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「でも、もしかしたらその男性は、実は意識のなかで勝手に知っている人だと思っているだけで、本当は同一人物ではなくて全然違う人なのかもしれませんよ」
それこそ、確定するものはなにもないのだから。
「そうかもしれません。私、人の顔とか覚えるの苦手だから」
「そうなんですか?」
「マスターはそう言うの得意そうですよね」
まぁ、これでもバーテンダーとして食っていますから。
「私はてんでダメで、興味がないとすぐ名前も顔も忘れちゃうんですよね。社会人としてダメだと思うんですけど、今の仕事にはあんまり関係ないからいいかなーとか思ってて、ってそれもダメなんですけど」
「お仕事は基本的にデスクワークなんですか?」
「基本って言うよりずっと、って感じですね。たまに業者さんに挨拶するくらいで」
不自然な笑顔は見せないって感じの、自然体のヤマギシさんはきっと仕事中もこんな感じなのだろう。凄く想像できる。そんなヤマギシさんのお仕事はユニバーサルデザインのデザイナーさんだ。
「大体同じ人だし、ほとんど覚えているし、覚えていなくても意外とどうにかなるものですから」
うーん、確かに。名前を呼ばなくても会話は出来るもんな。
「だからきっと、もしかしたら私が覚えていないだけで、以前会ったことのある人なのかも」
「夢に出てくる男性ですか?」
「そうです。何度出て来ても思い出してあげられないから申し訳ないけど」
なんて小さく笑う。夢って記憶の整理とも言うし、ありえない話でもない。
ヤマギシさんがグラスを傾けて残りを煽ると、奥の扉がかろん、と鳴って開いた。
「いらっしゃいませ。こちらの席へどうぞ」
「ありがとうございます」
入って来たのはピシっとスーツを着こなした若い男性だ。ハキハキして感じが良い。営業とかしてそう。
「ごちそう様でした。また来ます」
男性が席に着くと、そう言ってスマートに立ち上がったヤマギシさんははたと隣を見て立ち止まる。先ほど若い男性を案内したのは、一つ空席を挟んだヤマギシさんの隣だ。
「こんばんは」
「・・・こんばんは」
躊躇うような挨拶を返してヤマギシさんは店を出る。去り際に「どっかで会ったっけ?」と小さく聞こえた。彼女の事だから、その可能性も否めない。
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