3.森の狼さん
「……ふー、さすがにこの道を歩きっぱなしは疲れるな」
行動を開始してからニ時間が経っていた。
普段、営業等で歩いていたとはいえ、あれは舗装されている日本の道での話だ。今歩いているのはあんな綺麗なものではない。
また、ヘルメットを持ちながら歩いていたのも確実に疲労に繋がっている。とはいえ捨てるのも忍びない。数少ない俺の持ち物だ。
「でもまぁ、木も少なくなってきた感じだし、これならそろそろ森を抜けられそうだな」
太陽はまだ頭上の高い位置にある。日が暮れる前には森から出ることは出来るだろう。
正直、夜の森とか何が出るかわかったもんじゃないし、不安だったので少し安心した。
その時だった
ガサガサッ、と後方、深い茂みから音が響いた。
えーと、今、風はあるけどあんなふうに揺れるほどではない気がする。
さて、では考えられることは三つ。
一、不安から神経質になっている。
二、あそこだけ風が強かった。
三、小動物がいた。
俺は確認のために振り向いた。
答えは四のデンジャラス・ビーストだった。
●●●
茂みからゆっくりと出てきたのは犬――否、狼だった。それも、
――でかすぎだろ!?
遠めに見ても俺の身体の、優に二倍はある体躯だ。
そして、牙はむき出し、その双眸は明らかにこちらを捉えている。
この状況、俺はつまり――獲物か。
そのとおりだと言う様に、狼がこちらに向かって走り出してきた。
……いやいやいや、冗談じゃねえ! あんなの熊より
すぐさまに踵を返して逃げ出した。
熊に会ったら絶対に背中を見せて逃げるな、なんて聞いたことあるが、そんなの考えてる余裕などない。
あんな牙でがぶりとされたらたぶん熊でもイチコロだ。
正直、逃げ切れる自信などない。というか今までずっと歩いていて疲れてるところにこれはきつい。
だが、ここで俺は違和感に気づいた。
気のせいか、今までより速く走れてる気がする。
――否、気のせいじゃない!?
この感覚、オートバイで走る時の風の抵抗を思い出す。あれほどのスピードではないが、少なくとも俺の脚でこんなに速く走れたことは記憶にない。
さらに、疲れていたはずなのに、足が止まらない。
学生の頃は運動部で――とは言っても弓道部だったが――体力増加のためトレーニングとしてランニングなどはやっていたが、社会に出てからは運動という運動はすることがなく、太りはしなかったものの、体力の低下は明らかにあったはずだ。
どうなってんだ……!?
困惑は続くが、逃走するにはもってこいだ。
しかし、そんな風に加速している状態でも、やはり野生の獣は逃がしてくれない。
徐々に、俺と狼の距離がつめられていく。
――くそっ、このままじゃ逃げ切れない……こうなったら!
俺は走るのをやめた。
そう、迎撃だ。
倒すことはおそらく不可能だ。だが、怯ませて俺を狙うのは危険と思わせれば、あっちから引くかもしれない。
こちらにはヘルメットがある。これを顔面等にぶつけてやればそれなりに効果があるかもしれない。
「――おらぁっ!」
狼が俺に飛びつくタイミングでヘルメット迎撃を行う。
――だが。
バリバリッ、と虚しい音が響き渡る。
それは、ヘルメットを構成するプラスチック樹脂が噛み砕かれる音。
衝撃から使用者を守るための物も、この狼の怪物相手には何の役にも立たなかった。
「くそっ!」
俺は再度、逃走を開始しようとした。
だが、それよりも早く、狼の牙がこちらめがけて迫ってくるのが見えた。
――喰われるっ――!
そう思ったときだ。
「屈んで!」
それは、綺麗な――しかし力強い声だった。
言葉に俺は反射的に従った。
次の瞬間、狼の頭部が上下に分かれていた。
横一閃の剣撃。
それを行ったのは、自分よりも若い、おそらくまだ十代であろう女の子。
それが、俺がこの世界に来てから最初の、人との出会いだった。
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