第3話★ 解剖B

 ★

 ――『切り裂きジャック』はブラインドの隙間から外の様子を伺うと、差し込んで来る日航に目を刺され、目を閉じた。外では、パトカーの群れがけたたましくサイレンを鳴らし、走り回っている。

 愚かだ。愚かだ。愚かだなぁ。ほくそ笑むと、『切り裂きジャック』は後ろへ振り返り、自分の背後に居る男に声を掛けた。

「なぁ――君も、そう思うだろ?」

 男の分厚い唇からは、か弱いひゅー、ひゅー、という音が漏れるのみ。返答はない。まぁ、それも当然だろう。『切り裂きジャック』は唇から噛み殺した笑みを漏らした。

 この男をもう一度目で認識する。金色の髪。ニキビだらけの顔。そして、薄皮一枚で繋がっている首。一応断っておくと――それは比喩表現ではない。男の首は、本当に切れかかっており、辛うじて一枚の薄い皮が持っていて、男は自らの頭を落とさないように、両手で頭を押さえている、そんな状態なのだ。

 『切り裂きジャック』はふー、ふー、と苦しげに息をする男の首筋を指でそっと撫でた。

「――ふふ」

 そう含み笑いをして、『切り裂きジャック』は、床に落ちている糸ノコを拾い上げた。そして、怯え、目で「やめてくれ」と訴えて掛けてくる男の首に、それを押し当てる。

 ぎりっ――ぎりっ――ぎりっ――骨の切れる、そんな音。男の首から血がどくどくと流れる。それを見ても尚、『切り裂きジャック』は手を止めることは無い。にやにやと笑みを浮かべている。


 ぷつ、という音がして、男の頭が地面に転がった。その途端、『切り裂きジャック』の顔に浮かんでいた好奇の笑みが消え、代わりに冷酷な、冷徹な表情が貼り付けられる。

 『切り裂きジャック』は目を細めると、糸ノコをテーブルの上に置き、代わりにバリカンを手に取った。男の頭へ近付き、それを手に取る。

 そして、その黄金色した髪の毛をバリカンで削り落とした。大量の髪の毛が床に散らばる。それらを無表情に見つめた後、『切り裂きジャック』はポケットから筒状のを取り出した。

 それ、というのは『ハンダコテ』である。『切り裂きジャック』は剥げ坊主となった男の頭に、ハンダコテでアルファベットを刻み込んでいく。

 ――『bike racer』。そう刻みこんで、『切り裂きジャック』は、まるで玩具に興味をなくした子供のように、男の頭を足元に転がした。

 ふらふら、と病人のような足取りで、部屋の外へ出た。目の前に在るドアを開け、洗面所に入る。

 蛇口をひねり、水をシンクに貯めると、貯まった水の中に、徐に頭を突っ込んだ。目に、鼻に、口に、耳に。水が飛び込んでくる。髪が濡れる。まつ毛が濡れる。

 それから数十秒間、シンクから水が無くなるまでのその間、『切り裂きジャック』は一瞬たりとも顔をあげることは無かった。


 ――水の中で、『切り裂きジャック』は考える。

 自分は、これから一体何をするべきなのか。自分は、これからどうなるのか。そんな、在るかもわからない将来のことを。

 これからすべきことは――、もう決まっている。困っている人の為に『オロカモノ』の制裁を。『オロカモノ』はまだまだ沢山居るだろう。それらすべて、自分が制裁せねばならない。

 これからどうなるのか。それは単純だった。恐らく自分は『オロカモノ』の制裁を終えた後――警察へ、逮捕される。逮捕され、裁判にかけられ、おそらくは――死刑になるだろう。

 その前に自分は、『オロカモノ』の制裁を終わらせなければならない。

 水が無くなったのを感じ、『切り裂きジャック』は顔を上げる。顔中の体毛という体毛から水が伝い、落ちる。

 『切り裂きジャック』はぽた、ぽた、と水滴が床に落ちるのも気にせず、踵を返した。ぺた、ぺた、ぺた。そんな足音を立てて、『切り裂きジャック』はさっきのあの部屋へと引き返す。

 未来がどうなろうと、自分がどうなろうと、どうでもいい。今、自分がやるべきことは、世間の秩序を乱し、輝く未来をつぶす――そんな『オロカモノ』を制裁する。ただそれだけだ。『切り裂きジャック』は、そっと『手術室』のドアを開けた。

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