だが、直後にその表情が一気に柔らかくなる。

「私はこの町を統治して長いが、長期間ここで生活出来るのはこの町の人達がそこまで狂信的ではないからだ。そういった存在が、この町を見てくれているだけで充分と言うようにな」

「……へぇ」

 存在の大きさが、人を必要以上に行動させないのか。

 あとは、この人自身がきちんとしているからというのも含まれるだろう。

 目の前にあった大きな扉は、祈りを捧げる祭壇に続くものらしい。俺達が向かうのはもう少し奥に行った、教会で勤める者達の居住区だ。

 人が住んでいるというだけあってか、閑散としながらももの悲しさのない、不思議な雰囲気が辺りを包む。

 神父はその中の、一番近くにあった扉まで歩いていき、振り返った。

「この続きは、まとめて聞いてもらう。入れ」

 中に入ると、視界が大きく開けた。きれいに並べられた多数のテーブルと椅子、そして奥には厨房らしきものが見えるあたり、どうやらここは食堂らしい。

 食堂の中、真ん中より少し手前には、少年少女が一人ずつ座っていた。

 こいつらが、俺の仕事仲間か。

 持つ雰囲気は違えど、二人とも目が合った瞬間に、にこやかに微笑み掛けてきた。そして立ち上がる。

「どーも初めまして、オレはイージオ。イージオ・ドラド。よろしくな」

 さも当たり前だというように、少年は真っ先に自己紹介してきた。

 にこやかに笑う少年は、背丈は俺とさほど変わらない。違うのは服装と人柄。赤いジャケットとベージュのズボンは、例えその中に同じ色の黒いベスト着ていることを差し引いても、俺には似合わない色。そしてにこやかな笑顔といい、無邪気そうな声といい、俺とは全く異なる人柄。

 あまりの気さくさに言葉を詰まらせていると、今度は少女が前に出た来た。

 金の髪が柔らかく揺れる。

「初めまして。エリノア・サージュと言います。どうぞエリーと呼んでください。よろしくお願いします」

 微笑みを浮かべてそういう少女は、はっきり言ってきれいだった。

 金の髪は背中まであり、ふわりとしたブラウスは白く、ベストもコルセットもブラウンを基調としている。その中でひと際映えるのが、胸もとと、両目で光る碧。

「エリー、ため口でいいって」

 ということは全員今年で十八になるのか。

 隣の少年の言葉に、少女が面食らった顔をした。

「そ、そうかな」

「おうよ、な?」

 少年の言葉の最後は、俺への問いかけだった。にこやかな金色の眼が、瞬きもせず見つめてくる。

「……好きにしろ」

 見られ続けることに耐え切れなくなり、思わずそっぽを向く。が、言った言葉は本心だ。そんなことで気を使われるのはいい気がしない。

「な?」

 今度は少女へ、確認の意を込めた問いかけ。

 この少年、本当によく笑う奴だと思う。多分、何か言う度に笑っているのではないだろうか。

「えっと、じゃあ、よろしく」

 少女はふわりと笑う。

 手元を見れば握手までしそうな雰囲気だ。さすがにそれはまだ早いと思い、見なかったことにする。それに、呼べと言われても、あだ名で呼ぶつもりはない。

 そもそも、そこまで仲良くする気はない。

「アルシド・ニクスだ」

 必要最低限の情報だけを提示し、俺は適当な椅子に座る。

 こうすれば、下手に近付いたりはしないだろう。

 そうであってくれ。

 俺のその態度に何かを察したらしい二人は、何も言わず座った。

 ことの終わりを見守った神父が、再び口を開く。

「お前達三人が、今回依頼を頼んだ者になる。別に仲良くしろとは言わないが、仕事に支障は来すなよ」

 仲良く、と言いながら俺をしっかり見て来た神父。その言葉が俺を指しているのは一目でわかるが、果たして慰めか、その他か。

「大丈夫っすってルーさん、オレが強いの知ってんでしょ?」

「後で久しぶりに手並みを拝見しよう」

「いーっすよ、ばっち来いだぜ」

 自信満々に返す少年。神父も満更でもない顔だ。

「あの二人、知り合いなんだって」

 盛り上がる二人を見つつ、少女が耳打ちしてきた。

「……そうか」

 応えながら、心内で納得する。やたら馴れ馴れしいと思ったらそういうことか。

「本題に入る。依頼の概要は個人に話した通り、アンデッドの討伐だ。ただ、増援を呼んでおきながらこんなことを言うのも何だが、アンデッドは常に現れるものではない。何か周期があるわけでもない」

 え。

 俺達は三人とも固まった。

「それだと後手に回るんじゃ……」

 申し訳なさそうに少女が声を上げた。

「だろうな。だからそのために、この町には結界を張っている」

 結界?

 そんなものあったかと思い返している俺達に、神父が続ける。

「目には見えないものだ。この町には穢れが強い者は入ることが許されない。アンデッドのような存在は特にな」

「それがあるなら大丈夫じゃん。何で増援?」

 あからさまにいぶかしんだ顔で少年が訊ねると、神父は小さく首を横に振った。

「数えられるくらいなら私一人でも対処出来る。しかし、襲い来るアンデッドは、思いの外まかり通らない規模になってきた。タイミング悪く町の外に出てしまえば、あっと言う間にアンデッドに襲われてしまう。それを防ぐため、お前達には町の近くに出現するアンデッドを討伐してもらいたい」

 なるほど、それで増援か。

「結界の外に、もう一つ聖星術を施してある。特定の場所に強い穢れをまとった者が現れた場合、何処に現れたかわかる感知型だ」

 おおっ、と、少年から称賛の声。

「ただ、わかるのは侵入した場所と穢れの強さだけだ。追尾することは出来ないため、感知した瞬間の気配を辿って探してもらうことになる。アンデッドについては、基本的にお前達に任せる」

 まるで、ヒントだけを与えられた宝探しのようだと思う。

 それでも、常に気を張る必要がないというのは正直ありがたい話だ。

 俺達は、了承の意を込め頷いた。

 それに応えるように、神父も頷き返した。

「お前達の部屋は隣の宿舎にある。部屋の中身は同じだが、一階が男性部屋、二階が女性部屋だ。部屋に置いてある物は自由に使用して構わない」

 説明は以上だというように、神父が歩き出す。そのまま出口まで向かい、ドアノブに手をかけて再度振り返った。

「私は教会に居る。何かあったら呼ぶと良い」

 そう言い残し、出て行った。

 ひと時の静寂。

 真っ先に動いたのは俺だった。

 すぐさま立ち上がり、神父の後を追うように扉まで向かう。そのまま、二人が何も言わない間に扉を開けて、逃げた。

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