昼休み、ちょっと甘いひと時を、ふたりで。

赤崎シアン

「先輩、眠ってもいいですか?」

 慌てて階段を駆け上がる。流石にこれくらいで息が切れたりはしないが体育の後の体には少し辛い。

 右手では弁当箱と箸入れががちゃがちゃと音を立てている。


 別に急いで行かなくてもいいのだが毎日時間になると慌てて教室を飛び出すのは……あいつが可愛いからだろうな……。

 自分でも現金な奴だと思う。

 だがあいつの可愛さに癒しを求めている自分がいるのも否定できない。


 階段の行き止まり、屋上の扉まで走り切る。

 軽く息を整えて、重そうな鉄扉から半歩下がった位置に立って深呼吸する。


 あいつのことは考えるな。今はこれを開けることだけを考えろ。集中しろ、集中……。


 右手でドアノブを掴み、目を閉じる。


「……上書きオーバーライト


 ガチャリ、と重い音と共に目の前の扉の鍵が開く。


 ドアノブを掴んだ右手をそのまま回し、扉を押して屋上に飛び出る。


 暖かい風が頬を撫で、陽の光が目を眩ませる。


 後ろでドアが勝手に閉まり、鍵がかかる重い音がした。


「……先輩、遅かったです」


 声のしたほうに振り向くと眠そうな表情をした後輩がフェンスにもたれかかっていた。

 首をかしげてこちらを見ている。あざとい。


「悪い、4限が体育だったんだよ」

「いいから早く来てください」

「はいはい」


 後輩が隣の地面を叩くので、そこに腰掛ける。

 すると彼女が俺の腕に、もたれかかってくる。

 そしてその態勢のまま鼻をこすりつけてきやがる。お前は犬か。


「先輩の匂いがします」

「本当に嗅いでんじゃねえ!」


 慌てて後輩から距離を取る。地面のコンクリに頭をぶつけた音がした気がしたが気にしない。自業自得だ。

 後輩に背中を向けて弁当を広げる。あんまりこいつに構ってばかりいると昼休みが丸々潰れる。


「酷いです。可愛い後輩を無下に扱って……しかも先にご飯食べてますし……」

「うるせ、お前が変な行動をとるからだろ」

「私は私なりの愛情表現を――」

「あー、はいはい。そういうことするなら他の人にしなさい」


 後ろから後輩が何か言っているのが聞こえるが無視だ。「先輩の匂いが……」とか「こんなに可愛い私を……」とか聞こえてくるが聞こえないふりだ。黙って弁当を食べ進める。


 しばらくすると言い疲れたのか後輩の声が聞こえなくなり、代わりに背中に重みが加わる。

 続いて袋を開ける音がしてそれきり静かになった。


 俺はいつも弁当だが後輩はいつもパンだ。それも小さいのを1つだけ。女子だし体も小さいし多分それで足りるのだろう。


「ごちそうさま」


 作ってくれた母さんにお礼を言って、弁当を片付けて一息つく。

 すると後ろからストローの飲み物を飲み切るときのズズッという音が鳴って、また袋の音が聞こえた。


「ごちそうさまでした」


 後輩も食べ終わったみたいだ。


 唐突に後ろからあくびの音が聞こえてきた。

 今日は暖かいし食後だから眠くなるのも仕方ないな。

 急に背中の重みが無くなって、代わりに左から後輩の顔が出てきた。


「先輩、眠ってもいいですか?」

「いいぞ、予鈴が鳴ったら起こしてやる」

「ありがとうございます」


 すると後輩が俺の太ももにを枕にして寝転がった。

 綺麗な長い黒髪が地面に落ちてあどけない横顔が見える。


 ……ってそうじゃなくて!


「誰が膝枕するなんて言った!?」

「いいじゃないですか。減るものでもないですし」

「仮にも異性だぞ? 俺に恋愛感情がないからってそこまで気を許した覚えはない」


 だいたい危機感がなさすぎる。可愛さの部類においては学校一のやつがどうしてこうも天然なのか。


「じゃあいいですよ。私は寝ますから先輩は私を好きにしていいですよ」

「……そういうこと簡単に言うな!」


 後輩はそのまま返事もせずに、もう一度俺の脚を枕に寝転がる。


「寝るなよ!」

「…………」


 無視かよ……。

 彼女はもう寝息を立てている。

 全く無防備な奴だ。俺がやろうと思えばできてしまうのに全く警戒してない。

 それだけ信頼されてるってことなのか、それだけ俺がヘタレだって思われてるのか……。


「ったく、静かにしてりゃ可愛いのにな……」


 自然と手が伸びて彼女の頭を撫でてしまう。

 これくらいじゃこいつは起きない。何回も実証済みだ。


 だけどこれ以上は手が出せない。ヘタレなのか、俺にそういう欲求がないのか……。


 結局、予鈴が鳴るまで頭を撫でる以上のことはできなかった。


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