10 真夜中の客人

 俺はどうやらマリアンヌに寝込みを襲われていたらしい。思わず彼女の方を見てしまうと、そこにはいつもの優しく微笑する姿があるだけでどうやら彼女は襲ったことを何とも思っていないらしい。


 少し彼女と話したくなったが今はそれどころではない。


「こんな夜分に何の用だよ?」


 すると谷風は「まだ11時前だぞ」そう言って笑った。


「十分夜だろ」


 俺は「で?」と谷風をせかした。


 俺たち三人は取りあえずテーブルに座ることになった。マリアンヌは俺たち三人に水を入れてくれた、後の二人はそれぞれ谷風と鈴村の後ろに立っている。俺は彼らに席を勧めたが断られた。


「いや、座ってもらえると助かる」


 しかし谷風は彼らの断りを拒否した。もちろん谷風の言葉にはマリアンヌも含まれていた。

 俺は何となしにマリアンヌを隣に座らせようとしたが駄目だと鈴村に言われた。


 俺たちはそれぞれのお世話係と向かい合う形になった。


「実はね正義、そこの男。この女に私たちの秘密をしゃべったのよ」


 そこの男とは谷風の事である。しかし隣に掛ける鈴村はかなりキレているようだ。


「いつかは知られることだ。いつかは話さなきゃならない」


 それが遅いか早いかの違いだと谷風は言う。


「それに俺はただヒルデ可愛さにしゃべったわけじゃない」


 ヒルデとは谷風のお世話係の少女だ。

 いかにも谷風が好きそうな金髪で元の世界では見たことのない耳の長い少女だ。しかし彼女の目つきは吊り上がっており優しい雰囲気はない。


 彼女の名前はヒルデガルド・オーシャン・ビッグ・タイフーン。谷風曰く剣の名士だそうだ。どうやら既にもう一戦交えているらしい。


「もう力を使ったのね」


 鈴村は谷風の言葉に「軽率だわ」そう吐き捨てた。


「どうだった?四郎は?」


 俺は一戦交えたというヒルデガルドに感想を聞いていた。ヒルデガルドは一息ついてから「そうですね」と切り出して言った。


「さして驚きはしませんでしたね」


 ヒルデガルドはそう表情を変えずに言う。


「挑発のつもり?」


 鈴村の視線は鋭いまま。対するヒルデガルドは「いえ」と鈴村の言葉を否定した。


「あなた方三人が特別な個体であることは既に聞き及んでおりましたので」


 俺は黙って腕を組んだ。


「負けたのか?」


 俺は谷風にそう尋ねると谷風は静かに「まあな」と答えた。谷風が負けるとは相当の熟練者のようだ。谷風に剣の名士と言わせるほどはある。


「もちろん本気じゃないんだろ?」

「馬鹿言わないでよ」


 谷風に聞いたつもりだったが答えたのは鈴村だった。


「今の私たちが本気出せるわけないでしょ?」


 鈴村は眉間にしわを寄せて言った「死ぬわよ」と。その意味は谷風が、ということである。ヒルデガルドは言うまでもない。


「そもそもその男はこの女を嫁にするって豪語してたんだから本気を出すつもりもなかったんでしょ」


 谷風ははっと笑った。ヒルデガルドはそれを聞いて表情も変えずいる。


 そうして俺は息を吸って、それから席を立った。


「眼鏡を取ってくる」


 しかし鈴村に腕をつかまれて止められた。


「やめて」


 そこにはいつものふざけた態度はない。


「俺には必要だ」


 しかし鈴村は腕を放してはくれなかった。


「もう一度言うわ。やめて」


 俺はだまって席に着いた。


「続けて良いか?」


 谷風はそうして言葉を続けた。


 話は深夜まで続き、彼らが部屋に帰った後も俺とマリアンヌは向かい合っていた。流れていくのは時間と気まずい雰囲気だけだった。


 話し合いの最中、鈴村が機嫌を直すことはなかった。谷風の話を聞いてさらに憤怒していた様子だ。それに対する谷風も表情や態度にこそ見せなかったが、付き合ってきた経験上谷風が怒っていることがわかる。


 しかし俺だけは違う気持ちでいた。


 そう思えたのはもともと異世界も勇者も、そして自分もどうでも良かったからかもしれない。


 心に会ったのは虚しさ、だけだった。


 話を聞いて世界は違ってもどこにでも闇はあるそう思えただけだった。


 俺たちはどこでも世界の闇のまま。


 谷風が三人に求めたのは明かされていない情報の開示だった。対する俺たちは秘密の情報を開示をする。話の次第では俺たち三人はこれからより協力的な姿勢を取れると言う。


 彼らマリアンヌ、ヒルデガルドらの話を聞くに俺たちの情報は十分すぎる対価だったようだ。なぜなら俺たちは多額の資金をもとに生み出されたのだから。


 話し合いの後、マリアンヌの表情にいつものような優し気な微笑みは未だもどらない。あるのは憐みのような視線だけ。寝込みを襲ったことを掘り返そうとは思わなかった。


 黙っているとマリアンヌは言った。


「明日もありますから、寝ましょうか」

「ああ」


 さすがにもう同じベットで寝ようとは思わないのか、彼女は俺がベットに入るや否や最後の明りを消した。


「おやすみなさい、正義様」

「ああ、おやすみ」


 そうして朝、目を覚ました時俺は目の前に裸のマリアンヌの姿があることに唖然とした。思わず開いた口がふさがらない。


「おはようございます、扇様」

「あ」


 俺は突然の声に振り向くと、そこにいたのはモルドレッドだった。


「あ、いや……これは」


 思わず何か釈明しようとしてあまりの出来事に混乱して言葉が出なかった。


「昨晩のお話、ヒルデガルドよりお聞きしました。昨晩のことはどうかご内密にお願いします」


 それは他の勇者に対してだろう。


「それからご所望の設備、薬剤についてですが改めて専門家を伺わせます」


 それだけ言ってモルドレッドは出て言った。しかし一度だけ足を止めてモルドレッドは言った。


「若さとは良いですな」


 はっはっはと笑うモルドレッドに俺の表情は凍りついた。


「あら、正義様どうかされました?」


 ようやく目を覚ましたマリアンヌは薄目を開けて目をこすっていた。


「もう少しだけ、一緒に眠りましょう」


 すべすべとした彼女の腕が腰に延び俺は、押し倒されるように抱き着かれた。


 俺は思った。彼女はとんでもない人物なのかもしれない、と。

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