「気にするな」

 この世界には魔法、みたいなものが存在する。

 物語の魔法みたいに使い勝手がいいわけじゃないし、何種類も知っているわけじゃないけれど俺には魔法が使える。

 基本的に魔法は遺伝するものらしい。俺は祖父から魔法を習った。


「上書き《オーバーライト》」


 これも祖父に習った魔法の一つだ。

 上書き《オーバーライト》、概念変更の魔法。物体に付属する情報という概念を上書きして書き換える魔法。

 俺が屋上の扉にしているのは扉の開閉錠の概念を開錠に上書きしているだけだ。

 魔力で鍵をんでいるわけじゃない。そんなことしたら多分ぶっ倒れる。


 どうしてこんなつまらないことを考えながら屋上の扉を開けたのかと言うと、さっきまでの授業がつまらなかったからだ。

 あまりにつまらなすぎて机の下で魔力を編む練習をしていたくらいだ。

 本当に退屈だった。


「先輩、表情が死んでますよ?」


 どうやら顔にも出ていたようだ。昼飯くらいは楽しまないと損だ。


 頭を振ってさっきまでの雑念を振り払う。


「悪い、ちょっと考え事してた」

「私の前で私を見ないなんて良い度胸してますね?」

「そういうんじゃないって」


 自分でもわかる苦笑を浮かべながら彼女の隣に座る。


 そんなに目尻を吊り上げないで欲しい。可愛い顔が怒ってもあまり迫力はないので実質無害なのだが、気というかそういうモノが送られている気がする。

 とか変なことを考えてしまう。


 実際どのくらい疲れているかというと……


「そんなに疲れてるなら私が癒してあげますよ?」

「そうか? じゃあよろしく……」


 ……なんて口走って後輩の隣で目を閉じてしまうくらいには疲れている。


「え? ちょっと、先輩?」

「今日も暖かいね……」


 意識がふわふわしてくる。ここは静かで落ち着くな……。風もそんなに強くないし……。


「どうなっても知らないですよっ!」

「何、不穏なセリフ言ってんの」


 目を開けると同時に至近距離に後輩の顔が迫ってきていた。

 そのままどうすることもできずに俺は彼女に抱き着かれる。

 鳩尾のあたりに柔らかい感触が二つ。慎ましいけどちゃんとあるんだな……。って感心してる場合じゃなくて。


「ちょ、ちょ、ちょっと何をしてるのお前は!!」


 慌てて引きはがそうとするが、俺の体にしがみついているのかなかなか離れてくれない。

 無理に力を入れて怪我をさせたらいけないのであまり力を入れられないのもあるがそれにしたって全然離れない。


「先輩が癒してって言うから抱きしめてるんです」


 そう答える後輩の声はいつも通りの口調だった。


 こちとら心臓がはち切れそうなくらい強く動いて、顔から火が出るほど恥ずかしいのにこいつはどうしてこうも平然としていられるんだ!?


「やめっ、やめろ! もういいから!」

「だーめ、です」

「離れろっ、もういいって――うわっ!」

「きゃあっ!」


 無理に引き剥がそうとした結果、バランスを崩して横向きに倒れこんでしまった。後輩も引っ付いたまま……。


 咄嗟に後輩を庇って自分の体を下敷きにして衝撃を和らげてやる。


「っ~~!!」

「……先輩?」

「大丈夫。お前は大丈夫か?」

「はい、どこも痛くないですけど……」

「良かった……」


 こいつに怪我がないならいい。

 可愛い後輩に怪我をさせたとあっては軽く鬱にでもなれるだろう。


「……退いてくれないか?」

「は、はい」


 手を離すとすぐ退いてくれたが、おろおろと心配そうな顔をして俺のほうをずっと見ている。


 そんなに心配しなくても大丈夫なのだが……。仮にも男なんだから少しは頑丈に出来てる、と思う。


 ゆっくり起き上がって背中を払いながら体の状態を確認する。

 俺もどこも怪我はしてないみたいだ。


「その……ごめんなさい……」

「ああ、これに懲りてもうしないでくれよ」

「はい……」


 彼女は俯いて目を合わせようとしてくれない。悪いと思っているのはいいのだが、そのままだと俺の居心地が悪い。


 ……だかららしくもないことをしてしまった。


「気にするな、ゆい


 俺はそう呟いて、俯いた彼女の頭に手を乗せる。

 彼女は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに俺を見上げて無理矢理に微笑んだ。


 やっぱり彼女には笑顔のほうが似合っている。


「さあ、早く昼飯食わないと。時間ないぞ」

「はいっ」






 結局弁当は完食できず、午後の授業中お腹が鳴って辛かった。


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