「今日はとことん甘えん坊だな」

 胡坐をかいた俺の脚を枕にして後輩が寝転がっている。

 今日は甘えたな日らしい。俺が屋上に来るなりすぐに駆け寄ってきて「膝枕してください!」と真っ直ぐにお願いされてしまったのだ。

 当然断ることもできず、気が付いたらこの体勢で彼女の長い黒髪に指を通していた。


「先輩は頭撫でるの上手ですね」

「そうか?」

「爪立てないし、ゆっくり動かしてくれて私は好きです」

「一応気を付けてるからな」


 爪は伸びたらすぐ切るようにしてるし、彼女が落ち着いていられるように気を使っているわけだし。それを褒められて悪い気はしない。

 俺だってそれなりに気を使っているのだ。こいつが好むようなことをしたいと思っているのだ。

 我ながら甘いとも思う。甘やかしすぎだとも思う。でもそれだけこいつにとって俺が特別であってくれるならそれでいいと思ってしまう。


「髪、綺麗だな……」

「髪は女の命ですから」

「真っ黒でいいよな」

「先輩はちょっと茶色いですか?」

「そうだな」


 後輩が体を起こして向かい合う形になる。彼女は自分の髪を手に取って熱心に俺の髪と見比べている。

 俺の髪は茶色い。結構色素が薄く、たまに地毛か聞かれることもある。ただほとんどはギリギリ地毛と判断されるらしい。友人曰く「染めるならみんなもうちょっと薄くするだろ」とのことだ。


「先輩はワックスとか付けないんですね」

「あー、俺猫っ毛なんだよ」

「……猫っ毛だとどうなんですか?」

「ワックスを付けても立たない。重力に従ってぺたっとなっちゃう」


 ワックスを付けたとしても流れを持たせる程度しか使い道がないのだ。だから面倒くさくなってしまって付けなくなった。

 ちなみにうちの高校は校則が緩い。髪型に関してもそうで、余程奇抜な髪型でない限りは注意されないのだ。


「それはちょっと残念です」

「どうして?」

「先輩のワックス付けた髪型も見て見たかったなと思いまして」

「明日付けてこようか?」

「本当ですか!?」

「ちょ、近い」


 後輩が身を乗り出して顔を近づけてくる。慌てて後ろに下がって距離を取る。

 すると彼女は不満そうに頬を膨らませてくる。わざわざ見せつけなくても不満なのは伝わっている。あとそれ拗ねてるみたいで可愛いからやめてくれ。


「何で逃げるんですか?」

「お前が近いから」

「さっきの膝枕のほうが近かったですよ?」

「それとこれとは話が別だろ」


 するとまた後輩は拗ねたような表情を浮かべたが、すぐにそれを引っ込めて今度は得意げな笑みを浮かべた。


「先輩、まさか恥ずかしいんですか?」

「お前はもうちょっと恥じらいを持て!」

「先輩ならいいんですっ」


 そこまで言われてしまうとこっちは反応に困ってしまう。好かれるのは良いのだがもうちょっとこう……一応男女なんだし。付き合っているわけではないし。

 なんて、俺が言ってもどうせ聞かないんだろう。


「それで、明日ワックス付けてきてくれますか?」

「わかった、付けてくるよ」

「やったっ」


 小さくガッツポーズをして喜ぶ後輩。そこまで喜んでくれるのならやる価値もあるかな。

 明日は頑張ってちょっと早起きしよう。最近ワックスも使っていなかったしいい機会だ。失敗しないといいけど。


「先輩」

「なんだい後輩?」

「もう一回頭撫でてもらってもいいですか?」

「今日はとことん甘えん坊だな」


 自然と頬が緩んでしまう。すると後輩は不安そうに俺の顔を見上げてくる。


「ダメですか?」

「仕方ないな、いいよ」


 手を伸ばして後輩の頭に手を置き、軽くポンポンと叩く。彼女は満足そうに笑ってそれを受け入れてくれる。

 この笑顔を見ていると不思議な魔法にかかったような感覚に襲われる。このためなら何だってしてしまう、そんな感覚だ。


 きっと俺は彼女に惚れている。惚れてしまっている。だけどきっとこの想いを彼女に告げることはない。俺にその資格はないのだから。


「先輩、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 俺は俺の気が済むまで後輩の頭を撫で続けた。

 まるで自分の気持ちを隠すように、気づかないように……。


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