「先輩の求める理想の……」
梅雨の時期なのに今年はあまり雨が降っていない。今週も1回降っただけで、それ以外の日は屋上に出て昼休みを過ごせている。
別に雨の日と晴れの日で出来ることが変わったりはしないが、やはり晴れていると気分がいい。修曰く、セロトニンというホルモンが作用しているんだと。
しかし、後輩……ではなく
「せんぱい……」
なんて、船を漕ぎながらのたまうのである。当然ながら俺の体温は瞬間的に上がる。いつものことなのだが、いつまで経っても慣れないものだ。
彼女が寝ているからと言って油断はできない。前のように寝ているふりでいきなりからかってくるかもしれない。
だから俺はなるだけ動揺を声に出さないように声をかける。
「ほら、肩使っていいから」
「ありがとう、ございます……」
右の二の腕に確かな重みが加わる。服越しにもわかるほど彼女の体温は高いだけにに彼女が超至近距離にいることを無意識のうちに意識してしまう。
必死に意識を逸らそうと試みるが、それを見透かしたかのように彼女は俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。
右腕全体を他人の温かさと女の子の柔らかさに覆われ、そちらを意識せざるを得なくなってしまう。
いくら付き合っているとはいえ、仮にも学校でこんなことをするのは如何なものか、と思ってしまう。誰にも見られる心配のない屋上でも恥ずかしくないわけではない。唯一の相手が寝ていても、だ。
彼女にはその手の感情が俺よりも少ないらしく、いつも最後には俺がからかわれてしまう。やっぱりこういうものも生まれによって左右されるものなのだろうか?
どうやら彼女は(見かけの上では)寝てしまったらしく、規則正しくゆっくりと胸を上下させ、俺の肩に体重を預けている。
彼女の顔がいつもよりも上を向いているからなのか、彼女の呼吸音がほぼ真っ直ぐに俺の耳に流れ込んできて、少しくすぐったい。
ただ、それだけのために起こしてしまうのは少しもったいないので今は我慢して、そっとしておくことにする。
「何か不満とかあるよな……」
俺としては勉強も容姿も性格……は少し難があるけど、完璧な彼女に釣り合う男でいたい。でも俺は完璧とは程遠いし、彼女の期待に応えられているとはどうしても思えない。俺に何かしらの不満があるはずだ。
「
久々に使う魔法。唱えた通り情報を読み取る魔法だ。
この魔法は俺の使う情報魔法では初歩の初歩に位置する魔法だ。情報魔法は何かしらの情報を読み取って、そこに手を加える、という魔法だ。
なぜそんな基本的なことをわざわざ自己暗示をしてまでを使っているのかというと、普段視ない部分を見る必要があるからだ。
その部分というのは、深層意識と呼ばれる、意識の中の深くに位置するものだ。通常ここを改変することはない。ここでは記憶の整理や単純な感情、欲求などが入り乱れており視るだけ無駄なのだ。
しかし今回は別だ。
眠っている間というのは深層意識が活性化して、より活発に情報のやり取りが行われる。
それを一度俺に経由させて戻す、ということをする。
それで何が起こるのかと言うと、簡単に言えば、彼女の夢を見ることができるのだ。
その夢には願望や不満が隠れているかもしれない。だからそれを視て探してみようと思ったのだ。
まあ、俺がここまで鈍感でなければ使わなくてもいいものなんだけれども……。
「意識接続。視覚リンク。……
断片的なイメージの塊が目の裏を通り抜けていく。
猫と
セーラー服の少女。
雨の中を走り抜ける感覚。
廊下ですれ違った
校舎裏の日陰。
熊のぬいぐるみ。
いろいろな風景、感覚、感情が無秩序に断続的に流れて、俺の記憶になっていく。
「
彼女から意識を切り離し、自分の目を開く。途端に軽い頭痛がこめかみを走った。今のように無理矢理記憶を追加しようとすると必ずこうなる。
だがそれを堪えて見たものを思い返して、繋げていく。
一番大きいイメージは恋情。胸の奥がきゅう、と音を立てて締め付けられるような感覚や思わず横顔を眺めてしまうシーン、自分がのほうが、と嫉妬してしまうような感情。
思わずこちらが赤面してしまうような考え方もあった。
どうしてこんな考えに至るのか、俺には全く見当もつかないが、彼女はほとんど毎日そう思っているらしい。曰く……
「先輩の求める理想のお嫁さんになるんだからっ」
だそうだ。
一言だけ。気が早い、とだけ言いたかった。
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