「私も魔法使いになれますか?」
魔法使い。その名の通り魔法を使う能力を持った人間のことだ。何もないところから火を出したり、物を浮かせたり、病気を一瞬で治したり、人によって認識は様々だがそういった考えで相違ない。一言で言えば奇跡を起こす存在、といったところだろう。
「先輩」
「なんだ、後輩」
そして、そういう力を持った存在は往々にして数が少ない。俺の知る魔法使いは親族以外には一人だけだ。
数が多ければこの世界の表舞台に立っているのは魔法使いだっただろう。何しろ力があるのだから。洗脳やら暗示やらであっという間に何かしらのトップに上り詰めることも出来るだろう。
「少し聞きたいことがあるんですけど」
「ん? なに?」
だが、魔法も万能ではない。数が多いというのはそれだけで厄介なものだ。
魔法使いと一般人の比率はだいたい一対三千と言われている。これだけ差があるとさすがに魔法使いでも勝てない。
そういうわけで俺ら魔法使いは世間に紛れて細々と生きているのだ。
「先輩って魔法使いなんですよね?」
その言葉だけは墓場まで持って行って欲しかった。まあ、バレているのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが。
以前、当てずっぽうなのかまぐれなのか、もしかしたら運の女神にでも味方されたのか魔法使いであることを見抜かれてしまった。
その時には、誰にも話さないこととあまり探らないで欲しいということを伝えてそれ以上は何も言わなかった。
「そうだけど……なぜに今それを?」
「よく考えたら私、先輩のことあまりよく知らないんですよね」
「魔法使い以外十分は知ってるだろ」
寝顔も見られてるし。
「先輩の寝相は知らないですし、ご両親にも会ったことはないですし、キス以上のことは何もしていないですし、それに……」
「ああ、もういい、わかった」
このお嬢様は寝顔だけでは十分とは言わないらしい。
寝顔ってかなり心を許してないと見せないんだけどな……。人前で寝るって普通しないと思うんだけどな……。
まあ、この完璧お嬢様に『普通』は通用しないということか。
「まだ言い足りないのに……」
「心の中でお願いします。それか布団の中で」
「保健室で愛を叫んでもいいんですか?」
「お前の家の自分の布団でってことだ!」
いくら保健室とはいえ人がいないことはない。万が一にでもどこかから俺たちが付き合っていることがバレてしまったら俺はただでは済まないだろう。
それ以前に、
後輩は俺のツッコミにしばらく反応しなかった。
しばらくして後輩は前を向いていた顔を、わずかに俺とは反対側に向けた。
「……それならもうやってます」
今度は俺が後輩の返答に反応できなくなった。
後輩の黒髪の隙間から覗く耳は微かに赤い。それにつられて俺の体温も急上昇する。
「……そう、なんだ」
「悪いですか?」
「いや、悪くはないけど……」
……こっちの心臓がもたない。だからこういう不意打ちはできればやめてほしい。
「ならいいですよねっ」
少し吹っ切れたように後輩は言った。
俺は何も言えない。やめろともやってくれとも言えるわけがない。
すると、後輩は俺の目を見上げてきた。
「それで、先輩は魔法使いなんですよね?」
やっぱり、そこに戻るか。最初からうまく誤魔化せたとは思っていなかったけれど、あまり戻ってほしくはなかった。
「そうだよ」
「使える魔法は恋の魔法、とか言わないですよね?」
「誰がそんなセリフを言うか!」
恋の魔法は魔法ではなく脳のホルモンやらシナプスやら電気信号やらのことです。そんな魔法があったら今頃魔法使いはみんなハーレムを形成しています。
「一応言っとくけど、魔法使いについての質問にはあんまり答えられないからな?」
「はい、前にも言ってましたもんね」
覚えていてくれて何よりです。
「ですが一つだけ質問いいですか?」
「ものによるけど?」
すると後輩は少し考え込むような素振りを見せて、俺の目をもう一度見た。今度は真剣な表情だ。
「私も魔法使いになれますか?」
うーん……。俺も考える。
魔法の行使には魔力が必要だが、その魔力自体は誰でも持っている。それが魔法として形を成すのに適した魔力かどうかが魔法使いと一般人の差なのだ。
そして稀に一般人からも魔法の素質を持った魔力の持ち主が生まれることがある。もちろん反対もあり得る。
つまり後輩も魔法使いになれる可能性が無いわけではない。
しかしこれを説明するのは面倒だし、理解できるのかもわからない。第一、この話自体が結構な秘密なのだ。尚更話すわけにはいかない。
うーん……。仕方ないか。
「結論から言うとな……」
「はい……」
「お前はとっくに魔法使いだよ」
「え?」
大きな目をさらに大きく見開いて驚く後輩。そりゃあ驚くだろうさ。だって……
「お前は俺に恋の魔法をかけただろ?」
ほら、とっくに魔法使いだ。しかも、ものすごく質の悪い小悪魔。
でも魔法に魅せられたのなら仕方ないだろう。
「かもしれませんね」
後輩は笑ってそう返すと、俺の手を掴んで少し引っ張った。
思ったよりも強い力で上体が後輩の方に寄ってしまう。
「私は先輩が大好きですからねっ」
……やっぱり不意打ちはやめてほしい。本当に心臓がもたない。
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