#003 そして旅立ちは唐突に。

「決めたぞ女神。俺はこれにする」

「あそ。……ってあなた正気なの!?」

「なにが」

「だってそれ……『悪人専用』のカードじゃない! なんでそんなものが!?」


 おめえにわかんねえことが俺にわかるわけねえだろ、このくそっけ女神が。

 、ってのは鼻くそと鼻毛を混ぜた俺の造語な。

 鼻くそほじほじしながら鼻毛を抜く壮絶な美貌の女神さまにゃぴったりだ。

 暇さえありゃほじってむしって……台無しだな。


「さてと。転生先はどうなるんだ?」

「ないないない、ないわよ、考え直さない? ねえわたし嫌なんだけど?」


 ほう。

 なにやらすばらしい意味を含んだ単語が聞こえましたね。


「嫌って何がだよ」

「世界の秩序を取り戻す障害になりそうな場合はね!」

「ほう、のか。大変だな」

着いていかなきゃならないのよ! って聞いてる!?」

「聞いてる聞いてるそれじゃあ……やっぱり」

「そうよ、やっぱり他のにすべき――」

「やっぱりこれにするわ」


「ぎゃにゃびょだわあああぁぁっっ――!!」


 なんつーわけのわからん悲鳴をあげるんじゃこいつは。

 おい女神だろ、女神。なんだその奇声は。

 そこは可愛いか美しく、きゃっ、でこいよ。無理かこいつじゃ。


「あ、あああ、あたしはねっ! 清く正しい人間をとして導きたいの!」

「勇者である必要なくね?」


 おやおや、また自爆しましたね。

 素だと『わたし』じゃなくて『あたし』なんだな。うん、そっちのほうが自然。

 で、を導く、と。

 つまり、に俺は転生しようとしていると。

 それはなんともまた…………面白そうじゃん。


「世界のことは勇者に任せておいて、あたしはポテチをぽりぽりしていたいの!」

「仕事しろよ」

「コミケや超会議に行きたいの!」

「おまえが転生しろや」


 ひどい女神もいたもんですね。

 こいつ着いてくるらしいですけど、このまま置いていったほうがいいか。

 まあでも。


「だからお願い! 勇者として転生して!!」

「そうだな」

「でしょう!?」

「ああ……そうだな……。あえて断る」


「あ”あ”あ”あ”あああああ!!!」


 くっくっく。

 女神の泣き顔が、必死に拝み倒してくる姿が、実に楽しい。

 こいつは連れていくべきだと、俺のが告げている。


 と、その時だった。


「お姉ちゃーん。まーたお弁当わすれて……」

「あ、リリン! 助けて! お願い助けて!!」

「お客さまでしたか。すみませんこの姉がきっと痴態を」

「まあ想像とは大分かけ離れた女神さまだったよ」


 平気で鼻くそほじったり、鼻毛ぬいたりしてたからな。

 それに比べれば急に天空から現われた金髪碧眼の女の子は信頼できそうだ。


 俺の姿を確認するや、姿勢を正して両腕をぴんっと伸ばし、指先を揃える。

 うむ、なんと整った仕草だろうか。

 顔立ちや身体の成長は姉ほどではないにせよ、常識的な女神なのだろう。

 ぶら下げたお弁当箱の包みはたぶん彼女のお手製だな。

 女神らしくない一般家庭的な装飾衣と似通ったものを確認できる。


「ねえ助けてリリン! お姉ちゃん連れてかれちゃう! 誘拐されそうなの!!」

「そうなんですか?」


 リリンと呼ばれた女神の少女が、俺に視線を送ってきた。


「逆。俺が誘拐されそうになってて、助かりそうもないから道連れにするとこ」

「ああ、なるほど……」


 少女の眼が怪しく輝いた。

 俺も同種の眼を輝かせた。

 これがもし漫画の一コマなら、言葉を交わさずに意気投合したシーンだろう。

 きらーん、という効果マークが出ていてもおかしくはない。


「姉をよろしくお願いします。お兄さま」

「それだけはあり得ないが、頼まれました。えーっと……リリンさま?」

「リリンでいいですよ、お兄さま」

「お兄さまじゃないけど、わかったよリリン」

「ねえふたりとも! 勝手に話を進めないで! あたしを見捨てないで!!」


 俺と、少女は、

 ふたりして、

 左手で握りこぶしを作り親指を立てる。


 安心しろ。

 俺たちはもう通じ合っているんだ……、不思議と笑みがこぼれるな。


 すると、くそっけ女神がぱあっと表情を晴れやかにした。


「ふ、ふたりとも、わかって!」


 そして差し出した手を、、くるりと反転させる。


ってらっしゃいお姉ちゃん」

「Go to hell. With me!!」


 ずぼんっ。

 純白の空間に、漆黒の穴が出現し、俺とくそっけ女神は吸い込まれていった。



「んぎゃあああああぁぁぁっっ――――!!!!」

「…………」


 騒々しいやつめ……。

 闇の空間を堕ちている最中に、隣では銀の燐光が悲鳴と共にまき散らされていた。


 そういえば。

 俺が手にしたカードはいったいなんだったんだ?

 ふと気づいて目を落とす。


「……こりゃとんでもねーわ」


 予想はしていたが……。

 というか予想通りのが記載されていた。



『大魔王』と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る